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現世〜3年後〜
回顧〜ジルベール〜
しおりを挟む妹のクリスティナは、幼い頃から少し不思議な所のある子だった。
いつもニコニコしていて機嫌の良い赤ん坊だったと母は笑うが、確かに手のつけられない癇癪を起こすような子ではなかった。
今でも鮮明に覚えている事がある。
それは開け放した…いや、時に閉まっていた筈の窓から小鳥が、小動物が、よくティナの部屋に入り込んでいた、という事だ。
その多くは害のない可愛らしいものであったし、ある一定の距離を保ってティナを見守っているようだった。
最初こそ驚いたものの、小動物に囲まれてスヤスヤ眠る赤ん坊。
それはまるで、物語か絵の中の一コマのような、とても不思議な光景だったのを覚えている。
泣いてぐずったと思っても、様子を見にいくとリスが尻尾であやしていたり、小鳥の囀りに機嫌良く笑っていたり。
そんな事は日常茶飯事だった。
また家で飼っていた狼犬のルナとソランも、特にティナに懐いていた。
ティナが何処へ行くにも護衛のように付き従い、晩はベッドの傍でその眠りを守った。
基本、狼犬は主人と認めた人間以外の言う事は聞かない。
ルナとソランにとって、主人は父様ただ1人。
たとえ母様でも、日頃世話をしている庭師のセバスにも、滅多に触れさせはしなかった。
当然、その他の人間はせいぜい同じ屋敷に暮らす者たちという認識なのだと思うが、その中でティナは別格だった。
遊び疲れうたた寝を始めたらベッドとなり、涙を流していると寄り添って慰め、悪戯をしようとすると鼻にシワを寄せて嗜める。
まるで親が子供を見守るかのようにティナを見つめる2頭の様子に、不思議に思いつつも羨んだ事もあった。
同じように接しているのに…2頭に対する愛情だって負けているとは思わないのに。
けれど母様はそう言って膨れた僕を
「ティナは動物に特に愛されている子なのよ。
赤ん坊の頃から、この子の周りには動物が沢山いたでしょ?
ティナはティナ、ジルベールはジルベール。
比べる事もどちらかを選ぶ事もできないわ。
どちらもわたくしの可愛い子達である事に違いはないのだから」
と優しく抱きしめてくれた。
正直、納得はできなかったけれど他人からの愛情や評価を求めても、必ずしも望む結果を得られないのだという事はわかった。
極め付けが、まだ小さかったティナがお転婆過ぎる友人と木登りをしていた時の事。
上だけを見て登っているうちは良かった。
が、何気なく下を見て、あまりの高さにすっかり怖気付いたティナは、恐怖のあまりバランスを崩してしまった事があった。
「あ!」
何とか太い枝にしがみつくものの、子供の握力などしれている。
先に登っていたセラフィーヌも、下手に自分が動く事で枝が揺れ、ティナの手が滑ってはと身動きが取れず、また木の下でハラハラしながら見守っていた僕の目の前で、ティナが落っこちた。
——その時の事はよく覚えている。
慌てて受け止めようと腕を伸ばすより早く、風が動いた。
何処からともなく現れた小鳥の群れが、空中でティナを受け止め、その衝撃を吸収して怪我なく地上へ下ろしてくれたのだった。
「…え?な、今…」
——父様の頭上より高い所から落ちた筈なのに…。
地面に全身を打ち付ける事も、血が出る事も…それどころか擦り傷1つない。
「ティナ!大丈夫?怪我はない?」
慌てて降りてきたセラフィーヌと僕を交互に見つめ、目を限界まで見開き呆然としていたティナは、両目からボロボロと大粒の涙を流し始めた。
泣きじゃくるティナを背負い、セラフィーヌと屋敷へ帰った僕は、事の次第を報告し父に2人でしこたま叱られたのだった。
ついでに言うと、父様に叱られ落ち込んだ僕を珍しくソランが慰めてくれたけど、ルナはジッと見つめるだけだった。
その瞳が、妙に僕を責めているように感じられ…また落ち込んだ。
同時に、ティナは目に見えない「何か」に守られている。
動物だとか運だとか、よくわからないけれど不思議な力で。
強く、そう感じた。
そんな風に、不思議ところのあるティナだったけど、時折どこか遠い存在のように感じる事があった。
正真正銘血の繋がった妹で、両親の子であるにもかかわらず、ふとした瞬間に感じる違和感。
子供の僕ですら感じるのだから、両親はもっとそうだったのだろう。
両親からも、家の者達からも愛され可愛がられているのに、時折驚くほど大人びた憂いに満ちた顔をし、切なげにため息をつく。
そんなティナは、よく知る妹の筈なのに何故か全然知らない人に見えた。
また、幼いティナはしばしば「番」という言葉を口にした。
まだ意味もわからないだろうに、本能でそれがとても大切なモノだと知っていた。
——…本能?
我々には番という概念も慣習もない。
番とは古代、獣人族がまだ存在した頃の物だと、聞いた事がある。
生まれ落ちる瞬間から定められた、運命の相手。
一目見た瞬間から互いにそれと感じ合い、惹かれ合う存在。
本能が求め、それがたとえ既婚者であっても、出会ってしまえばお互いどうしようもなく求め合う。
それが番だと。
『遠い昔、一度は滅びかけた伝説の国。
そこに存在したという龍の子孫。
彼の花嫁、唯一無二の存在が番と呼ばれていたんだ』
『兄様、番ってなんですか?』
と無邪気に尋ねるティナに、知らないとは言いたくなくて、記憶に残っていた話をした。
『家族でも友達でもない特別な存在。
それが番。
存在意義であり守るべき相手であり、同時に魂の片割れ。
その番を奪われたが故に、龍の子孫は闇に堕ちた』
『…え?それで、どうなったのですか?』
『けれど番の力により、人としての心と龍族の誇りを取り戻した、としか分からないな』
その日を境に、ティナは「番」という言葉を口にしなくなった。
その事を、密かに心配していた両親…特に母上は喜んだのだけど。
ティナが、何故「番」にこだわるのか…。
何故、憂いに満ちた寂しそうな顔をするのか。
もっとちゃんと、話を聞いてあげれば良かった。
何を思い、悩み、苦しんでいたのか…訊ねれば良かった。
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