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現世〜覚醒〜
独白〜とある侯爵令嬢〜
しおりを挟む女性の身であっても爵位を継ぎ、領地を治める事の出来る我が国の法律は、わたくしの支えであり誇りでもあった。
それでもわたくしが幼い頃は、跡継ぎの男児を両親も周りも望んだらしい。
けれどもわたくしが学院に上がる頃には、後継者としての心構えを説かれ、また期待されるようにもなっていた。
我が国では18歳で成人した者とみなされる。
市井では、18歳になれば親の同意がなくとも結婚できるし、爵位を持つ家に生まれた女性は社交界にデビューする。
わたくしも学院卒業と同時に、侯爵家の後継として王にお目見えする事になっていた。
家の為、領地の為に励むのは嫌いではなかった。
辛い事もたくさんあったけれど、期待されているのだと思えば歯を食い縛って耐える事が出来たし、何よりやり甲斐があった。
侯爵令嬢として相応しい行いを。
同時に、次期侯爵として男性に負けないよう人の何倍も努力し結果も出してきたつもりだ。
おかげで最高学年の年には生徒会長を務め、首席で卒業する事も出来たし、“紅薔薇の君”などと大層な呼び名で呼ばれていた事もあり、学院を卒業する頃には婚約の申し込みが後を絶たなかった。
もちろん社交界への憧れが無かった訳ではない。
華やかなドレスを身につけ艶やかに装って、美辞麗句を並べつつの駆け引きに、女性なら誰でも1度は憧れる舞踏会。
ある意味女性の戦場において、誰よりも優雅に淑やかに振舞い、そして強かに渡り歩ききってみせるという自信もあった。
それだけの努力を積み重ねてきたのだと、自負もしていた。
けれど、家と領地の為に尽くし一生を捧げる。
女侯爵として、父の後を継ぎ立派に領地を治めてみせる。
その誇りだけがあの頃のわたくしの支えだった。
*
最高学年の年、母が体調を崩した。
若々しく娘時代からの美貌を保っていた母だけど、原因不明の微熱に食欲の低下、目眩などに襲われ、ついに薬師の診察を受けたのだという。
結果は懐妊。
新しい生命を身のうちに育んでいる事が判明した母は、次こそという周囲の期待通り男児を…弟を出産した。
わたくしが学院を卒業した19日後の事だった。
男児誕生の喜びに領地も屋敷内もが湧きたった。
特にお祖父様お祖母様や親戚から男児を望まれ、期待され、長い間それに応える事の出来なかった母の喜びようは、一言では語る事が出来ないほどだった。
もちろん、女性として母の重責は理解できる。
渇望といっても良いほどの重圧に耐えて、一度は諦めた待望の男児誕生。
これでようやく肩の荷が下りたと、ホッとした気持ちも分からなくはない。
けれど…。
それでは、わたくしは一体なんなの?
ギリ、と噛み締めた唇から、きつく握りしめた手のひらに食い込んだ爪痕から、紅い雫が滴り落ちる。
それはわたくしの身体の中を暴れ回る焔だ。
『淑女たる者、いついかなる時も微笑みを忘れず、慈しみの心を持って相手と向き合うのです』
『ガーネット家の令嬢だろ?
あの男勝りな紅薔薇の君。
我々と対等だと本気で考えているのかね?』
『期待しているぞ。
ガーネット家の後継として恥ずかしくないよう、励めよ』
わたくしを後継とする話など無かったかのように、生まれてきた弟が跡取りとなる話が進んで行く。
「お父様、お母様…」
「あぁ、この子を見てやってちょうだい。
可愛いでしょう?あなたの弟よ」
顔を真っ赤にして泣いている顔など、とても可愛いと思えたものではないのに。
そんな弟を母も、そして父も緩みきった顔で眺めている。
「今まで苦労かけたな。
けれどもこれからはそのような苦労をせずとも…」
「お父様?何をおっしゃってますの?」
父の言葉を聞きたくはなかった。
何か決定的に悪い事を言われる気がして。
「お前には女性として幸せになって欲しいのだよ。
領地運営はやはり重責だし大変な事だ」
——その為に努力を重ねてきましたのよ?
「お前にそのような苦労をさせたくはない」
——何を今更。
「だからな…」
——やめて!
「エレオノラ」
——わたくしの誇りを奪わないで!
「お前はもう自由になって良いのだよ。
家の名も重圧も、お前を縛り付けるものはない」
どうやって自室に戻ったか、覚えていない。
とにかく頭がガンガンと痛み、ひどい目眩と吐き気で立っていられない程だった。
「何故、今になって」
酷くしわがれた老女のような声で、ポツリと呟く。
唇を噛み締めていなければ…両手をきつく握りしめていなければ、今にも叫び出してしまいそうだった。
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