上 下
28 / 50
現世〜覚醒〜

衝撃〜ユージン〜

しおりを挟む

夏休みが始まる前、学院内を飛びかっていた根も葉もない噂。

クリスティナ様が、ジークフリード様と婚約者セラフィーヌ様との間に割って入ろうとしているという、無責任かつ悪意に満ちた噂は終息を迎えた。


夏休み明け、ジークフリード様と共に学院に現れたセラフィーヌ様の仲睦まじい様子に、噂の真偽を疑う者が多かったのか。
それともセラフィーヌ様が相変わらず、クリスティナ様を親友として側に置き、ジークフリード様も暖かくそれを見守っているからか。

あるいは、その両方か。


元々、ジークフリード様に対してもセラフィーヌ様に対しても、礼儀も節度を弁えていたクリスティナ様の周りには、以前のように人々が戻った。
夏休み前も、辛そうな様子は見せることはなかったけれど。
それでも明るい表情の多くなったクリスティナ様の様子に、ほっと胸をなでおろした。



それにしても…。
夏休みに入ってすぐ、王宮内で起こった事はすぐさま箝口令が敷かれ、殆どの者が知らぬうちに処理されたらしい。

それは良いのだが、クリスティナ様の容態を知る事が出来るまでのあの日々は、今思い返しても身悶えするほど長く辛いものだった。


「喜べユージン!
クンツァイト嬢の意識が戻ったぞ。
嫌疑も晴れて、無事王宮から出られた」

バルマンがこっそりと教えてくれたのは、彼女が倒れて5日目の晩の事だった。
焦れに焦れて、待ち焦がれていたその知らせに腰が抜けるほど嬉しかったのは間違いないのだけど。

すぐに屋敷へお帰りになってしまったと聞き、今すぐにでも会いたかった気持ちが風船のように萎んでしまった。


それから長い夏休みを経て、ようやく会えるとなると…今度は妙なところで臆病な俺は、どのツラ下げてという思いに足が竦んだ。

一度ならず前世を否定し、過去の事だと切り捨て突き放した俺が。
今更どう接すれば良いのか、分からなくなってしまったのだ。
もちろん、記憶を取り戻したからといって、すぐに関係性が変わるなどと思い上がるつもりもない。


それでもやはり会いたいと、俺の中の“ノール”が“アカリ”を求めるのだ。



——今日こそお会いして、ちゃんと打ちあけよう。
そして、謝罪しよう。

そう決意し、クリスティナ様を探す。


しかし…ようやく決意を固め、見つけたクリスティナ様は、間の悪い事にセラフィーヌ様・ジークフリード様と一緒だった。



——仕方ない、また出直すか。


その時、肩を落とした俺の耳の届いたのは

「婚約⁈…ティナが?」

という、淑女にあるまじきセラフィーヌ様の素っ頓狂な声と

「セ、セラフィーヌ様!お声が…」
 
というクリスティナ様の焦ったように嗜める声だった。



——婚約……。

その2文字に目の前が真っ暗になる。


それでも何かの間違いかも、とこの期に及んでまだそんな事を考えてしまう。
決定的な言葉…相手の名や、クリスティナ様の肯定を聞きたくなくて、いや聞かない為にも踵を返した。

