54 / 56
入社6年目『ソツスキ〜』の那月目線
アイスドールの涙〜柚月視点〜
しおりを挟むどんな時も冷静で、表情を変えず淡々としてバカ丁寧で。
そんなクールなナツも悪くはなかったけれど、昔に戻ったような今のナツも大変可愛らしい。
何か言うとすぐ照れるし、慌てるし不貞腐れるし、そのくせ取り繕おうとして時々失敗するし。
失敗した後の、眉をへにゃっと下げてぎこちなく笑う顔まで可愛いのだから。
——GJ!野口さん!
だいぶ余計な口出しをしたから、嫌われているかもしれない。
それでも、アイスドールなんて呼ばれていたナツを、可愛い女の子に戻してくれた事だけは本当に感謝してもしきれない。
どんなに側にいても…どんなに親しくなっても、私じゃダメだったから。
ナツに仮面を外させる事は、私には出来なかったから。
…悔しいけど。
それどころか、最近は雰囲気が柔らかくなったせいか、新プロジェクトが順調なのか、声をかけられる事が増えたらしい。
誰に対しても線を引き、壁を作っていたナツの、はにかんだような笑顔に魅了される人が続出した。
少しずつ、ナツの周りに人の輪が出来てくる。
社のアイドルと言われている今西さんと仲良くなった事も、もしかしたら影響しているのかもしれない。
——いい事だ。
本当に良かった…。
これで、安心して辞める事が出来る。
* * *
「退職?なんで…」
「おいおい、急な話だな」
そう打ち明けると黒澤は目を丸くし、ナツは…口をへの字にして眉を顰めた。
今は関西支社にいる黒澤が、本社へ出張で来たので声をかけたところ、ナツも誘って急遽同期会という事になった。
お互いの近況を報告しあい、ある程度話し尽くした所を見計らい、今月末で退職する事を告げた途端、変な空気になってしまった。
「なんで?ゆづ、どうして急に辞めるの?
何かあった?」
久しぶり…5年ぶりのナツのタメ口をここで聞けるなんて。
それだけでも切りだした甲斐があるというもの。
とはいえ、ナツの動揺を隠さない様子に、黒澤から責めるような視線を向けられ、肩をすくめる。
「ナツ、落ち着いて。
ちゃんと話した事なかったんだけど、うちの実家、金沢で旅館やってるんだ。
昨年母が体調崩して、帰っておいでってずっと言われてたの」
今まで、ナツとは…ううん、誰ともあまり家族の話や込み入った話はしてこなかった。
「って事は、旅館の若女将か」
「まぁね、そうなるかな。
でも、もうちょっとここで頑張りたかったし、先延ばしにしてたんだけど…。
母が入院する事になっちゃってね」
うちは代々続く旅館の家系だ。
一人息子の父は、母と結婚して私が産まれた後、浮気をして家を出た。
幼い私と、母を残して。
『旅館を継ぐのが嫌だった』
『重荷だった』
『子供も生まれて、最低限の務めを果たしたのだから、自由にしてほしい』
後からそんな勝手な言い訳を連ねた手紙が届いたけれど、祖父はその手紙を燃やして捨てた。
祖母は、母を責めた。
あんたがしっかりしていないから、と。
自分の子育てを棚に上げて。
責められ続けた母は、私を立派な後継に育てる事で責められるのを回避しようとした。
私の意思を確認する事もなく。
あの重苦しい家という名の檻に、また戻るのか覚悟を決めて戻らないと告げるのか。
父のように逃げ出す事は簡単だ。
だけど…やせ細った母から、涙ながらに
「柚月の好きにしていいのよ」
と言われてしまうと…。
「金沢なんて…遠い」
絶望的な目をするナツ。
逆にいうと、それだけ私が居なくなるという事を惜しんで、悲しんでくれてるのよね。
「なーに言ってんの。
金沢なんて新幹線ですぐよ、すぐ。
なんなら新婚旅行に来てくれたら、サービスするわよ~」
半分冗談、半分以上本気でそう言うとナツは頬を赤く染め、黒澤が食いついた。
「え?お前、結婚するの?」
「いや、今すぐという訳じゃなくて」
ゴニョゴニョと言うナツをまじまじと見つめ、黒澤は破顔した。
「良かった!良かったよ、国枝。
あん時はビビったけど後から事情を知らされて、ずっと気になってたんだ」
「その節はご迷惑をおかけして…」
5年前、エレベーター内で真っ青な顔してガタガタ震えていたナツ。
そして困惑した様子で、ナツを見つめていた黒澤。
そこへ乗り込んだ時は…ホント、どうしようかと思ったけれど。
ちゃんと乗り越える事が出来たのも、その先へ進もうとするナツの背を押す事が出来たのも、親友の特権よね。
そういう事にしておいてほしい。
「お前、あれから能面みたいな顔してたし」
「能面って!」
以前のように、同期で笑ってお酒が飲めるなんて…あの時は思わなかった。
でも、最後にこうして3人で楽しく飲めて、馬鹿みたいな話もできて。
「私、あんた達の事大好きだわ」
唐突にそう言った私をナツが抱きしめた。
「ゆづ…今まで本当にありがとう。
ゆづが居てくれたから、頑張ってこれたの。
本当にいつもそばに居て、見捨てないでくれて、助けてくれて…ありがとう」
涙まじりの声に、こちらまで胸がいっぱいになる。
「やぁね…」
笑ってサラリとかわしたいのに、言葉が出てこない。
ナツの涙を拭う私の目も潤んでくる。
「私の方こそ、ナツに支えてもらってたのよ」
ナツの諦めない姿勢、抗う姿、前を向く強さに勇気をもらっていたのは、私の方。
「だからね、泣かないで」
別に家の為とか自己犠牲なんかで、人生棒に振るつもりはない。
やるからにはとことん、納得のいくまでやってみせるから。
本当は口下手で不器用で、感情を表に出すのが苦手で、でも真っ直ぐで涙もろい親友に負けないように。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~
神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。
一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!?
美味しいご飯と家族と仕事と夢。
能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。
※注意※ 2020年執筆作品
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる