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現世〜出会い〜
混乱〜ユージン〜
しおりを挟む背後で悲鳴が上がる。
振り返ると、先程声をかけてきた女生徒がその場に頽れていた。
騎士の子として、いや人として、病人を見捨てる事など出来ない。
咄嗟に駆け寄り、その華奢な身体を抱き起こした。
完全に意識を失っているらしい力の抜けた様子に、何故か恐れがこみ上げる。
「おい、大丈夫か?」
返事のない事に焦った俺は、その身体を抱き上げようとした。
しかし、初めて足を踏み入れた学院内の、何処へこの人を運んで良いのかわからず、辺りを見回す。
「どうした?」
そこへ助けの神とも言える人が現れた。
「目の前でこの人が倒れたのですが、初めての場所でどこへ運んで良いのか分からず、困っております」
声をかけてきた男性は、ひょいと女生徒の顔を覗き込み
「ティナじゃないか!」
と小さく叫んだ。
「彼女は私が運ぶ。妹なんだ」
彼女を抱きとろうと伸ばされる腕に、感じたのは
——俺の、つがいなのに!
という怒りだった。
もっとも…そう感じた事に1番驚いたのは、俺自身だったが。
確かに妙な夢を見た事は認める。
だからと言ってアレが俺だなんて…そんな訳、ある筈ない。
ノール、なんて知らない。
つがいも約束も…知らない。
そう拒絶した筈なのに…。
そのそばから彼女の事が気にかかり、どこの誰なのか知りたくなるだなんて。
…彼女に触れて良いのは俺だけだ、と訳のわからない思いを抱くだなんて。
とはいえ、伸ばされた手を拒否する理由は何1つない。
渋々渡した彼女をいかにも大事そうに抱え直すと、兄だという人は足早に何処かへ運んでいく。
その後ろ姿を憮然と見送る俺の胸を占めるのは、理屈では説明のつかない苛立ちと離れがたさだった。
——俺は、どうしてしまったというのだろう。
混乱する頭を振り、落ち着こうと息を吐き出す。
努めて深呼吸を繰り返すうちに、彼女の姿が見えなくなり少しずつ冷静になってくる。
少なくとも、初対面の人間に対する態度ではなかった…先程のアレは。
あんな威嚇するような酷い態度を取るだなんて子供っぽい事、いつもなら絶対にしない。
少なくとも、理由も無しには。
学院に入学するにあたって、父とも約束したのだ。
[むやみに他人と争い、傷つけるな]
と。
彼女の言葉に驚いたのは事実だが…だからといってあのような態度、取るべきではなかった。
しかし…。
彼女は何故、『ノール』という名を知っていたのか?
何故、俺をその名で呼んだのだろう。
考えられるのは、彼女も同じ夢を見た事がある。
もしくはあの夢の中に出てくる人物の誰か、又はその生まれ変わりだという事だ。
…後者はかなり非現実的だが。
たかが夢だと思っていたのに。
まさか現実に影響を及ぼすなど、誰が信じられるというのか。
それにしても、あの女子生徒は学院の制服を身につけていた。
これから入学する俺は、まだ制服を身につける事は許されてはいない。
正式に入学し、初めて学院の生徒と認められるのだ。
…という事は彼女は俺の先輩、つまり年上という事になる。
俺が少しばかり小さい事もあるのだが、目線の高さは彼女の方が高かった。
指2本分くらいの、本当に僅かな差ではあったけど。
しかしそう体格が変わらない彼女を、抱き起こす事は出来ても、軽々と抱え上げ運ぶ事は…難しかったかもしれない。
認めるのも悔しいが…。
これでも同年の奴らより、よほど鍛えている自信があった。
けれど彼女を軽々と抱き上げたあの人は、そう鍛えているようには見えなかったが、ふらつきもせず確かな足取りで運んでいった。
——早く大きくなりたい。
今までも鍛えていたつもりだが、彼女と並んだ時、見劣りしないように。
彼女を抱き上げて、間違ってもふらつきたりしないよう、逞しくなりたい。
その身体を安心して委ねてもらえるように、強くなりたい。
ふと感じた、その割に切実な思いにまたしても愕然とする。
何故、彼女の隣に立つという事を、当たり前のように感じているのか…。
自分が歳下だったり、背が低かったり。
そんなどうでも良い事が、面白くないだなんて…。
もう関わる事もない筈なのに、頼りなく思われたのではないか、などと考えてしまうなんて。
そんな些細な事が、どうしてこんなにも気にかかるのだろう…。
——訳のわからない事だらけだ。
入学前からこの調子じゃ、先が思いやられる。
これから先、6年間学院で過ごすというのに…。
途方に暮れた俺は、ため息を吐く事しかできなかった。
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