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現世〜昇華〜
盟約〜セラフィーヌ〜
しおりを挟む明日は立太式、並びにわたくし達の結婚式が執り行われる。
ジークフリード様は正式な王太子として、そしてわたくしも王太子妃として国内外に広くお披露目される事になる。
…長い1日になるだろう。
いよいよ明日、出番を待つ純白のウエディングドレスを前に、思わずため息が漏れる。
「何を黄昏ておる、我が妻よ」
「黄昏ておる訳ではない。
それに妻と呼ぶのはまだ早いぞ、ジーク」
振り向かずとも、誰が近づいてきたのかすぐわかる。
わたくしに向かってこんなふざけた物言いをするのはジーク以外には居ないし、何よりこの場に入れる者などごくごく限られた者だけだ。
「明日には神の御前にて誓い合う仲ではないか」
「それもそうだが…明日は長い1日になりそうだと思って、少しだけうんざりしておったのだよ」
昨日は学院の卒業式で、下級生や教職員達に別れを惜しまれ、明日は国内外の王侯貴族や関係者に笑顔を振舞い続けるのだろう。
「あー…なんだ、私が隣にいるからな。
とりあえず頑張れ」
フォローにもならないおざなりな激励に、隣に立つジークをジロリと睨め付ける。
「励ますならもっと誠心誠意、心を込めて言ってくれ」
「ははは」
笑いながらも、ジークの笑顔もどこか強張っている。
いつも飄々としているジークも、さすがに立太式を前に緊張しているのだろうか。
「ドレスの良し悪しはわからんが、美しいウエディングドレスだな。
繊細なレースといい、縫い付けられた真珠の輝きといい、明日の主役であるセラフィーヌによく似合うだろう」
「お前だって主役じゃないか。
というかむしろ、お前が主役だろうに。
立太式に続いての結婚式だ。
それにわかっているだろうが、結婚式は1人じゃ出来ないんだぞ」
表情の硬いジークに、わざと冗談めかして言ったのに、返ってきたのは…
「…怖いな」
今まで聞いた事のない本音だった。
「怖いって、何がだ?」
微かに揺れる瞳に映る影は…何なのだろう。
伏し目がちにしているジークの目をじっと見つめる。
「覚悟を決めたつもりだったが…な。
いざ私の肩に国の命運がかかる事になると思うと」
幼い頃から、次代の王としての教育は施され、どれを取っても優秀な成績をおさめてきた王子。
どんな時も慌てず狼狽えず飄々としていて、余裕があるように見えていたのに。
今は王子というより、大人でもない、かといって子供でもない歳相応の“男の子”に見える。
「もちろん最善を尽くすつもりではいる。
けれど、いずれは私がこの国の命運を左右する立場となる。
私の些細な判断ミスが命取りになったらと思うと…責任の重さに押し潰されそうだ」
——初めてだ。
私の前で弱音を吐くなんて。
…この人に、こんな所があったのか。
長い付き合いながら初めて見るジークの心細げな顔を、思わずまじまじと見つめてしまう。
「これからは四六時中一緒に居るからな。
イヤでもそのような部分を…」
苦笑するジークの言葉を遮るよう、頭を乱暴にかき混ぜた。
「バカ、そうならない為に私がいるんだ。
それに私だけじゃないぞ。
お義父様にお義母様、宰相に大臣達、友もいる。
私達を支えてくれる人は大勢いるぞ」
「そう…だよな、うん」
「お前の荷物はお前1人で抱えるものじゃない。
私の半分背負ってやるから、安心しろ」
我ながら偉そうな物言いだと思うが、今はこれくらいの方がジークの負担にならないのではないかと、あえて言い放つ。
案の定ジークはニカッと子供のような笑みを浮かべた。
「頼むな、セラフィーヌ」
「任せろ、2人でこの国を守っていこうな」
愛も情も確かに存在するが、それ以上に私達は運命を共にする盟友だ。
互いに国の為に尽くし、私はいずれジークの子を産み、また次の世代へと繋いで行く。
多くは望まない。
ただ、人々が笑顔で過ごしやすい国であるように。
可能な限り争いのない、平和な国であるように…いや、そうしていかねばならない。
「神にではなく、お前に誓おう。
セラフィーヌ・カルセドニ、お前と将来生まれてくる子を守り、共に手を携え、助け労わり、支えて国の為に尽くす事を」
「ならば、私も誓おう。
ジークフリード・ラピスラズリ、お前を支え、助け、尽くし、次代の王となる子を共に育て、国の礎となる事を」
神聖なる誓いに勝るとも劣らない、私達だけの密かな誓約。
いや、盟約か。
ウエディングドレスを前に誓い合う、というのもおかしな話だが…それも私達らしくて良いのかもしれない。
「明日、このドレスを着たお前を前にして、改めて誓えるとは、私は幸せ者だな」
いつもの調子が戻ってきたジークを見つめ、照れくさそうに笑みをかわす。
「よろしく頼むぞ、旦那様」
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