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現世〜昇華〜

雷鳴〜ユージン〜

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クリスティナ様に触れる事に、躊躇いはあった。

けれど、それ以上に怯えて震えている彼女をほっておけないと…雷を極端に怖がるアカリ…いや、クリスティナ様を1人にしておけないとの思いが勝った。


前世の記憶を取り戻してからというもの、大小様々な引き出しが一斉に開くかのようにアカリとの思い出が溢れ、違う意味で眠れぬ夜が続いた。



アラタとタヴィアと3人で、楽しそうに話しているアカリ。

聖女として、真剣に祈りの作法を学んでいるアカリ。

わが身に残る竜のかけらに、恐る恐る手を伸ばすアカリ。

悪夢に魘され泣き叫ぶアカリ。

つがいとなる事を了承し、照れたような笑みを浮かべるアカリ。

共に旅をする中で、誰にでも優しく接し気を配り、タヴィアと共に皆の心の拠り所となっていったアカリ。

魔を払う真剣な眼差し。

故郷を思い出しているのか、憂いのある横顔。

手が触れただけで、真っ赤に染まる初々しい顔。


そして

『いつかまた生まれ変わったら…。
もしまた巡り会えたなら、その時は絶対離さないで。
私も貴方を探し続けるから。
絶対、見つけ出してみせるから、私の事忘れないでね』

最期の哀しい約束。


その中に雷を異常に怖がっていた、というのもあった。
それを思い出したのは、窓の外が急に暗くなりゴロゴロと雷鳴が聞こえた時だった。



——また、どこかで怯えて1人でふるえているのではないか。
1人で…泣いているのではないか。

そう思ったら、居てもたってもいられなかった。


教室はもちろん、彼女が行きそうな生徒会室やあちこちを探し歩き、ついにたどり着いた図書室の奥で蹲るクリスティナ様を見つけた時。
前世の、泣いているアカリの姿と綺麗に重なった。



「遅くなってすまん。怖かったな」

両耳を押さえ、身体を丸めて縮こまるクリスティナ様を抱きしめ、その耳を俺の胸に押し当てる。
そうして抱きすくめたまま、落ち着かせるように背中をさすり続けると、強張っていた体からゆるゆると力が抜けていった。


その瞬間の幸福感ときたら…。

クリスティナ様が腕の中にいて、俺に縋り付いて泣いている。

それだけで魂が震えた気がした。
このぬくもりを手放したくないと、真剣に思ってしまう。


強い絆は呪いにも似ている。
抗いがたいほどの衝動は、頭でいくら拒否しても否定しても逃げだしても、決して逃れられない。


[前世でまた結ばれたい]

魂に刻み込まれた“ソレ”に抗う術はない。



「…ノール、の、口調」

か細い声が胸の辺りで聞こえる。


そういえば…先程は、ノールであった頃アカリへ話しかけていた言い方が咄嗟に出たな。



——覚えていてくれた、のか。

そう気づいた瞬間、愛しさがさらに募り彼女を腕の中に閉じ込める力がこもる。


…離したくはない。

いっそ時が止まるか、このまま銅像にでもなってしまえば、引き離されずに済むのだろうか。
そんな事まで頭をよぎる。


まさかそんな不穏な思いに気づいた訳ではないだろうが、クリスティナ様は

「ごめんなさい、ごめん…なさい」

と、何度も泣きながら謝罪の言葉を繰り返した。


一体何についての謝罪なのか。

このように縋り付いている事か。
それとも前世を思い出した俺ではなく、違う男性の手を取ろうとしている事か。

…その事を考えると、胸が抉られる気分になる。



——ようやく思い出したのに。
「つがい」なのに…。

それでも最初に彼女を拒絶したのは俺の方。
クリスティナ様を責める資格はない。


けれども実際のところ、こんな現場をもし誰かに見られてもしたら困るのはクリスティナ様の方だ。
まだ公表していないとはいえ、彼女には婚約者がいるのだから。

婚約者以外の男に縋り付いていたなんて、外聞の悪い噂が広まりでもしたら、彼女の名誉はたちまち地に落ちるだろう。 


その事に気づき、誰からも見つからぬようクリスティナ様を両腕の中に隠し、背中で壁を作る。

雷が鳴り響き激しい雨が窓を叩く、晩のように真っ暗な図書室でクリスティナ様のお顔がはっきりと見える事はないだろうと思うけれど。

半分以上はクリスティナ様の泣き顔を誰にも見せたくないという独占欲のまま、彼女を抱きしめていた。
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