灰かぶりの姉

吉野 那生

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入社6年目『ソツスキ〜』の那月目線

アイスドールの涙〜柚月視点〜

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どんな時も冷静で、表情を変えず淡々としてバカ丁寧で。
そんなクールなナツも悪くはなかったけれど、昔に戻ったような今のナツも大変可愛らしい。

何か言うとすぐ照れるし、慌てるし不貞腐れるし、そのくせ取り繕おうとして時々失敗するし。
失敗した後の、眉をへにゃっと下げてぎこちなく笑う顔まで可愛いのだから。



——GJ!野口さん!

だいぶ余計な口出しをしたから、嫌われているかもしれない。
それでも、アイスドールなんて呼ばれていたナツを、可愛い女の子に戻してくれた事だけは本当に感謝してもしきれない。


どんなに側にいても…どんなに親しくなっても、私じゃダメだったから。
ナツに仮面を外させる事は、私には出来なかったから。
…悔しいけど。


それどころか、最近は雰囲気が柔らかくなったせいか、新プロジェクトが順調なのか、声をかけられる事が増えたらしい。
誰に対しても線を引き、壁を作っていたナツの、はにかんだような笑顔に魅了される人が続出した。

少しずつ、ナツの周りに人の輪が出来てくる。
社のアイドルと言われている今西さんと仲良くなった事も、もしかしたら影響しているのかもしれない。



——いい事だ。
本当に良かった…。


これで、安心して辞める事が出来る。

   * * *

「退職?なんで…」

「おいおい、急な話だな」

そう打ち明けると黒澤は目を丸くし、ナツは…口をへの字にして眉を顰めた。


今は関西支社にいる黒澤が、本社へ出張で来たので声をかけたところ、ナツも誘って急遽同期会という事になった。
お互いの近況を報告しあい、ある程度話し尽くした所を見計らい、今月末で退職する事を告げた途端、変な空気になってしまった。


「なんで?ゆづ、どうして急に辞めるの?
何かあった?」

久しぶり…5年ぶりのナツのタメ口をここで聞けるなんて。
それだけでも切りだした甲斐があるというもの。

とはいえ、ナツの動揺を隠さない様子に、黒澤から責めるような視線を向けられ、肩をすくめる。

「ナツ、落ち着いて。
ちゃんと話した事なかったんだけど、うちの実家、金沢で旅館やってるんだ。
昨年母が体調崩して、帰っておいでってずっと言われてたの」

今まで、ナツとは…ううん、誰ともあまり家族の話や込み入った話はしてこなかった。


「って事は、旅館の若女将か」

「まぁね、そうなるかな。
でも、もうちょっとここで頑張りたかったし、先延ばしにしてたんだけど…。
母が入院する事になっちゃってね」


うちは代々続く旅館の家系だ。
一人息子の父は、母と結婚して私が産まれた後、浮気をして家を出た。
幼い私と、母を残して。

『旅館を継ぐのが嫌だった』
『重荷だった』
『子供も生まれて、最低限の務めを果たしたのだから、自由にしてほしい』

後からそんな勝手な言い訳を連ねた手紙が届いたけれど、祖父はその手紙を燃やして捨てた。


祖母は、母を責めた。
あんたがしっかりしていないから、と。
自分の子育てを棚に上げて。

責められ続けた母は、私を立派な後継に育てる事で責められるのを回避しようとした。
私の意思を確認する事もなく。


あの重苦しい家という名の檻に、また戻るのか覚悟を決めて戻らないと告げるのか。

父のように逃げ出す事は簡単だ。


だけど…やせ細った母から、涙ながらに
「柚月の好きにしていいのよ」
と言われてしまうと…。


「金沢なんて…遠い」

絶望的な目をするナツ。
逆にいうと、それだけ私が居なくなるという事を惜しんで、悲しんでくれてるのよね。

「なーに言ってんの。
金沢なんて新幹線ですぐよ、すぐ。
なんなら新婚旅行に来てくれたら、サービスするわよ~」

半分冗談、半分以上本気でそう言うとナツは頬を赤く染め、黒澤が食いついた。

「え?お前、結婚するの?」

「いや、今すぐという訳じゃなくて」

ゴニョゴニョと言うナツをまじまじと見つめ、黒澤は破顔した。


「良かった!良かったよ、国枝。
あん時はビビったけど後から事情を知らされて、ずっと気になってたんだ」

「その節はご迷惑をおかけして…」

5年前、エレベーター内で真っ青な顔してガタガタ震えていたナツ。
そして困惑した様子で、ナツを見つめていた黒澤。
そこへ乗り込んだ時は…ホント、どうしようかと思ったけれど。

ちゃんと乗り越える事が出来たのも、その先へ進もうとするナツの背を押す事が出来たのも、親友の特権よね。
そういう事にしておいてほしい。


「お前、あれから能面みたいな顔してたし」

「能面って!」


以前のように、同期で笑ってお酒が飲めるなんて…あの時は思わなかった。

でも、最後にこうして3人で楽しく飲めて、馬鹿みたいな話もできて。


「私、あんた達の事大好きだわ」

唐突にそう言った私をナツが抱きしめた。


「ゆづ…今まで本当にありがとう。
ゆづが居てくれたから、頑張ってこれたの。
本当にいつもそばに居て、見捨てないでくれて、助けてくれて…ありがとう」

涙まじりの声に、こちらまで胸がいっぱいになる。

「やぁね…」

笑ってサラリとかわしたいのに、言葉が出てこない。
ナツの涙を拭う私の目も潤んでくる。


「私の方こそ、ナツに支えてもらってたのよ」

ナツの諦めない姿勢、抗う姿、前を向く強さに勇気をもらっていたのは、私の方。


「だからね、泣かないで」

別に家の為とか自己犠牲なんかで、人生棒に振るつもりはない。
やるからにはとことん、納得のいくまでやってみせるから。


本当は口下手で不器用で、感情を表に出すのが苦手で、でも真っ直ぐで涙もろい親友に負けないように。
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