狼王のつがい

吉野 那生

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後日談

★共に在り続ける、その為に

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…バッカみたい!
あーもー!腹立つ!

何でこんなおばさん達に好き勝手言われなきゃならないのよ。
しかもすんごい上から目線で。


『陛下がお可哀想、こんなちんくしゃと添い遂げなくてはならないだなんて』

『まるで鶏ガラのような貧相な体つきでは、ご満足いただけないのでは?』

『髪の毛もこんなに短くて、まるで男児のようではありませんこと?』


侮蔑と嘲笑を隠そうともしない3対の目に、負けるもんかと背筋を伸ばし

「シルヴァンは、“そこがまた堪らなく良い”と言ってくれますよ?」

愛想良く微笑みながらも「なんか文句ある?」とばかりに3人を見つめると、真後ろから吹き出す声が聞こえた。


「あ…アンリエッタ様!」

慌てる膝を折る3人に倣い、膝を折ろうとした私を目線で制しアンリエッタ様が

「ごきげんよう、ユイ様」

下手に移動し軽く膝を折った。
その姿に、私に絡んできた3人も悔しそうにより深く膝を折り私に向かって礼を取る。



——そうだった。

今の私は「狼王のつがい」。

元王妃であるアンリエッタ様よりも、立場的には上になる。



立場がその人を作るのだと、以前言われた事がある。

努力も素質ももちろん必要だけど、何よりもその立場にふさわしい扱いを受けて、その扱いを受けるに相応しくあるよう努力を続ける事。

それが「狼王のつがい」として、私がすべき事なのだと。


要はシルヴァンの隣にいて恥ずかしくないよう、彼の隣に在る事を皆に認めてもらえるよう、努力し続けなければならないという事だ。


そう。

物語なら「結婚して2人は末長く幸せに暮らしました」で終わるけど、現実はそれでおしまいではないのだから。



「どうぞ楽になさってください」

この場合は私が言うべきなのよね、と慣れないながらも上の立場の者としてそう言うと

「シルヴァン殿はユイ様にベタ惚れですものね。
色々な意味で“育てる”のも楽しいと、仰ってますし」

アンリエッタ様は意味深に微笑んだ。

その言葉に3人の視線が私の胸に集まる。
それはもう、不本意なことに。



——それって胸がささやかって事?
余計なお世話~!
大体何よ、育てるって!


そんな内心を押し隠して、困ったように微笑んで見せる。

内心を悟られないよう、どんな時も微笑みを絶やさないこと。
まだ完全に掌握し切れていない王宮内で、誰が味方かわからない中、隙を見せないよう振る舞う術はシルヴァンとアンリエッタ様に教わっていたけれど。

…今回ばかりは、多少顔が引きつっていたかもしれない。

そんな私を宥めるように

「これからますます愛されて、ユイ様は唯一無二のつがいとして、シルヴァン殿の隣に立ち続けるのでしょうね。
そこに他の者の入る隙などある筈もない。
獣人なら誰でも、子供でも知っている事ですわ」

ニコリと微笑むアンリエッタ様のお顔はとても優しげなのに、目の奥だけが笑っていなくて。

「それに狼王が選んだつがいにケチをつけるなど、王自身にケチをつけるようなもの。
そんな事をすればどうなるか、お分かりにならない方は…まさかいらっしゃいませんよね?」

やたら胸元を強調したドレスの3人と1人1人目を合わせてアンリエッタ様がそう言うと、3人はそそくさと去っていった。

 *

そんなやり取りがあったのが朝イチの事。

あの時は受け流したつもりでいたのだけど、夕食後自室に戻って1人きりになった所で、向けられた悪意が思い出され、苛立ちが再燃してしまった。



——ほんっと腹立つ!

