前世では番だったかもしれないけど…

吉野 那生

文字の大きさ
上 下
13 / 50
現世〜3年後〜

回顧〜ジルベール〜

しおりを挟む

妹のクリスティナは、幼い頃から少し不思議な所のある子だった。


いつもニコニコしていて機嫌の良い赤ん坊だったと母は笑うが、確かに手のつけられない癇癪を起こすような子ではなかった。

今でも鮮明に覚えている事がある。
それは開け放した…いや、時に閉まっていた筈の窓から小鳥が、小動物が、よくティナの部屋に入り込んでいた、という事だ。

その多くは害のない可愛らしいものであったし、ある一定の距離を保ってティナを見守っているようだった。

最初こそ驚いたものの、小動物に囲まれてスヤスヤ眠る赤ん坊。
それはまるで、物語か絵の中の一コマのような、とても不思議な光景だったのを覚えている。

泣いてぐずったと思っても、様子を見にいくとリスが尻尾であやしていたり、小鳥の囀りに機嫌良く笑っていたり。
そんな事は日常茶飯事だった。


また家で飼っていた狼犬のルナとソランも、特にティナに懐いていた。
ティナが何処へ行くにも護衛のように付き従い、晩はベッドの傍でその眠りを守った。

基本、狼犬は主人と認めた人間以外の言う事は聞かない。
ルナとソランにとって、主人は父様ただ1人。
たとえ母様でも、日頃世話をしている庭師のセバスにも、滅多に触れさせはしなかった。

当然、その他の人間はせいぜい同じ屋敷に暮らす者たちという認識なのだと思うが、その中でティナは別格だった。

遊び疲れうたた寝を始めたらベッドとなり、涙を流していると寄り添って慰め、悪戯をしようとすると鼻にシワを寄せて嗜める。


まるで親が子供を見守るかのようにティナを見つめる2頭の様子に、不思議に思いつつも羨んだ事もあった。
同じように接しているのに…2頭に対する愛情だって負けているとは思わないのに。


けれど母様はそう言って膨れた僕を

「ティナは動物に特に愛されている子なのよ。
赤ん坊の頃から、この子の周りには動物が沢山いたでしょ?

ティナはティナ、ジルベールはジルベール。
比べる事もどちらかを選ぶ事もできないわ。
どちらもわたくしの可愛い子達である事に違いはないのだから」

と優しく抱きしめてくれた。


正直、納得はできなかったけれど他人からの愛情や評価を求めても、必ずしも望む結果を得られないのだという事はわかった。


極め付けが、まだ小さかったティナがお転婆過ぎる友人セラフィーヌと木登りをしていた時の事。

上だけを見て登っているうちは良かった。
が、何気なく下を見て、あまりの高さにすっかり怖気付いたティナは、恐怖のあまりバランスを崩してしまった事があった。

「あ!」


何とか太い枝にしがみつくものの、子供の握力などしれている。
先に登っていたセラフィーヌも、下手に自分が動く事で枝が揺れ、ティナの手が滑ってはと身動きが取れず、また木の下でハラハラしながら見守っていた僕の目の前で、ティナが落っこちた。


——その時の事はよく覚えている。

慌てて受け止めようと腕を伸ばすより早く、風が動いた。

何処からともなく現れた小鳥の群れが、空中でティナを受け止め、その衝撃を吸収して怪我なく地上へ下ろしてくれたのだった。


「…え?な、今…」



——父様の頭上より高い所から落ちた筈なのに…。

地面に全身を打ち付ける事も、血が出る事も…それどころか擦り傷1つない。


「ティナ!大丈夫?怪我はない?」

慌てて降りてきたセラフィーヌと僕を交互に見つめ、目を限界まで見開き呆然としていたティナは、両目からボロボロと大粒の涙を流し始めた。


泣きじゃくるティナを背負い、セラフィーヌと屋敷へ帰った僕は、事の次第を報告し父に2人でしこたま叱られたのだった。

ついでに言うと、父様に叱られ落ち込んだ僕を珍しくソランが慰めてくれたけど、ルナはジッと見つめるだけだった。
その瞳が、妙に僕を責めているように感じられ…また落ち込んだ。


