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現世〜不穏〜
覚醒〜クリスティナ〜
しおりを挟む『ウソつきティナ』
笑顔を浮かべている兄様の辛辣な言葉に、息が止まる。
「兄…様?」
震える声で問いかけるわたくしに、兄様は背中を向ける。
『お前のような誇大妄想癖のある者など、うちの娘ではない』
父様の冷たく吐き捨てる声に、全身が強張る。
『前世だの番だの、訳のわからない事ばかり。
そんな話はもうたくさんよ』
母様の疲れ果てた声と溜息に、唇を噛みしめる。
こちらを伺い、嘲るような視線を向けてくる友人。
声を潜めつつもこちらを指差し笑う使用人達。
「ごめん…なさい、もう言わないから」
『恥さらし』
「やめて…許して」
『虚言癖の友を持つと苦労するわ』
「お願い、もう言わないから…」
「ティナ…クリスティナ?」
「ごめん…なさい、お願いだから許して」
「ティナ!」
肩を強く揺さぶられ、ハッと目が覚めた。
「ティナ、良かった!目が覚めたか」
声のする方に恐る恐る目を向ける。
「セラフィーヌ…様?」
嘲りを含んだ眼差しがそこにあったらどうしよう…。
そう危惧したわたくしの内心を吹き飛ばす勢いで、セラフィーヌ様が抱きついてきた。
「ティナ…ティナ、あぁ、良かった。
なかなか目覚めないから心配していた」
——えぇと、何が…?
覚醒したばかりの頭では状況が掴めず、ただただセラフィーヌ様に抱きしめられている事に安堵していた。
——今のは…いつもの夢、だったのよ、ね?
呆然とするわたくしの顔を覗き込み、セラフィーヌ様は眩しいほどの笑みを浮かべた。
「おかえり、ティナ」
*
倒れてからまる2日、意識を失っていたらしい。
あの時は、咄嗟に薬湯を口にしてしまったけれど…。
確証はなくても危険だと思ったのなら口にするべきではなかったと、セラフィーヌにこってりと叱られた。
そして、わたくしが意識を失っている間に事態は進展していた。
あの時、薬湯を差し出した侍女—ルビー家の縁者—が何者かの指示で毒物を混入させた事が分かったのだ。
それ以上は詳しく教えてはいただけなかった。
もちろんわたくし自身、それ以上突っ込んで聞き出そうとも思わなかったので、それはそれで良いのだけど…。
「やぁ、クンツァイト嬢。
目覚めてくれて助かったよ。
ご実家への言い訳も、そろそろ苦しくなってくるからね」
王宮へ呼ばれてまる3日。
セラフィーヌとの尽きぬ話を言い訳にするには苦しくなってきて、そろそろクンツァイト侯が娘を心配してる押しかけてくるのではないかとヒヤヒヤしていた、とジークフリード様が苦笑する。
けれど、わたくしにも同様の容疑がかけられていた。
「それで、クンツァイト嬢。
ぜひ教えて欲しいのだが、そなたは何故あれが毒だとわかったのだ?」
あくまで柔らかく微笑むジークフリード様。
けれどその目の奥に、苛烈な光が垣間見える。
…ジークフリード様のご懸念はもっともだ。
未然に防げたとはいえ、これは未来の王太子妃への毒殺未遂—それがたとえ死に至る毒物ではなく、また致死量でなかったとしても—という事になる。
そして実行犯しか知り得ない毒物の存在を、知っていたもう1人…すなわち、わたくしも共犯の可能性があると、そういう事なのだろう。
「もちろん、そなたが毒を飲んで倒れた事、私もセラフィーヌもこの目で見ている。
しかし…うがった見方をすれば、1度は危ういところを救い、完全に信頼を勝ち得て油断させ、完全に仕留めるための罠という…睨むな、セラフィーヌ。
あくまで可能性の話だ。
ともかく、納得のいく答えを得られなければ、そうなってしまう可能性もあるという事だ」
客間らしい1室の、寝台の上に身を起こしたわたくしの他には、セラフィーヌ様とジークフリード様がいらっしゃるだけ。
それでもセラフィーヌ様の代わりに毒に倒れた事を配慮して、取調べという形は取らずに話を聞いてくださるのだろうか…。
ここは正直に全てをお話しすべき。
それは…間違いなくそうなのだけれども。
前世などと妙な話をして、わたくし自身が友を失うばかりではなく、家の信頼まで失する事になってしまったらと思うと、正直身体が竦む。
先程見た夢が、現実となる可能性が十分あるのだ。
皆から指さされ陰口を叩かれ、家族から見捨てられたら……。
あの恐怖が瞬時に蘇る。
「…ホラ吹きと呆れるか、妄想著しい精神異常者として見捨てられるか。
それくらい奇想天外な…正直、自分自身の事でなければ、とても信じられないような話なのです」
「なかなか大層な前置きではないか」
ジークフリード様のまぜっかえしにセラフィーヌ様が鋭い視線を向ける。
けれど、ここで覚悟を決めなければどのみち同じ事だ。
何度も深く息を吸い込み、覚悟を決める。
「わかりました、全てをお話しいたします」
セラフィーヌ様が小さく息を飲み、そしてわたくしの目を見つめる。
わたくしもセラフィーヌ様の目を見つめ、そして重い口を開いた。
「わたくしには、クリスティナ・クンツァイトとしての記憶の他にもう1人、御剣 灯としての記憶がございます。
