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現世〜不穏〜
困惑〜セラフィーヌ〜
しおりを挟む最初はただの夏風邪だと思った。
軽い咳に食欲の低下。
ほんの些細な体調不良、少し休めばまた良くなる。
そう思っていたのに微熱が続き、身体がふらつく事が増えた。
もちろんそんな理由で王妃教育を滞らせる事はできない。
意地と気力で補えるうちは良かったが、それも長くはもたなかった。
「セラフィーヌ、無理は禁物よ。
もう貴女1人の身体ではないのですから」
エヴァンジェリン様の言葉に力なく微笑む。
わたくし1人の身体ではないって…まるで、お子を授かったみたいな言い方。
お子を授かるどころか、未だ清いお付き合いしかしておらぬというに。
もちろん、エヴァンジェリン様のご心配はもっともだ。
わたくしに何かあれば、心配するのは家族だけではないという事も。
また心配だけでは済まないという事も、よくわかっている。
念のため、王宮内の薬師にも診察を受けたが、特段異常は認められなかった。
精神的な疲れからくる軽い体調不良との診断に、いつもより休養を多く挟みつつ王妃教育が続行される事となったのだった。
*
「……ふぅ」
薬師に処方された薬湯は苦味が強く、口の中にいつまでも残る。
子供ではないのでワガママは言わないけれど…このような状況でなければ飲みたくはない味だ。
「セラフィーヌ様、お水をどうぞ」
流石に顔をしかめつつ飲み干す事が続いたからか、輪切りにしたレモンを浮かべよく冷やした水を一緒に持ってきてくれるようになってからは、随分と楽になったものだ。
「ありがとう」
爽やかな酸味で口の中がスッキリすると、いくぶん気分もマシになる。
とはいえ、14日目を過ぎても治まる気配を見せない体調不良に、みな首を傾げている。
中でも、1番困惑しているのがわたくし自身。
今まで1度たりとて、風邪をひいた事も体調を崩した事もないというのに。
この気怠さと空咳、微熱はいつまで続くのだろう。
我慢出来ない程ではない。
けれど無理もきかない状況が、もどかしくて仕方がない。
体力が落ちているのか、少しダンスの練習をしただけで息切れし、身体がふらつく事もある。
そんな無様な事、1度もなかった。
この程度の体調不良で、よろめくなど…。
己の不甲斐なさに唇を噛みしめる。
やはりここで無理をして、皆に迷惑をかけ続けるよりも、一度屋敷に戻り体調を整えてから、改めて続きをお願いした方が良いのかもしれない。
「やけに長引くわね、セラフィーヌ様のご不調」
「そうね、大丈夫かしら」
誰もいないと思っていた回廊の先で名を呼ばれ、咄嗟に身を隠してしまった。
これでは…盗み聞きをしているみたいではないか、と思ったが一旦隠れてしまった以上、出て行きにくい。
「あのような華奢で儚げな方で…この先大丈夫なのかしら。
王妃様の務めは大変よ、果たしてあの方に…」
「滅多な事を言うものじゃないわ。
わたくし達は何があろうとお支えする立場」
親しくしてくれていると思っていた侍女達の言葉に、唇を噛みしめる。
わたくしの見た目はわたくしのせいではない。
それでも自分の体調1つまともに管理できないようでは、そう思われてしまっても仕方ないのかもしれない。
——上に立つ者が下を不安にさせるようでは…。
踵を返し、フーッと息を吐く。
「セラフィーヌ様?いかがされました?」
今しがた出て行ったばかりのわたくしが戻ってきたのだから、教師陣が目を丸くしている。
「王妃様に御目通りを願います」
取次を頼んだけれど、結果的に王妃様にお会いする事は叶わなかった。
「セラフィーヌ様?…セラフィーヌ様!」
グラグラと揺れる地面をしっかりと踏みしめようとして、両脚に力が入らない事に驚く。
「…え?」
血の気がサーっと引いていき、身体中の力が抜ける。
——こんな所で倒れたくないのに。
倒れている場合ではないのに…。
思い通りにならない身体が悔しく、また恨めしい。
そう思いながら、わたくしは意識を失った。
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