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現世〜昇華〜

対決〜ルドガー〜

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ジルベールの思惑にのってやるのも、何となく面白くない気がするものの。
クリスティナの“友人”がやって来るというので、クンツァイト家に行く事を決めたのが昨日の事。


指定された時間に、指定された部屋へと乗り込んでいく。

ノックの後、入室した客間にはジルベールとクリスティナ、そして“友人”とやらであるユージン・ファントムクォーツがいた。


目が合った瞬間、ティナの顔色がさっと変わる。
そして、ティナの様子を窺って私が誰か悟ったであろうユージンは、驚いたように顔を強張らせた。


「やぁ、ジルベール久しぶりだな。
これは…ティナじゃないか。
帰っていたのか、会いたかったよ」

やや芝居がかった大仰な物言いで、あえてユージンを無視して2人に近づく。
ティナがオロオロと私とジルベール、そしてユージンとを見つめる。
その視線で、さも今気がついたように彼へ向き直る。

「来客中だったのか、これは失礼。
出直した方が良いのかな?」



困惑と驚愕、それにほんの少しだけ屈辱を滲ませるユージンの様子に、ひっそりとほくそ笑む。

「彼はユージン・ファントムクォーツ。
ティナの友人だ」


笑いを堪えるような妙なしかめ面で彼を紹介するジルベールを、ジロリと睨め付け

「初めまして、ルドガー・アイオライトだ。
ティナがいつも世話になっているね」

ユージンには、爽やかとよく言われる笑みを浮かべてみせる。


「ユージン・ファントムクォーツです。
お会いできて光栄です」

「光栄、ね」

意味深に微笑む私を、ユージンもニコリと見つめる。
 

けれど、目が合った瞬間、目には見えない火花が散った。

 *

あっという間に席が設えられ、ジルベール、クリスティナ、ユージン、私で円卓を囲んだ。
手際よく供される茶を楽しみ、たわいもない話に興じるふりをしながら、互いの出方を探っていく。


ジルベールとユージン、どちらが切り込んでくるのだろうかと思っていたけれど。

予想に反してクリスティナが、酷く思いつめたような顔をして切り出したのには…正直驚いた。


「あの…ルドガー様、お話が」

咄嗟に腰を浮かせたユージンと、口を開きかけたジルベールを制するように、クリスティナはまっすぐにを私の目を見つめ

「大変申し訳ございませんが、あなたと結婚する事は出来ません」

と頭を下げた。


その率直な物言いと、何よりも覚悟の滲む声色に、こんな子だったのかと改めてクリスティナの顔をまじまじと覗き込む。


どこかふわふわと頼りなく、か弱く儚げな印象の強かったクリスティナが。
一歩も引かぬ構えで私と向き合う姿は、まるで見知らぬ女性のようだった。




——これは…本当にクリスティナなの、か?

けれど、隣の席から手を伸ばしクリスティナの手を握りしめたユージンと目を見合わせ、頷きを交わすその様子に全てを悟る。


その瞬間、胸に広がったのはほんの少しの寂しさと諦めと、安堵だった。

……驚いた事に。


「そうか…」

言葉少なに頷いた私をクリスティナもジルベールも、そしてユージンまでもが驚きをもって見つめた。


「初めから、他に誰もいないならという約束だったんだ。
いや、言葉は悪いが約束ですらない。
ただの滑り止めだ。
だが、他に想う者が現れたのであれば、破棄されるべきだろう」


「申し訳、ございません」  

絞り出すように言葉を紡いだのは、ユージンだった。

「なぜ君が?」


我ながら人が悪いとは思うものの、お前に謝られる筋合いはないと言わんばかりに、キッと睨みつける。

「クリスティナ様は俺を選びました。
俺も覚悟を決めたんです。
もう2度と、この手は離さない」


私をまっすぐに見つめるユージンは、まるでクリスティナを守る騎士のようで。
手を取り合い、決意をもって私を見つめる2対の目に胸の奥がジクジクと痛む。


「クリスティナ、彼が…君の選んだ人なのかい?」

「えぇ、ルド兄様。いいえ、ルドガー様。
そうです、わたくしは彼の手を取りたいと思っております」


目を逸らす事なく、痛みを抱えたまま私を見つめるクリスティナの、凛とした眼差しにしばし見惚れる。


「そうか…なら、仕方ないな」


口をついて出たのはまぎれもない本心で。

そう思える程にはクリスティナを愛していたのだと、彼女の幸せを願えるのだと改めて思い知らされる。


「他に誰もいないなら、という約束だったのだからね。
かと言って、横からティナをかっさらった君を応援しようとは思わないよ。
せいぜい頑張るんだね、彼女の父と兄に認められるよう。
そして、僕にも」

ユージンの目を見つめ、嫌味ではなく本心から告げる。


「…言われなくても」

生意気にも睨みつけるような視線を、余裕をもって受け流す。 

まだまだ若いな、と思いながら。


「正直悔しいという思いは当然あるよ。
一発くらい殴ってやろうかと思うほどにはね。

たとえ君を殺して奪っても、ティナは私のものにはならないだろう。
あぁ、あくまでたとえだし、ティナをモノ扱いするつもりもないから、そんなに睨まないでくれ。

けれど僕には、そうするだけの思いも勢いもないという事だ…。

それに…どこかでこうなるだろうという予想もあった。
分の悪い賭けだと我ながら思っていたよ。
それでもティナが私の手を取ってくれるなら、大切にするつもりでいたし、愛はなくとも情のある家庭を築いていけると思っていた」

淡々と言葉を紡ぐ私に、クリスティナもユージンも罪悪感に満ちた目を向ける。



——断罪などしてやらない。

悔しい気持ちはぐっと飲み込み、諦めと寛容でもって受け入れてやるのだ。

何故って?
怒りをぶつけ、罵られた方が楽であろうから。 


これが私の復讐。

良心の呵責に耐え、私に「借り」を作ったまま結ばれればいい。


いつかその「借り」も返してもらうその時まで。
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