ほっといてよね、シルヴァンは私が良いって言ってんだから。
 

「馬鹿じゃないの」

そう毒付き、腹立ち紛れに枕を思い切りぶん殴る。


「誰がバカだって?」

その瞬間、聞こえてきた声に体がビクリと反応した。


「あ…シル、ヴァン」

怒りを爆発させて枕に八つ当たりしていたところを見られるなんて…。

バツの悪さに目を逸らした私の隣にやってきたシルヴァンは

「義姉上から聞いた。苦労かけたな、すまん」

優しく頭をポンポンと叩いた。


「…なんでシルヴァンが謝るの?
て言うか、子供扱いしないで」

その優しさが嬉しいくせに、何故か素直になれない私の憎まれ口に、彼はフッと微笑む。


一時は王に逆らい反逆の罪で辺境の地に追われた王弟・シルヴァンが、王の死により様々な過去が明るみに出てその地位と名誉が回復されるや否や。

彼の周りには沢山の人が集まった。


多くはその名と地位に群がる者達だ、とシルヴァンが苦々しく口にする通り、わかりやすいおべっかとおこぼれを期待する眼差しは、いっそ清々しいほどだった。

そして、つがい(私)が居る事を承知で色目を使い、あわよくば…と一夜の夢と栄華を思い描く女性たち。

獣ではない私は、彼女達から奇異と侮蔑の目で見られる事はあっても、友好的な態度を取られる事はまずなかった。


もちろん、王妃様の目の届く所では微笑みを浮かべ、一見和やかな雰囲気ではあるけれど、その裏でこちらの様子を意地悪く観察している

隙あらば、と失態や失言あるいは無作法、小さな事でも何でも良いから脚を引っ張るネタを探している。

そう感じるのは…気のせいではない筈。


もちろん、そうではない人も居るけれど…。

ごく一部とはいえ、向けられる悪意に何も感じないほど、鈍感でも強くもない私は少しずつ何かが削られていく気がしていた。

それでも、これまで表立って何かを言ってくる人はいなかったのだけど。

あの3人組は、今思えばずっとその機会を窺っていたのだろう。



「ならば、ご要望通り大人扱いしてやろう」


気がついた時にはベットの天蓋が見え、そしてごく至近距離にシルヴァンの麗しい顔が割り込んできた。


「…え?」

近づいてきた顔に咄嗟に目を瞑った私の唇に、少しカサついたそれが重ねられる。

「んっ…」

片手で頬を固定し、片手で胸を弄るその動きと、何よりも巧みなキスに翻弄されてあっという間に息が上がってしまう。


「シル、ヴァン?」

潤んだ目で見つめた先には、火傷しそうなほど熱い眼差しで私を射抜くシルヴァンが。

舌ったらずに名前を呼んだ私に、彼はふと目元を和らげた。

その何とも言えない色気に、私を求めてくれる眼差しに、身体の奥がズクリと疼く。


同時に、つがいが互いを求めるフェロモンにも似た香りがふわりと立ち上る。

大好きな匂いに包まれて、うっとりと目を閉じた私に

「いけない子だ、食べてしまうぞ」

愛する狼がニヤリと笑いながら舌舐めずりをする。


目を開けると、片方しかない白銀の瞳には蕩けた顔の私が映っている。

私の目にもきっと、愛するつがいの少し余裕をなくした顔が写っている筈。


「どうぞ、召し上がれ?」

両手を差し伸べ、逞しい首に絡めて耳元で囁くとシルヴァンは吐息を吐き

「煽るな」

と言うや、噛みつくようなキスを仕掛けてきた。


互いの舌を絡ませ擦り合わせ、甘噛みをしたり吸い上げたり、歯列をなぞったりして口腔内を刺激しあう。

「んっ…は、ぁ」

酸欠気味のせいなのか、それとも愛するつがいに触れられているからなのか、頭がクラクラする。

そんな私の様子にふっと笑い、シルヴァンが丁寧にドレスを脱がしてゆく。