同時に、ティナは目に見えない「何か」に守られている。
動物だとか運だとか、よくわからないけれど不思議な力で。

強く、そう感じた。

   

そんな風に、不思議ところのあるティナだったけど、時折どこか遠い存在のように感じる事があった。


正真正銘血の繋がった妹で、両親の子であるにもかかわらず、ふとした瞬間に感じる違和感。
 子供の僕ですら感じるのだから、両親はもっとそうだったのだろう。

両親からも、家の者達からも愛され可愛がられているのに、時折驚くほど大人びた憂いに満ちた顔をし、切なげにため息をつく。
そんなティナは、よく知る妹の筈なのに何故か全然知らない人に見えた。


また、幼いティナはしばしば「つがい」という言葉を口にした。
まだ意味もわからないだろうに、本能でそれがとても大切なモノだと知っていた。



——…本能?

我々には番という概念も慣習もない。
番とは古代、獣人族がまだ存在した頃の物だと、聞いた事がある。


生まれ落ちる瞬間から定められた、運命の相手。
一目見た瞬間から互いにそれと感じ合い、惹かれ合う存在。
本能が求め、それがたとえ既婚者であっても、出会ってしまえばお互いどうしようもなく求め合う。
それが番だと。



『遠い昔、一度は滅びかけた伝説の国。
そこに存在したという龍の子孫。
彼の花嫁、唯一無二の存在が番と呼ばれていたんだ』


『兄様、番ってなんですか?』

と無邪気に尋ねるティナに、知らないとは言いたくなくて、記憶に残っていた話をした。


『家族でも友達でもない特別な存在。
それが番。
存在意義であり守るべき相手であり、同時に魂の片割れ。
その番を奪われたが故に、龍の子孫は闇に堕ちた』

『…え?それで、どうなったのですか?』

『けれど番の力により、人としての心と龍族の誇りを取り戻した、としか分からないな』


その日を境に、ティナは「番」という言葉を口にしなくなった。
その事を、密かに心配していた両親…特に母上は喜んだのだけど。


ティナが、何故「番」にこだわるのか…。
何故、憂いに満ちた寂しそうな顔をするのか。

もっとちゃんと、話を聞いてあげれば良かった。
何を思い、悩み、苦しんでいたのか…訊ねれば良かった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

撃ち抜けヴァージン

タリ イズミ
恋愛
金髪の女子高生の姫宮璃々子は、入学して一ヶ月にして遅刻十回、教師に罰掃除を命じられた。指定された化学実験室に向かうと、人気のないそこにクラス委員長で線の細い眼鏡男子和泉と隣のクラスの高身長爽やかイケメン碓氷の二人がいた。 ※BLなのは碓氷×和泉ですが、姫宮と和泉の恋愛話です。 ※碓氷と和泉がキスするシーンがありますが、濃厚な描写は一切ありません。あくまでも男女の恋愛話です。 ※完結にしていますが、続きを書くかもしれません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる

Mee.
恋愛
 王宮薬師のアンは、国王に毒を盛った罪を着せられて王宮を追放された。幼少期に両親を亡くして王宮に引き取られたアンは、頼れる兄弟や親戚もいなかった。  森を彷徨って数日、倒れている男性を見つける。男性は高熱と怪我で、意識が朦朧としていた。  オオカミの襲撃にも遭いながら、必死で男性を看病すること二日後、とうとう男性が目を覚ました。ジョーという名のこの男性はとても強く、軽々とオオカミを撃退した。そんなジョーの姿に、不覚にもときめいてしまうアン。  行くあてもないアンは、ジョーと彼の故郷オストワル辺境伯領を目指すことになった。  そして辿り着いたオストワル辺境伯領で待っていたのは、ジョーとの甘い甘い時間だった。 ※『小説家になろう』様、『ベリーズカフェ』様でも公開中です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...