狼王のつがい

吉野 那生

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出会い編

残酷な再会・上〜アリシア〜

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おじ様おば様と一緒に暮らすようになって、朝食の用意をするのは私の日課になった。



「体は覚えているものだな」

こちらで初めて包丁を握り作った料理を、おじ様もおば様も綺麗に召し上がってくださった。

その時、おじ様が用意してくださったのは見た事のない大きな魚。

獣人の世界で他の動物—今回は魚だけど—のお肉を食べる事なんてあるの?と思ったのだけど、その辺は事情があるらしい。


曰く、神が選んだ「獣」とは、地上で生きている二足または四足歩行の種族を指すのだとか。

鳥や虫、魚、水辺から離れられない種は選ばれなかったらしい。
また「獣」であっても、人化出来ない個体はどの種族にも一定数いるらしく、生後半年~1年以内に人化しないは食用に回されるのだと言う。


「親としての情は確かに存在するが、基本獣は弱肉強食の世界に生きるもの。
その辺は合理的に判断出来るのさ」

その時のおじさまの笑みはどこかほろ苦く、声もまた悲しみが滲んでいた気がするのは…気のせいだったのだろうか。


それにしても…。

手渡された魚を捌き、処理してゆく事ができるのは自分でも驚きだった。

「なかなかどうして、慣れているようね」

「そのよう、ですね」

考える事も悩む事もなく、手が勝手に動いていく感じ。
まさに「体は覚えている」との言葉通りだったのだけど…問題は火の扱いだった。

下味をつける所までは出来た。
けれど、いざ火にかける段になって薪を使っての調理に不安を覚える事に気がついたのだ。




「包丁捌きがなかなかのものだからすっかり油断していた。
どうやったらこんなに綺麗に焦げ付かせることができるんだ?」

呆れた様子を隠そうともしないおじ様の言葉に、おば様が無言で足を動かした。

「っ…!レプス」

「大丈夫よ、アリシア。
ちゃんといただきますからね」

おじ様の向こう脛を思いきり蹴飛ばしてから、にこりと笑うとおば様はナイフとフォークを綺麗に使い、焦げてしまった魚を一切れ口に運んだ。

「あの!私が焦がしてしまった責任をとって全部食べます。
今日は野菜のみで申し訳ありませんが…」

「あら、多少香ばしいけれどちゃんと食べられるわよ」


黒焦げになってしまったのに、香ばしいと評してくれるあたりがおば様の優しさなのだろうけど。
いたたまれなさと申し訳なさでギュッとエプロンを握り締めた私に

「多少の失敗は気にするな、これだって食べられなくはない。
うん、味付けは良いぞ」

おじ様も慌てて魚を口に運ぶ。


「申し訳ありません。
でも次は…お口に合うよう、いえ、まずこちらでの調理法に慣れて、普通に食べられる物を…」


謝る私の脳裏に誰かの言葉が浮かんだ。

『反省すべきは反省する。
けれど必要以上に恥じる事も悔いる事もない。
要は慣れだ。
知らない事、出来ない事は恥ではない』




——この言葉は誰が言ってくれたものだったかしら。

ともかく、同じ失敗を次はしないよう、より良い物を作れるように。
そして次こそは本当においしいと言ってもらえるよう、頑張ろう。

心の中で拳を握りしめ、決意を固める私に

「ごめんなさいね、アリシア。
あなたが戸惑っているのは分かっていたの。
でも、あなたがどのように調理するのか見てみたかったの…ヒトの調理法を知りたかったのよ。
次は私も一緒に調理するわ、火加減とかコツとかまず教えてあげる」

おば様が若干気まずそうにそう言った。



調理法にしても味付けにしても、今回私は自分の感覚でやってしまった。
けれど、こちらにはこちらのやり方やおばさまの流儀があり、それを教わる事はとても楽しかった。

また厨房に移動となった私は料理人達からも味付けや技を教わり、自分で言うのもなんだけどここ数ヶ月の間に料理の腕はかなり上達したと思う。



失敗しても成功しても、2人は私の作った物をおいしいと残さず平らげてくれたし、休みの日にはおば様と一緒にパンを焼く事も増えた。


数ヶ月前まで全くの見ず知らずだった2人の庇護下に入り、少しずつ3人での生活に慣れてゆく。

そんな風に築き上げてきた穏やかな日々が、しかし崩れるのは一瞬の事なのだと知るのは、すぐ後の事だった。

 *

「アリシアちゃん、あんた何したんだ?
シルヴァン様が呼んでいるよ」

すっかり顔馴染みとなった狐族のゾットさんが私を呼びにきたのは、昼食の戦のような時間が終わり、夕食の仕込みに取りかかる前の少しだけ寛いでいた時だった。

「シルヴァン様が?」


…心当たりは全くない。
それどころか、ここ数日は食堂に全くお見えにならず、ようやく落ち着きを取り戻した所だったのに。


「こっちだ」

腕をとられ、訳もわからないままゾットさんについていく。



——あれ?

シルヴァン様の執務室へ行くものだと思っていたのだけど、どうやら違うらしい。

その事に違和感を感じ

「あの、ゾットさん?
シルヴァン様の御用はなんですか?
執務室とは違う方へ向かっているようですが」

と声をかけるが、彼は立ち止まる事も振り向く事もせず、かえって足を早めた。
その事に一抹の不安を覚え、踏ん張って立ち止まろうとした瞬間、彼はピタリと止まり部屋の扉を叩いた。

「俺だ」

「入れ」

中から応えた低くくぐもった声に、聞き覚えはない。
なのに、その声が耳に届いた瞬間ゾワっと鳥肌が立った。


「離し…んぐっ」

口を塞がれ強引に部屋に押し込まれる。


「勘の良いガキだな」

突き飛ばすように部屋の中央へと押しやったゾットさんは、それまで被っていた「お調子者」という仮面を取り去り、唇を歪め冷たく私を見下ろした。


「よぅ、お嬢ちゃん、まさか生きていたとはね」


中にいたのは2人の男達。

うち1人がニヤリと笑いながら、そう声をかけてきた。


「生きて…?
何の事ですか?あなた達は一体誰?
どうして私を?」

「驚いたな、まさか本当に覚えていないのか?」


男達は私を知っている様子。
でも私は彼らの事を覚えていない。

彼らと私との間に何があったのか…。

それはとても知りたい事だけど、それよりも何よりも…。



——ここに居てはいけない。


このままでは、何かとても良くない事が起きる気がして

「えぇ、あなた方の事は知りません。
こちらは用事もありませんので、これで失礼します」


一礼し、踵を返そうとしたその時…

頬に衝撃を受け、私は床に倒れ込んだ。
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