そっとその場を離れようとしたのだが…。


「ユージン・ファントムクォーツ、聞こえていたのでしょう?」

こちらに背を向けている筈のセラフィーヌ様に呼び止められ、仕方なく足を止める。


驚愕の表情を浮かべるクリスティナ様と目が合った。
何か言いたげな顔をして、それでもおし黙るクリスティナ様に向けて

「ご婚約…おめでとう、ございます」

全然思っていないのに、口からついて出たのはそんな言葉だった。


俺の言葉に、クリスティナ様は一瞬酷く傷ついた表情を浮かべ、それからうすく微笑み

「ありがとうございます」

と頭を下げる。


一瞬だけ見せた表情に、俺の方が傷付いたのに何であんたがそんな顔を!と勝手に裏切られたような気になって頭に血が上った。



「最後にこれだけは言わせてください」

押し殺した低い声に、クリスティナ様は驚いたように目を見開いた。

「最初から決められている恋なんて、ゴメンだ。
前世だが何だか知らないけれど、知らない間に勝手に決めるな!
と、そう思っていました。

思っていたのに…気がついたらあなたの姿を目で追っていた。

その事に気付いた時は、心底ゾッとしましたよ。

なのに、目が離せない。
そばへ行きたい、言葉を交わしたい。
その滑らかな肌に触れてみたい。
絹のような髪にこの手で触れたらどんなにか心地いいだろう。
そんな事ばかり考えてしまうんだ。

笑いたければ笑ってくださっても結構です。
あんなにバッサリ切り捨てたのに、と軽蔑したくばどうぞ。

俺だって…どうかしてると思ってますから。

でも…ダメなんだ。
どうしても、アカリじゃなきゃ」


俺の中の“ノール”の、最初で最後の告白とばかりに、思いの丈をぶつける。


「…アカリ、じゃなきゃ?」

掠れた声に怒鳴り返していた。

「あぁ、そうだよ!
思い出したんだ、ノールの記憶を取り戻した。
なのに、あなたは…」


子供じみた八つ当たりだと自覚はある。
こんな事、言える立場でも筋合いでもない事も。

それでも一旦ついた勢いは止められなかった。


「だけどそういうあなただって、俺がノールの生まれ変わりだから…だから俺が気になるんだろ?
ユージン・ファントムクォーツじゃなく、ノール・ラグナ・ドラグナイトの生まれ変わりが」


言いながら、今更ながら気づいてしまった。

俺は、“”ノールの生まれ変わり”としてではなく、“ユージン”として見て欲しかったのだと。


かつては“頼り甲斐のある大人”だったのに、今は年下のガキだ。

生まれ変わってもまた会えたのは嬉しい。
でも、彼女を下に見るつもりはもちろん無いけれど、今の俺は歳も地位も下で。

殿下や王太子妃となられるセラフィーヌ様の信頼厚く、生徒会副会長に指名されるほど成績優秀。
人望もあり、控えめで出しゃばらず、凛としているのに物憂げな切ない横顔から目が離せなくて。

どんどん惹かれていくのに、彼女は俺を見ているようで、俺ではない誰かを…ノールを見ていて、ユージンを見てくれる事はない。


挙げ句の果てに…他の誰かの手を取ると、そう言うのなら。


「なら、もうそういうのは終わりにしよう。

…さようなら、ミツルギ アカリ」


奥歯をぐっと噛み締めて、一礼する。



心がバラバラに砕け散ってしまった気がした。
こんなにも“アカリ”を求めているのに、狂おしいほど欲しているのに…。


彼女はもうとっくに諦めていたという事実が、俺の中の“ノール”の彼女への想いをズタズタに切り裂いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

前世が見える令嬢、恋をする

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
侯爵令嬢アネット・ベジャールは、幼い頃から人の頭の上に浮かぶ前世を見ることが出来た。 アネットの上に浮かぶのはベルナールという若い男。彼は前世で引き裂かれた恋人コリンヌを探しており、アネットに協力を求めていた。 そんなある日、アネットの社交界デビューがやってきた。そこに現れた王太子殿下の頭の上に浮かぶのは、ベルナールの恋人コリンヌ! 二人を近づけるために奮闘するアネットだが……。 前世が見えちゃう令嬢がその前世と協力して恋を叶えるラブストーリーです。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

九日
恋愛
仕事に行こうとして階段から落ちた『かな』。 病院かと思ったそこは、物語の中のような煌びやかな貴族世界だった。 ——って、いきなり結婚式を挙げるって言われても、私もう新婚だし16歳どころかアラサーですけど…… 転んで目覚めたら外見は同じ別人になっていた!? しかも相手は国宝級イケメンの領主様!? アラサーに16歳演じろとか、どんな羞恥プレイですかぁぁぁ———

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...