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現世〜昇華〜

苛立〜ニーナ〜

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「兄様~?ルド兄様?」

初めてお会いしたその日から大好きだったルド兄様。

「なんだい?ニーナ」

幼いわたくしを抱き上げ、膝の上に乗せてくれたルド兄様にギュッっとしがみつく。


「あのね、ニーナ、ルド兄様のお嫁さんになる!」

「ハハッ、そうかい?それは楽しみだな」


幼子の言葉と笑って許してくれたけれど、わたくしは真剣だった。

「ニーナ本気だもん!」

「わかったよ、ニーナ。
君が立派な淑女になったらね」


…信じていたのだ、その言葉を。
あの瞬間までは。

 *

階段の踊り場でお見かけしたクリスティナ様は、明らかに顔色が悪かった。



——体調がまだ良くないのだろうか。

そう思いながら近づくと、クリスティナ様の後ろから来た女子生徒が何やら声をかけている。

「わたくし、学級委員長では…」

「あら?そうでしたの?
クリスティナ様にお渡ししておけば大丈夫と思っておりましたのに…どうしましょう?」


提出物を担任へ届けて欲しいとか何とか、そんな話のようだった。


というか、あの方はクリスティナ様のお顔をちゃんとご覧になっていないのかしら。
あんな辛そうなお顔をなさっているのに、よく自分の代わりに担任のところへ持って行って欲しい、だなんて厚かましい事が言えるものですわ。

「…わかりました、今回だけですよ」

「ありがとうございます、クリスティナ様」


押し切られた形のクリスティナ様に、呆れながら声をかける。

「お人好しも大概になさいませ
体調不良をおしてまでなさる事ですか?」

「ニーナ?」

振り向いたクリスティナ様は、少しバツが悪そうで…。

「あの方もあの方ですわ。
明らかに顔色が悪いクリスティナ様に押し付けるだなんて、あの方の目は節穴ですわね」


大変失礼ながら、つい毒を吐いてしまったわたくしに、クリスティナ様は

「あなたも大概お人好しよね」

苦笑しながら、そう言った。


「…え?」

「わたくしを心配してくださったのでしょう?
ありがとう、ニーナ。でも大丈夫よ」

柔らかく微笑むクリスティナ様に、心の中で何かが軋んだ。



「どうして貴女ばかり…ユージンも兄様も」

気がつけば、低い声でそう言っていた。


「お兄様…?
というと、もしかしてアイオライト家の?」

「そう、貴女が婚約するルドガー様よ」



——やっぱりご存知だったのね。

アイオライト家と我がクリスタル家が親戚関係なのだと。
アイオライト侯爵家に生まれながら、父クリスタル男爵と恋に落ち、駆け落ち同然に結ばれた母。

孫であるわたくしが生まれた事で、お祖父様である元アイオライト侯もお許しになったそうだけど…。


「わたくしの方が、ずっともっと前から好きだったのに。
兄様のお嫁さんになるって約束したのに。
そんな子供の頃の約束なんて、すっかり忘れて貴女を待つだなんて…。
兄様もバカだわ、大バカよ!

わたくしなら絶対お待たせなんかしない。
兄様だけを想い続けるのに」

キッと睨みつけると、意外にも凪いだ視線とぶつかる。


「…そうね、ルドガー様だけを信じて見つめていられたら、どんなに良いかとわたくしも思うわ」

「っ!…なら、」

「でもね、ニーナ。
わたくしにもどうしようも出来ないのよ。
頭ではわかっていても…いくら、忘れようと思っても、目が、耳が探してしまうの」


苦くて切なくて、哀しくてもどかしくて…。

そんな表情を浮かべるこの方は一体、誰?


わたくしはクリスティナ様の何を見ていたのかしら。


「ごめんなさい、貴女の事もきっとたくさん傷付けていたのね」

俯き、唇を噛み締めたわたくしにクリスティナ様は手をのばしかけ…その手が不意に止まった。


「クリスティナ様?」


——危ない!

フラリと傾いだその体に、咄嗟に手を伸ばす。
その姿がどう見えるか、などと考えもせず…。

けれども伸ばした手が届く事はなく、スローモーションのようにゆっくりと階段を転げ落ちていくクリスティナ様を、呆然と見つめていた。
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