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現世〜出会い〜

否認〜ユージン〜

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話を聞けば聞くほど、掴み所のないというかよくわからない話だと思った。


勘違い女の痛い妄想と切り捨てるには切羽詰まっていて、真に迫っている。
何よりも、そのような戯言を言って男を手玉にとるような人にも見えない。

…だとしても。


「他人、というと語弊があるかもしれません。
その人も私自身…前世の姿なのですから」


どこか諦めの混じった苦い笑みに、彼女はその“事実”を“真実”として受け入れてしまっているのだと気づく。


「その記憶が甦ったのは、あなたと出会ったあの瞬間でした」

「では、あの時倒れたのは…」

「えぇ、膨大な記憶の奔流に意識を失ったのです」


何を馬鹿な事を。
そう笑い飛ばす事は出来なかった。

彼女が嘘や作り話をしている訳ではない、と知っているからだろうか。



——知っているって…何故?
殆ど初対面の女性ひとの、一体何を知っていると言えるのか。

そう思うのに、それでも彼女の表情や口ぶり、眼差しに嘘偽りはないと感じるのだ。


それでも…。
たとえ、妙な夢を見たとはいえ彼女の話を肯定する訳にも認める訳にもいかない。


「前世の私は異世界から召喚され、聖女と呼ばれてしました。
一緒に召喚された双子の兄は勇者となり、召喚した国の王族とともに妖魔と呼ばれる存在を倒したのです。

「ノールは国の守り神である龍の子孫で、国1番の騎士でした。
深い悲しみから救ってくれた彼は、私をつがいに選び私もそれを受け入れたのです」



——また、だ。

「つがい」という馴染みの言葉に、心臓がドクン!と跳ねる。
そうとは知られないよう、詰めた息をコッソリと息を吐く。


「ですが、私達は訳あって引き裂かれ、相次いで命を落としました。
その死の間際、次の世で必ず会おうと約束したのです」


ひたりと視線を合わせ、静かに語る彼女の眼の奥に、狂おしい程の期待と少しの不安が揺れている。


彼女の言う事が、もし本当なら…。
俺の見た夢が、彼女の記憶と一致するのであれば。

けれども、それを…認めてしまえば。
それは、彼女が俺のつがいだと認める事と同義になってしまう。



——確かに。

彼女の事が、どこか懐かしいというか慕わしいというか。
初対面の人に感じる以上の“想い”がある事は、認めよう。

だからといって、これは俺自身の“思い”ではない。
断じて、違う。


「百歩譲って、あなたの話が本当だとして、それは前世の話なんですよね?」
 

冷静にそう告げると、彼女は傷ついたような切なげな顔をした。

「そう…よね、わたくし達、殆ど初対面ですものね」

「えぇ、そうですね」


名前は聞いた。
彼女の方が年上だという事も分かった。

けれど、それだけだ。


どのような性格で、何が好きで、どんな事が許せないのか。
家柄も何もかも、わからないに等しい。

それなのに、なまじ前世の記憶があるからといって相手をどうこうなんて…。


まして、年齢を重ねたとはいえ、自分の身体がヒト以外の怪物に変容してゆく恐怖。

あれだけは、いまだに慣れる事も受け容れる事も出来そうにない。
あれが…万が一、繰り返されるとしたら。

何らかの拍子に俺の全身が硬い鱗で覆われ、醜い怪物に変わってしまったら…?


——耐えられる筈がない。

背筋を冷たいものが駆け抜けた。


…それでなくとも、俺の背中にはあの“カケラ”があると言うのに。


「お話はわかりました。ですが…」

意味深に言葉を切り、戸惑ったような表情を浮かべた俺に、彼女は絶望的な目を向けた。


正直、彼女の期待に応えられない事に胸が痛まないと言えば嘘になる。
けれど…よく知らない彼女をつがいだと認めるには、彼女の事を知らなさすぎる。

それに、何よりも俺には「ノール」だという自覚も記憶もない。
彼女の話には、感じる所はあったとしても、納得はできないのだ。


「そう…よね。
ごめんなさいね、変な話をして」

「いえ…」

曖昧に微笑みながらも、この話は終わりだとホッとした気持ちになる。


訳のわからない悪夢の、その続きをここで断ち切ったのだと。
もう…悪夢にうなされる事がないよう、祈る気持ちで頭を下げる。


彼女がどんな顔で見つめているかも気がつかず、俺はその場を立ち去った。
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