信じていただく事は難しいかと思いますが、前世の記憶があるのです」
かつて実在した、竜の加護によって護られた国。
竜の子孫とともに栄えたが、その加護を失った際、一度は滅びの危機に瀕する。
しかし聖女の祈りによって持ち直し、今では聖女伝説のもととなったヴァルドラン国。
その国も滅び、魔力の流れも絶えて久しい。
「前世で、わたくしは聖女と呼ばれておりました。
双子の兄、新は勇者と。
異世界から呼ばれたわたくしと新は、伝説の国ヴァルドランにて魔王を倒し、そしてわたくしはつがいとなった竜騎士と共に命を落としたのでございます」
わたくしの話に、セラフィーヌ様は驚きつつも熱心に耳を傾けている。
一方、ジークフリード様は胡乱な顔をしつつも、黙って聞く姿勢だ。
「勇者と聖女は特別な力を持つ存在でした。
元の世界では特別な力を持たぬ、ごく普通の学生だったわたくしと新は、ヴァルドランへ呼ばれた際、人々を癒し魔を払う力と、魔王を倒す力を授かったのです。
とはいえ、今のわたくしに癒しと浄化の力はありません。
魔力の流れも感じられませんし、何故あの時毒を察知できたのかと言われても…説明が難しいのです。
あの時薬湯を差し出した方の手が、そうとは分からぬほどですが震えていたのが気になって。
それに、前世で毒物や妖気を察知する訓練を積み、身に付けた感覚が突然わたくしの中で目覚めたと言いますか…。
何かが…力を貸してくれたような気がするのです」
言いながら、自分の言葉がストンと胸に落ちた。
あの時かすかに感じた不思議な力。
「セラフィーヌ様の寝台の脇に置かれていたあのラピスラズリは、何か特別な由来をお持ちなのではないでしょうか?」
「…何?」
「産地が…例えば、竜の嶺であったとか」
今は国土の大半が砂漠と化してしまったヴァルドランだけど、竜の嶺と呼ばれる鉱脈では今も鉱石が発掘されている。
「…なんと。
確かにあれは婚約発表の折、竜の嶺より切り出した石で作らせた護り石だが」
突然の問いかけに、呆然と呟くジークフリード様の言葉に確信を得る。
「あのラピスラズリが、セラフィーヌ様を守るため力を貸してくれたのです」
奇しくもヴァルドランから運び込まれたラピスラズリ。
前世のわたくしに縁のある宝玉が、わたくしの中に微かに残っていた力の残滓を目覚めさせてくれたのだ。
セラフィーヌ様の危機を救う為。
「このような話、信じていただけないと思いますが…」
断罪を待つ気分で、そっと目を伏せる。
「…確かに信じられないな。
そなたでなければ」
苦々しい表情ながら、どこかすっきりとしたようにも見えるジークフリード様の言葉に、ハッと顔を上げる。
「だが、ティナが手を握ってくれてから身体が楽になったのは事実。
わたくしを守ってくれた事もな。
何より、下手人である者とティナとの間に接点が見つからない。
その動機もない」
セラフィーヌ様の言葉に、詰めていた息をホッと吐く。
「信じて…下さるのですか?」
問いかける声が震えていたが、お2人とも笑う事なく私を見つめ返してくれた。
——両親にも、兄にも言えなかった。
前世の事も…ノールの事も。
気の触れた娘と思われるのが嫌で…。
つがいの話をすると、母様が悲しそうな顔をするから。
自分でもよく分からない“感覚”の話なので、説明するのが難しく、また誰にも信じてもらえる筈がないと思っていたから。
当のノール…ユージンですら、受け入れてはくれなかった話なのに。
「少なくとも、わたくしの知るクリスティナ・クンツァイトはそのような作り話をする人ではない」
「セラフィーヌ…様」
セラフィーヌ様のお顔が、水の膜でぼやける。
「あぁ、もう!泣くな」
ずっと胸の内で抱えていた荷物が、やっと下ろせたような…。
打ち明けた秘密を受け止めてもらえた安堵に、涙が止まらなくなる。
「ありがと…ございます」
差し出されたハンカチを目に押し当て、なんとか微笑みらしきものを浮かべる。
「それで…その、ノールというのが、つがいという竜騎士の名か?」
「…どうして、それを」
次の瞬間、かけられた言葉に驚きのあまり涙が引っ込んだ。
「毒に倒れたそなたが涙ながらに謝っていたのだ。
ノールとやらに。
その者が以前話していた、2度と会えぬ大切な者であろう?」
ジークフリード様の説明に、頭が混乱する。
「え…あの、」
「聖女と堕ちた竜の伝説には続きがあったな。
つがいを奪われ、闇に堕ちた竜の子孫。
けれどつがいの力により、人としての心と竜族の誇りを取り戻した、と」
わたくしをじっと見つめるセラフィーヌ様の目には、隠しきれない…隠すつもりもない好奇心が滲み出ていて。
「まだ、話していない事があるのだろう?
クリスティナ、話してしまえば楽になるぞ」
こんな時、どんな言い訳をしても、どんなに取り繕っても通用しない事は、身を以て知っている。
「さぁ、吐け」
身も蓋もない言い方をするセラフィーヌ様に、せめてもの抵抗とばかりため息をつき、そしてわたくしは全てを打ち明けた。
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