狼王のつがい

吉野 那生

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後日談

狼王のつがい〜結〜

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結局、リサさんはシルヴァンを庇って亡くなった。
そしてノワールもまた銃の暴発で酷い怪我を負い、その傷が元で命を落とした。


あの時ハクさんは弾が入っていないと叫んだけれど、王は密かに銃弾をコウに作らせていたらしい。

しかしそれが粗悪品で、暴発の引き金となったというのがハクさんの見立てだった。



けれどもあの時、シルヴァンだけは気がついていたらしい。

銃口が私に向けられる瞬間、一瞬だけハクさんの方に向けられた事を。


そしてその時、ハクさんが目にも留まらぬ速さで何かを弾き、それが銃口にすっぽり収まった事を。



—-ともあれ、私達はまだ生きている。


早朝、目を覚ました私は傍にある温もりに手を伸ばした。


「…ユイ?」

寝ぼけながらも、しっかりと抱きしめてくれるつがいの胸に頬をよせる。
私より少し高い体温が、髪を梳く手が心地よくてうっとりと目を閉じる。


もう離れないと誓ったのは数日前の事なのに、もうずいぶん長いこと側に居たような。
傍らに「在る」のが、当たり前になったような。

顔を上げると、優しく細められた白銀の瞳が私を捉えた。

 *

今回、で王を失くした神狼国をこれからどうするのか。

千猿国をはじめ周辺国との関わり方や、腐敗した王宮内での粛清と王亡き後、誰がこの国を纏めていくかという事。

問題は山積みだった。


けれども、千猿国では想像より遥かに早くハクさんの父である王の引退が発表され、王となったハクさんは神狼国との相互不可侵条約を正式に締結する事を決めた。
 

同時にシルヴァンはアンリエッタ様の強い要請により、兄の跡を継ぎ王として国を導く事になった。

ただし、その事にシルヴァンは最後まで難色を示し、最終的にこの国の唯一の王女であるケイティ様が成人されるまで、いう条件付きで引き受けたのだった。



「この国の中枢に携わった者として、何よりも大人として、次代を担う者達を育てるのも我々の務め」

そう言うシルヴァンの横顔は、緊張と責任に引き締まっていて。

…要はとてもカッコ良かった。



そして、初めてお会いした王女はとても可憐なのに凛として、芯の強そうな瞳が印象的な子だった。


「ケイト、ご挨拶なさい。
貴女の叔父上のシルヴァン様と、そのつがいにして狼の国の迷いびと ユイ様よ」

入室した瞬間から、シルヴァンとそして私を凝視していた王女は

「初めまして、叔父上様、ユイ様。
ケイティと申します」

それでも母の言葉通り、キチンと膝を折り挨拶をした。
そんな王女の仕草の美しさに思わず見惚れかけ、私も彼女をお手本に

「初めまして、ケイティ王女。
ユイと申します」

ドレスの裾をつまみ、精一杯のカーテシーを捧げた。


ノワールが王女にとってどのような父であったのか、私は知らない。
けれど、結果的に彼女の父の死に関わった者として最低限の礼儀だと頭を下げた私を、王女はマジマジと見つめた。

「本当に…ヒト、なのですね」

興味津々と言った声に、思わず隣から苦笑が漏れる。

「そうだ。
ヒトだが、私のつがいでもある」

そう告げたシルヴァンと私とを見つめ、王女は

「お2人とも、よろしくお願い致します」

強張ってはいたものの、それでもにっこりと微笑んでくれた。

 *

あの時…真名を交わした瞬間。

今までの「」を型どっていた何かが剥がれ落ちてゆくような。
新しい「ユイ」に作り変えられてゆくような、そんな不思議な感覚に身体の芯から震える気がした。


『何、これ…私、おかしくなっちゃったの?』

自分の身体なのに、どこか自分のものではないような、立ちくらみにも似たふわふわとした心許なさに思わずシルヴァンに縋りついたのに。

『おかしくない、ユイはどんな姿でも可愛い』

なんて言い出すんだから…!

