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現世〜昇華〜

共に歩む未来へ〜10/8加筆修正〜

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「お前なんぞにティナはやらん!」

出し抜けに指を突きつけられ目をパチクリさせるユージンだったけれど、咄嗟に

「貴女は花嫁の父ですか!
というか、なぜ貴女の許可が必要なんですか?」

と返した。


指を突きつけたまま平然としているセラフィーヌの横で、ジークフリードが肩を震わせながら笑っている。




——なんなの、この状況は。

呆れが半分、驚き半分のクリスティナがジト目でセラフィーヌを見つめる。
その視線を受けて、セラフィーヌはさも可笑しそうに笑った。

「なかなかの瞬発力だな、ユージン。
それに私は花嫁の父ではないぞ。
女の私は父にはなれぬからな。
しかし、親友ではある。
大事なティナが本当に幸せになれるのか、確かめたくもなるだろう?
親友なら」


ツッコミどころ満載なセラフィーヌの台詞に、呆れた様子を隠そうともせず指摘するユージン。

「…その口調は何ですか。
とても王太子妃のものとは思えませんよ?」

そこでようやくセラフィーヌは笑いを引っ込め、真顔で切り出した。


「これが私の素の姿だ。
この姿を知っている者はジークを除けば、ティナとジルベール、後はほんの数名だけ。

それよりもユージン、お前本当にティナと添い遂げる覚悟があるのか?」


セラフィーヌの、内心までも見透かすような眼差しに1つ大きく息を吐き出すと、ユージンは

「もちろんです。
この後の舞踏会でそれを証明してみせます」

昂然と頷いた。


そんなユージンをセラフィーヌは満足げに、ジークフリードは面白そうに眺める。

「そう…。では、楽しみにします」

王太子妃の仮面を貼り付け、嫣然と微笑むセラフィーヌを若干胡乱げに見つめ返しつつも、ユージンは隣に立つクリスティナに目を向けた。


「と言うわけで、何があっても驚かないでくださいね」

「…わかりました」

紛れもなく自身の事なのに、蚊帳の外に置かれたような会話が続き、若干膨れ気味だったクリスティナを宥めるようにユージンがそっと手を伸ばしてその頬に触れる。


「とても綺麗です、とまだお伝えしていなかったですね」

蕩けるような視線を送られ、クリスティナの頬が真っ赤に染まる。

卒業式が終わったばかりのクリスティナは、その後に控える舞踏会の為、すでに身支度を終えていた。
この日のために用意されたドレスは、社交界という華やかな戦場へ足を踏み入れる事になる淑女にふさわしいもので。

髪を結い上げ、薄化粧を施したクリスティナにユージンはしばし見惚れた。


「おい、惚気なら他所でやってくれ」

ジークフリードのツッコミに肩を竦めると、ユージンはクリスティナの手を取り

「では、また後ほど」

ジークフリードとセラフィーヌに頭を下げ、クリスティナをエスコートしたまま部屋を出た。

 *

沢山の父兄が見守る舞踏会は、さながら社交界の縮図のよう。
今年はさらに王太子夫妻臨席のもと、幾分緊張した雰囲気の中、始まった。


静かな熱気と、少しの高揚感が場を包む。

初夏の社交シーズンには正式にデビューする貴族子弟にとっては、デビュー前の最後のレッスンという形だ。

クリスティナもジルベールにエスコートされながら、人々の波を優雅に泳ぎ回る。

今日で学院を去る事になる寂しさに、まだ完全には気持ちの整理がついていないクリスティナは、数えきれない学友と言葉を交わし別れを惜しんだ。


そして気がつけば、ファーストダンスの時間が迫っていた。


「いよいよだね、ティナ楽しんでおいで」

兄の手を離し、その目を見つめて微笑むクリスティナ。


基本的に、ファーストダンスを申し込めるのは男性からのみ。
女性にとって、その手を取るという事は婚約と同義という暗黙のルールがある。

女生徒は壁際に集まり、音楽を待つ。

席を立ったジークフリードがセラフィーヌの手を取り軽やかに一歩を踏み出す。
それを合図に演奏が始まり、決まった相手がいる者はホールの中央へと進んで行く。


そしてクリスティナの前には、見慣れた学院の制服ではなく、この場にふさわしい少し改まった装いに身を包んだユージンが立った。

緊張の面持ちで、けれど想いの全てがこもった眼差しにクリスティナは落ち着かなさげに胸の前で両手を揉みしぼる。


「クリスティナ様、貴女と共に生きて行く事をお許し頂けないでしょうか?」

その場で騎士のように片膝をつき、クリスティナの手を取って愛を乞うユージンに、みなの…そしてクンツァイト家の視線が集まる。


「ユージン、どうかお立ちになって。
わたくしも貴方の隣に在り続ける事を望みます。
お父様、お母様、お兄様、どうかユージン・ファントムクォーツと共に生きる事をお許しください」