窮屈なコルセットの締め付けがなくなると同時に、両手で形が変わるほど胸を揉まれ赤く立ち上がった頂をべろりと舐めあげられる。

「あぁっ…んっ、ふぅ」

彼の手にちょうど収まるほどのささやかな膨らみで、満足しているのか。

そもそも彼の好みは大きい方なのか、そうではないのか、ふと気になってシルヴァンの腕を軽く叩いて注意を引く。


「あのね、聞いてみたい事があって…」


かくかくしかじかで、と尋ねた私にシルヴァンはくしゃりと笑み崩れ

「大きさは問題ではない、ユイのだから良いのだ。
まぁ、強いて言うならこの位の大きさが好みではあるぞ。
形といい張りといい素晴らしい。
もちろんしっとりと吸い付くようなきめ細かい肌も、感度の良いところもな」

言いながら、じゅっと先端に吸い付いた。

口内の熱さと痛みにも似た鋭い快楽に背が弓形に反り、かえってシルヴァンに胸を差し出す事になってしまう。


「ひぅ…んんっ!」


彼の手が、舌が私の身体の至るところに触れ、刺激し、高めてゆく。

こうなると、もう彼に縋り付くしかできなくなり、何度も何度も過ぎた快楽に意識を飛ばしそうになっては善がり悶え、ひたすら“その時”に向かってゆき…。

体温高めのシルヴァンにしっかりと抱きしめられて果てを迎え、身体も心も満たされたのだった。

 *

「ししし、シルヴァンさん⁈」

首筋に赤くポツリと残る痕に気がついたのは、翌朝の事だった。

最初は虫刺されかと思ったのだけど、その数が…尋常ではない。


思わず詰め寄った私を膝の上に乗せ

「お前を愛しているという印だ」

耳元で囁くものだから、シルヴァンに対する抗議も羞恥心もぶつけ所を失ってしまう。


「…こんなに、恥ずかしいよ」

「良いではないか、夫婦仲の良い所を見せびらかしてやれば」

ニヤリと笑うシルヴァンの背後に黒いモヤのような何かが見えるのは…気のせいだろうか。

「いい歳して娘ほどの歳のつがいに入れ込んで、と言われようとも、また、この手を離せばユイは楽になるのかもしれないと思っても…それでもこの手を離す事はできない」

「…うん」

突然始まった告白に、とりあえず短く相槌をうつ。

「ユイが私の隣に在る為に努力してくれているのは嬉しいし、頼もしいとも思う。
まだ王位についたばかりで苦労も心労もかけるだろう」

否定も肯定もしないでジッとシルヴァンを見つめると、彼もまた真剣な眼差しで私を見つめる。

「それでも…私はユイを選び、私の手をお前もとった」

「…あのね、色々言われて腹は立つけど辛い訳じゃないのよ。
良くしてくれる人もいるし、何よりシルヴァンの隣は誰にも譲りたくないし」


シルヴァンの利き手をそっと取り、手首に唇を押し当てる。
彼の逞しい首筋にはなかなか付ける事のできない赤い印がくっきりとついたのを見て、私はニンマリと微笑んだ。


その瞬間、彼の体から大好きな香りがふわりと立ち上る。

世界で1番安心できる愛するつがいの腕の中で、私にしか感じられない互いを求める香りに包まれ、この上ない幸福感に胸がいっぱいになる。


「どうか、したのか?」

微妙な表情の変化に、キュッと眉を潜めたシルヴァンに抱きつき

「ううん、幸せだなぁって思っただけ」

私は感慨と感謝を込めて囁いた。




腹が立つ事もある。

涙が溢れる事も、反対に嬉しくて笑いが止まらない事も。
悔しくて唇を噛み締める事も、己の無力さに打ちのめされる事もあるだろう。


たとえどんな日でも、彼の隣でならきっと後悔はしない。

その為ならどんな困難でも乗り越えてみせる。
どんな努力も厭わない。



共に在り続ける、その為に。
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