そういう事を言ってるんじゃないと抗議しようとした私に、彼はクスリと笑いかけた。


『が、これはそういう事ではない。
その身体の変化はユイが真実、私のつがいとなったという証なのだ」

シルヴァンの声は、耳から流し込まれた甘い毒のようで。
そう認識した途端、ズクリと身体の芯が疼いた気がした。



——つがい。

今の今まで、よくわからなかった目には見えない不確かなモノなのに。

つがいとなったからなのか…聞き慣れている筈のシルヴァンの声が、妙に心地よく聞こえる事でそれを実感するだなんて。


はぁ、と小さく吐いた息にシルヴァンがぴくりと体を震わせる。


「吐息まで甘いとは…」

感嘆というには甘い、鼓膜をくすぐるような声に再び身体の芯がグズグズに溶けてゆく気がする。

お互いに真っ赤に染まった顔を見合わせて、私は俯きながら両手で耳を押さえ、シルヴァンは心もち顎を上げて鼻の頭を掻いた。


そうでもしないと、何かに「流されて」しまう気がして。

「流されて」しまう事が悪い事ではない。
シルヴァンも望んでいるのだろう…。

けれど、私には照れくさすぎてハードルが高すぎて、そんないたたまれなさを彼は尊重してくれた。

…その時は。



その時と同じような、なんとも言い難いむず痒いような雰囲気につい目が泳いでしまう。

「ユイ、私を見て。目をそらさないで」

欲を孕んだ声に一瞬目を閉じ、あの時は決めきれなかった覚悟をもってシルヴァンを見つめる。


「ユイ…」

掠れた声が、言葉にならない想いを雄弁に伝える。

その距離が縮まり、唇に温かく柔らかいものが触れた。

最初は触れるだけだったそれは、すぐに吐息までも奪うような激しいキスに変わり、初心者の私はたやすく翻弄されてしまう。


「っ…!シル、ヴァン」

悲鳴のようなか細い声をあげ、縋り付いた私の様子にシルヴァンは眉間にシワを刻み

「…煽るな」

と唸った。



——煽ってない。


そんな反論は、蕩けるようなキスと執拗な愛撫に溶かされ、そして…。

彼を受け入れる事に慣れ始めた身体は、呆気なく陥落する。


「ん…あっ、やだ」


最初は身体を気遣うよう慎重に、優しく。
けれど次第に激しくなる動きに、彼も私もあっという間に昇り詰める。

シルヴァンにしがみつき、我を忘れて声を上げ…彼の全てを受け入れ…そして。


力の抜けた私の身体を丁寧に清めると、シルヴァンは狼の姿で私の隣に潜り込んできた。

柔らかい胸の毛に顔を埋め、逞しい首に腕を絡める。
そのまま手を伸ばしてピンと立った耳を、背中の少し硬い毛を、ざらざらする肉球を撫でたり、冷たい鼻先に自分の鼻を押し当てたり、気の済むまで尾を弄んだり。 

人の姿で交わり、獣の姿でじゃれあう。

いつも好きにさせてくれるこの触れ合いは、私にとってこの上ない癒しとなっている。


手触りの良い滑らかな毛を梳くように何度も何度も手を動かすと、シルヴァンも気持ちが良いのか目を細め、私の手に鼻先を押し当てる。



「私の名前の「結」ってね、あちらとこちらを結びつけるって意味があるんだって」

まだ起きるには早いのでつい微睡んでいた私は、ふと父の言葉を思い出していた。

唐突に始まった話に、シルヴァンは耳をピンと立てる。


「昔、父さんが言ってた。
お前は人と人、何かと何か、大切な物を結び付けることが出来るんだって」


かつての部下であり乳兄弟でもある父を思い出したのか、シルヴァンも目を細め少しだけ懐かしそうな顔をした。

「色々な結びつきや縁によって、私はここに呼ばれたのかもね」

前脚を使って器用に肩を叩かれので顔を上げて白銀の瞳を覗き込む。


[後悔しているのか?]

…何となく、彼がそう聞いている気がして

「ううん、ちっとも」

キッパリと否定して逞しい首にしがみつく。



——薄情かもしれないけど。
向こうに未練を感じる事は、あまりない。

唯一、もうお父さんお母さんのお墓参りに行けない事が申し訳ないとは思うけれど。
でもあの両親ならきっと

『何処にいても、何をしていても結は結だ。
心で繋がっていればそれでいい』

と笑ってくれる筈。


それに…ここはお父さんの故郷でもある。

お父さんが出来なかった分も、祖母孝行をして家族の思い出話をたくさんしよう。


私には新しい家族も増えたのだから…。



ここに来て、傷つけられたり疑われたり軟禁されたり、辛い事も沢山あった。


でも優しくしてくれる人がいた。
庇ってくれる人も守ってくれる人もいた。

知らない世界の色々な事を知り、自分に何が出来るのか考える日々だった。


迷い、悩み、時に立ち止まっても、隣で支えてくれる人がいたから、また歩き出す事が出来た。

これからもきっと、泣きたくなる事もあるだろう。
怒ったり不安で眠れない日もあるかもしれない。


けれどもこの世界を、この人の隣を選んだのは私だ。

だから、前を向いて。
そして笑顔でいよう…。



ここが…この人の隣が、私の「心の望む場所」なのだから。
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