上 下
20 / 50
現世〜不穏〜

困惑〜セラフィーヌ〜

しおりを挟む

最初はただの夏風邪だと思った。


軽い咳に食欲の低下。
ほんの些細な体調不良、少し休めばまた良くなる。

そう思っていたのに微熱が続き、身体がふらつく事が増えた。
もちろんそんな理由で王妃教育を滞らせる事はできない。


意地と気力で補えるうちは良かったが、それも長くはもたなかった。


「セラフィーヌ、無理は禁物よ。
もう貴女1人の身体ではないのですから」

エヴァンジェリン様の言葉に力なく微笑む。

わたくし1人の身体ではないって…まるで、お子を授かったみたいな言い方。
お子を授かるどころか、未だ清いお付き合いしかしておらぬというに。 


もちろん、エヴァンジェリン様のご心配はもっともだ。
わたくしに何かあれば、心配するのは家族だけではないという事も。
また心配だけでは済まないという事も、よくわかっている。


念のため、王宮内の薬師にも診察を受けたが、特段異常は認められなかった。
精神的な疲れからくる軽い体調不良との診断に、いつもより休養を多く挟みつつ王妃教育が続行される事となったのだった。

   *

「……ふぅ」

薬師に処方された薬湯は苦味が強く、口の中にいつまでも残る。
子供ではないのでワガママは言わないけれど…このような状況でなければ飲みたくはない味だ。

「セラフィーヌ様、お水をどうぞ」

流石に顔をしかめつつ飲み干す事が続いたからか、輪切りにしたレモンを浮かべよく冷やした水を一緒に持ってきてくれるようになってからは、随分と楽になったものだ。

「ありがとう」

爽やかな酸味で口の中がスッキリすると、いくぶん気分もマシになる。
とはいえ、14日目を過ぎても治まる気配を見せない体調不良に、みな首を傾げている。


中でも、1番困惑しているのがわたくし自身。

今まで1度たりとて、風邪をひいた事も体調を崩した事もないというのに。
この気怠さと空咳、微熱はいつまで続くのだろう。
我慢出来ない程ではない。
けれど無理もきかない状況が、もどかしくて仕方がない。


体力が落ちているのか、少しダンスの練習をしただけで息切れし、身体がふらつく事もある。
そんな無様な事、1度もなかった。
この程度の体調不良で、よろめくなど…。

己の不甲斐なさに唇を噛みしめる。

やはりここで無理をして、皆に迷惑をかけ続けるよりも、一度屋敷に戻り体調を整えてから、改めて続きをお願いした方が良いのかもしれない。


「やけに長引くわね、セラフィーヌ様のご不調」

「そうね、大丈夫かしら」

誰もいないと思っていた回廊の先で名を呼ばれ、咄嗟に身を隠してしまった。
これでは…盗み聞きをしているみたいではないか、と思ったが一旦隠れてしまった以上、出て行きにくい。


「あのような華奢で儚げな方で…この先大丈夫なのかしら。
王妃様の務めは大変よ、果たしてあの方に…」

「滅多な事を言うものじゃないわ。
わたくし達は何があろうとお支えする立場」

親しくしてくれていると思っていた侍女達の言葉に、唇を噛みしめる。


わたくしの見た目はわたくしのせいではない。
それでも自分の体調1つまともに管理できないようでは、そう思われてしまっても仕方ないのかもしれない。



——上に立つ者が下を不安にさせるようでは…。


踵を返し、フーッと息を吐く。


「セラフィーヌ様?いかがされました?」

今しがた出て行ったばかりのわたくしが戻ってきたのだから、教師陣が目を丸くしている。

「王妃様に御目通りを願います」

取次を頼んだけれど、結果的に王妃様にお会いする事は叶わなかった。


「セラフィーヌ様?…セラフィーヌ様!」

グラグラと揺れる地面をしっかりと踏みしめようとして、両脚に力が入らない事に驚く。

「…え?」

血の気がサーっと引いていき、身体中の力が抜ける。



——こんな所で倒れたくないのに。
倒れている場合ではないのに…。

思い通りにならない身体が悔しく、また恨めしい。


そう思いながら、わたくしは意識を失った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

婚約破棄のその後に

ゆーぞー
恋愛
「ライラ、婚約は破棄させてもらおう」 来月結婚するはずだった婚約者のレナード・アイザックス様に王宮の夜会で言われてしまった。しかもレナード様の隣には侯爵家のご令嬢メリア・リオンヌ様。 「あなた程度の人が彼と結婚できると本気で考えていたの?」 一方的に言われ混乱している最中、王妃様が現れて。 見たことも聞いたこともない人と結婚することになってしまった。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

ときめき♥沼落ち確定★婚約破棄!

待鳥園子
恋愛
とある異世界転生したのは良いんだけど、前世の記憶が蘇ったのは、よりにもよって、王道王子様に婚約破棄された、その瞬間だった! 貴族令嬢時代の記憶もないし、とりあえず断罪された場から立ち去ろうとして、見事に転んだ私を助けてくれたのは、素敵な辺境伯。 彼からすぐに告白をされて、共に辺境へ旅立つことにしたけど、私に婚約破棄したはずのあの王子様が何故か追い掛けて来て?!

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

処理中です...