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現世〜昇華〜
護石〜クリスティナ〜
しおりを挟む「ユージン、こちらは?」
「あぁ、それはこの資料から算定した」
頭を寄せ、何やら資料を覗き込んでいるユージンとニーナ。
その距離はとても近い。
思わず羨んでしまう程に。
——羨む?
わたくしったら何を…。
思わず手を止めて2人の様子をうかがっていたけれど、ふと浮かんだ言葉に軽く頭を振って書類に目を落とす。
「ねぇ、ユージン」
「なんだ?あぁ、それか。
俺がやった方が早い、貸してみろ」
密やかな話し声に、時折混じる笑い声。
いかにも親しげな様子に、キリと胸の奥が痛んだ。
自ら手放した想いだというのに…。
あの嵐の日、1人怯えて蹲っていた所を抱きしめられ、すっかり心が弱くなってしまったのか。
ユージンを忘れようとすればするほど、前世の記憶に苛まれてしまう。
『そして、いつかまた生まれ変わったら…。
もしまた巡り会えたなら、その時は絶対離さないで。
私も貴方を探し続けるから。
絶対、見つけ出してみせるから、私の事忘れないでね』
あの約束を守れなかったわたくしの弱さ。
そして吹っ切ったつもりだったのに、まだ前を見つめる事の出来ない愚かさ。
——はぁ。
思わず溜息が漏れた。
「クリスティナ?どうかしましたの?」
隣から心配そうに声をかけられ、咄嗟に
「いえ、文字の読みすぎで目が疲れただけですわ。
息抜きがてら、お茶でも淹れますね」
と取り繕う。
背中に視線を感じたけれど、振り向かずにお湯を沸かし茶器とカップを用意する。
「クリスティナ様、お茶ならわたくしが…」
一応気を遣ってか、ニーナがそう申し出たけれど、それでは息抜きにならないと笑ってお断りした。
生徒会室には簡易的ではあるものの、給湯施設が整っていて自分達で茶を淹れる事が出来るのだ。
初めて自分で茶を淹れたのは、学院に入ってすぐ。
伯爵令嬢であるわたくしにとって、自ら茶を淹れるなど考えた事もなかった。
それでも必要に迫られてやってみたのだけど…。
いつも目の前でメイドが淹れてくれるのを見ていたから、簡単に出来るとわりと軽く考えていた。
けれども実際にやってみると大違い。
初めての紅茶は茶葉の入れ過ぎと蒸らし過ぎで、とてもじゃないけれど飲めたものではなかった。
それからはメイドに教わったり工夫を重ね、美味しい淹れ方を一通り覚えた。
…紅茶なら。
でも数年前、“御剣 灯”としての記憶を取り戻してからは、無性に緑茶を飲みたくなる事がある。
——緑茶にお饅頭。
この世界では、まず口にする事が出来ない物だものね。
でも確か、紅茶も緑茶もおなじ茶の木の葉っぱではある筈。
緑茶は…摘んだ葉を蒸してから炒って、それから軽く揉むのではなかったかしら。
今度、茶の木を手に入れて緑茶の製造を試してもいいかも、などと考えながらも手は覚えた通りに動き、茶を淹れていた。
「皆様もよろしかったらどうぞ」
その場にいたコーネリア、アイザック、ユージンにニーナの席に茶を置き、自分も席に着く。
その拍子に、肌身離さず身につけているクンツァイトが胸元から転がり出た。
「クリスティナ…その石」
コーネリアの声に、クンツァイトを手に取ってみて…思わず息を飲んだ。
薄桃色のクンツァイトが、濁っていたのだ。
「ま…ぁ」
今までこんな事は一度もなかったのに…。
驚きのあまり、言葉が見つからない。
「大変!クリスティナ、顔色が悪いですわ。
アイザック、クリスティナを医務室まで運んで差し上げて」
「クリスティナ様、失礼します」
石に気を取られていて、コーネリアとアイザックが目を見交わしたのに気付かなかった。
気がついた時には抱えられ、不安定な体勢にアイザックにしがみつく。
アイザックの背中越しに驚いたような、どこか悔しそうにも見えるユージンと目が合う。
「あ、あの…」
大丈夫だから、と言う前に生徒会室から運び出され、あっという間に医務室へ運ばれる。
「コーネリア?アイザック?
一体どういう事なのかしら?」
その頃には驚きも去り、2人が何らかの意図を持ってわたくしを連れ出した事は薄々察していた。
偶然なのか誰も居ない医務室に入り、ご丁寧に中から鍵をかけたのはコーネリア。
「貴女が辛そうにしているから」
アイザックの眼には労りの色が浮かんでいて。
2人にわたくしの心を見透かされているようで、思わず唇を噛み締めた。
「お恥ずかしいですわ、それ程わかりやすかったですか」
自嘲の笑みを浮かべ、そう問いかけると2人とも困ったような顔をした。
「他の者ならともかく、生徒会でずっと一緒にやってきた私達には」
確かに…。
同級生の子達より、よほど深い付き合いをしてきた2人だから気が付いたという事か。
「クリスティナ、自分の心を殺し、偽りの日々を過ごしているなら、護り石にもその様表れます。
心のまま生きる事、難しいとは思います。
しかし叶わぬ事多々あれど、心を殺してまで他人の意に従おうとせずとも良いのではないでしょうか」
コーネリアの言葉にハッと息を飲んだ。
彼女に婚約の事、詳しく話した覚えはない。
他の同級生達も知らない話だし、セラフィーヌ様達以外に知っている人がいるとは思わなかったけれど…。
「立ち聞きするつもりはなかったのです。
偶然セラフィーヌ様とあなたとユージンが話しているのが聞こえてしまって。
でも、貴女がわたくしやアイザックに打ち明けてくださらないので、しばらく様子をうかがっておりましたの。
すみません、余計な事だったでしょうか?」
「いえ…驚きはしましたけど」
——心配をかけていたのね。
内々の婚約を知られていた驚きもさる事ながら。
2人の心遣いを嬉しく思いつつも、全てを打ち明ける事もできず申し訳なさが募る。
「クリスティナ様、別に全てを聞き出そうとは思っていません。
でも何か、私達に出来る事があればいつでも仰ってください」
アイザックとコーネリアの気持ちがとても嬉しくて…つい、涙が溢れてしまう。
「ありがとう…2人とも、本当にありがとう」
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