「クンツァイト伯、奥方様、ジルベール様、クリスティナ様との事、どうかお許しください」

立ち上がり揃って頭を下げる2人を、顔を真っ赤にし怒鳴りつけようとするクンツァイト伯。
そんな父をすかさずジルベールが止める。


周囲の視線にぐっと言葉を飲み込んだクンツァイト伯は、素早く両隣に視線を向け妻と息子が娘の味方なのを悟った。

それでもしばらくユージンを睨みつけていたが、ややあって諦めた様子で

「後ほどゆっくり話し合おう。
今はティナの卒業祝いに水をさしたくないから、好きにしなさい」

と渋々口にした。
事実上の譲歩にクリスティナとユージンは顔を見合わせ、ジルベールはこっそり頬を緩めた。

「お父様、ありがとうございます!」

「ありがとうございます、改めてご挨拶にあがります」


力強く頷くユージンが馬なら、目の前にぶら下がった人参妹との婚姻を追いかけ、あっという間に成し遂げてしまうのだろうな。
などと人の悪い事を考えながら、ジルベールは2人を送り出した。



その手を取り堂々と人の輪の中へ導いてゆくユージンに、クリスティナは

「わたくしの事は、どうかクリスティナと」

囁くように告げた。
学院の上級生と下級生という関係ではなく、対等な婚約者としてのささやかな願いに、ユージンは顔を綻ばせた。


フロアの中央には、珍しく王太子妃としての仮面を外し、満面の笑みを浮かべるセラフィーヌと、苦笑を浮かべているジークフリードの姿もあった。

改めて向き直り、ユージンの手が腰に回される。
クリスティナもユージンの方に手を置き、その目を見つめる。


ユージンの瞳に映るのは、今日の為に気合を入れて着飾ったクリスティナ。
そしてクリスティナの瞳にも、普段とは違う見知らぬ男性のような顔をしたユージンが映っている。


「貴女の目には俺が、俺の目にはクリスティナが。
いつも互いを見つめ、寄り添う。
そう在り続けよう」



——どうやら、同じ事を考えていたようね。

目線だけで頷くと、クリスティナは音楽とユージンに身を任せた。



「…長かったわね」
 
ユージンと出会ってからの数年間を思い返し、クリスティナはそう呟いた。
何を、と言わずともユージンにはわかったのだろう。


「呆れられても笑われても、どれだけ嫌われたとしてもクリスティナが良いんだ。
いや、クリスティナじゃなきゃダメなんだ。
前世の重すぎる絆は、もうどうでもいい。
いや、それごとクリスティナが欲しい
…と言ったら、怒られるかな?」

「…バカ」


腰に回された腕に、ほんの少しだけ力がこもる。

「わたくしも、ノールとアカリの事を抜きにして、貴方がいいの」



何をもってしても埋める事の出来なかった、心の中に開いた穴。
それが何なのかわからずに戸惑いつつも求め、そしてようやくユージンと出会う事ができたのだ、とクリスティナは感慨に浸った。



——全ては「ノールとアカリ」から始まった。

「ノール!」と呼びかけたあの時から。


けれど…前世の想いと約束が、全てではなかった。
辛いすれ違いも、この想いを諦めかけた事もあった。



「愛しているよ、クリスティナ」

真剣な声色に、クリスティナは耳から溶かされてしまいそうになり、ユージンにしがみついた。


「もう、離さないでね」

ほんの少しだけ顔を上げ、ごく至近距離で見つめ合うクリスティナとユージン。



どこか遠くで、アカリとノールが笑っている
気がした。

あるいは…やれやれ、と呆れているのかもしれない。


互いの瞳に映る自分自身に誓おう。

共に在り続ける事を。
そして今度こそ一緒に幸せになる事を。


「大好きよ、ユージン」

小さな声で囁いたクリスティナを、ユージンはキツく抱きしめた。



遠回りしてしまったけれど。

こうして2人は、ようやく「番」を手に入れた。

 *

これは、異例の速さで騎士団長に上り詰めたユージン・ファントムクォーツとその妻、クリスティナの物語。


そして2人の物語は、ここから始まる。
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