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現世〜昇華〜
感傷〜クリスティナ〜加筆修正 9/7
しおりを挟む「それで、どうなんですの?
ニーナ・クリスタルとやらは」
書類から目もあげずに尋ねてくるコーネリア。
「優秀な方ですわ。
要点を掴むのも纏めるのも上手いですし」
こちらも急ぎの案件を処理しながら答えると、隣で苦笑する気配。
書類から目をあげると、コーネリアがはっきりと苦笑いを浮かべこちらを見ていた。
「ユージンに一方的に言い寄っていると、聞きましたの。
貴女は、大丈夫ですか?」
——それが、聞きたかったの?
コーネリアがプライベートな事に興味を持つなんて珍しい。
その辺はあっさりしているというか、淡々とやり過ごす方なのに。
とはいえ、ユージンとわたくしは特にお付き合いしている訳ではない。
彼がわたくしに告白し、フラれたという噂にはなっているけれど。
…それは、ある意味そうなのかもしれないけれど、でも実際の所はもっと複雑な話だ。
「そのようですわね。
でもわたくしには関わりのない事です」
ニッコリとそう言うと、コーネリアは何故か複雑そうな顔をした。
「そのように言い切られてしまうとは…ユージンが可哀想なような。
でも彼も頑なな所がありますものね」
聞き捨てならない文言が聞こえた気もするけれど、独り言は聞き流して作業に戻る。
けれど書類を目をやりながらも、書かれた内容はちっとも頭の中に入ってこなかった。
『なら、わたくしが申し込んでもよろしいですよね?
ユージン様、わたくしとお付き合いしていただけませんこと?』
『良い事があるかどうかはこちらで判断いたします。
が、少なくともわたくしはあると思っておりますのよ、お互いにとって良い事が』
あの時、あの子はユージンとアイザックしかその場に居ないと思っていたのかもしれない。
(あるいは、わたくしが居たのを知っていてあえて言ったのかも?)
とにかく、彼女の大胆な申し込みは通常ならはしたないといわれる行動なのに、ほんの少しだけその勇気を称賛したくなったのも事実だ。
わたくしには…ユージンの気持ちを考えると『前世を思い出して』なんて言えなかった。
いいえ、それは違うわね。
彼を思いやるふりをして、実は臆病だっただけ。
ユージンと真剣に向き合う事も率直に打ち明ける事もせず、受け身で待っていて勝手に諦めてしまっただけ。
そんな私とは違うニーナを羨ましいと思いながら、接近する2人に内心やきもきしているなんて…滑稽だわ。
*
図書室で大泣きして以来、1人になりたい時は本棚の奥に隠れる癖がついた。
普段はそこそこ人のいる図書室だけど、1番奥まった書架のさらに奥は人目につきにくく、格好の隠れ場所だった。
先程まで考えていた事…自分の臆病さについて思い出すと、胸の奥でジクジクと後悔が広がる。
——もしも…。
もし、あの時、ユージンに泣いて縋ったら…アカリを、前世を思い出してと恐れずに伝えていたら何か変わっていたのだろうか。
ユージンの、いえ、ノールを信じて待ち続けていたら、今頃前世の想いが成就していたのだろうか。
わたくしは…どうしたいのだろう。
アカリではなくわたくし、クリスティナはユージンとどうなりたいの?
まるで出口の見えない暗闇を、手探りでもがき進んで行くよう。
「ダメね、わたくしは」
床の上に腰を下ろし、膝を抱えてそこへ顔を伏せる。
もう終わってしまった事を…始まりもしなかった恋を、いまだに思い出してはあれこれ考えてしまうなんて。
けれど、アカリの想いはわたくしにとって眩しいほど純粋なもので、切なくなるほど愛おしい恋だった。
「ごめんなさい、アカリ…」
彼女の「生まれ変わってもまた出会いたい」という想いだけは、何とか叶ったものの…それ以上先には進む事が出来なかった。
わたくしの臆病さゆえに。
彼女の気持ちを思うと、わたくしの不甲斐なさに涙が出てくる。
その時だった。
ビリビリと鼓膜を震わせる雷鳴が轟いたのは。
凄まじい音に体は強張り、呼吸が荒くなる。
脳裏をよぎるのはかつての記憶。
捕らえようとのばされる血まみれの腕。
雷鳴の間に響く甲高い笑い声。
そして…
「御剣の娘、両親と死にゆく兄の前で穢してくれるわ」
という恐ろしい声。
アカリの記憶を取り戻してからというもの、雷が鳴るたびに忌まわしい事件に恐怖するようになってしまった。
大抵は布団を頭から被り、震えながらやり過ごすのだが、学校ではそのようなわけにもいかず…。
両手で耳を塞ぎ、浅い呼吸を繰り返しながら身体を縮こまらせて蹲る。
——早く!
早くどこかへ行って。
雷雲が通り過ぎる事だけを祈っていると、バタバタと足音が近づいてきた。
「クリスティナ!」
焦ったような声に顔を上げると、ひどく慌てたような、切羽詰まったユージンがそこに居た。
「ユー…ジン?」
彼だと理解するやいなや、両腕でしっかりと囲われ頭を胸に押し当てられる。
「遅くなってすまん。怖かったな」
よく鍛えられた逞しい腕で抱きしめられ、宥めるように背を摩られ、不思議と強張りが解けて行く。
——前にもあったわね、こんな事が。
雷が怖いと泣いて怯える私を抱きしめ、大丈夫だと、俺がいるからと一生懸命安心させようとしてくれた。
「…ノール、の、口調」
先程ユージンが言った言葉は、日頃の彼の口調とは異なっていた。
あれは、記憶の中にあるノールのもの。
そう気づき口にした途端、腕の力が強まる。
もう逃がさないというかのように…。
けれども、現実はわたくし達はかつてのつがいでもなんでもない。
どこまでいっても他人でしかないのだ。
まして、わたくしは違う男性の手を取る事を一度は了承した身。
因縁も前世も、今はもう関係ない。
彼を待てなかった…信じる事が出来なかったのだから。
「ごめんなさい、ごめん…なさい」
何に対しての謝罪なのか、もはやわからないまま彼に縋り付き涙を流し続ける。
ユージンの、いや、ノールの腕の中にいる。
それだけで魂が震えるほど嬉しい。
溢れる涙を隠すように彼の肩に顔をおし当て、その背に腕を回す。
そんな私を、彼はつよく抱きしめてくれた。
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