僕は人を好きになれない

杜鵑花

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急章

我慢比べ

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 「いいものですね。露天風呂っていうのは」

そんな声が背後から響いた。
ピタリと背中をつけている所為か、それがよく聞こえる。
今、きっと僕の顔は紅潮しているだろう。
それは、長く温泉に入っているからではなく、異性と風呂に入るというとんでもなく恥ずかしいことをしているからだ。

「それは同感だな。温泉とは実にいいものだ」

そこで会話が途切れた。
しばらく、お湯が揺らめく音だけが空間を支配した。
普段ならこういう間があってもあまり気にしないのだが、状況が状況のためか気まずさを覚える。
そんな雰囲気の中、先に口を開いたのは木陰だった。

「皐月さんって好きな人とか居ますか??」

唐突な質問に思わず吹き出してしまいそうになる。
しかし、寸前のところで止め、言葉を返した。

「ど、どうしていきなりそんなことを聞くんだ??」

「別に、深い意味はありませんよ。ふと思い浮かんだだけです。でも、強いて言うならば照れ隠し、ですかね。あんなこといったものの、案外恥ずかしくて」

それなら今すぐにでも辞めればいいのにと思ったが、適当に流されることが容易に想像できたので口には出さないでおいた。

「それで、好きな人って居るんですか??」

「前も、似たような質問に答えたような気がするが、その答えはだ」

「別れちゃったんですか??」

「……ご想像にお任せするよ。言うべきときならないと深くは言わないつもりだ」

「言うべきときはまだ来てないと……」

「まあ、そういうことだな」

少しだけ間が空いた。
長時間の入浴で僕の体はもう限界を迎えようとしている。
そろそろ木陰に出てもらわないとこのまま蒸発してしまうのだが……。

「……そろそろのぼせてきたので出ます。すいません。お邪魔して」

そんなことを考えていたらついに木陰がそう言って立ち上がった。
背後から人が動く気配を感じる。
その気配がなくなり、入口の扉が閉まる音がしたと同時に僕は安堵のため息を吐いた。

「それにしても、今日の木陰はなんか変だな……」

木陰が脱衣所から居なくなるまでの間、考え事をしていると不意にそう声に出してしまっていた。
今日というか最近だが、木陰が妙に積極的になっているような気がする。
今日は一段と積極的に感じる。
何か変なものでも食べたのだろうか。

「なんか言いましたか??」

聞こえていたのかまだ脱衣所に居た木陰がそう言った。
僕は慌てて「何も言ってない」と返した。
その後、脱衣所に誰もいなくなると僕はようやく風呂を出ることができた。
水分がほぼ蒸発し、喉がカラカラだった僕は出るとすぐに水を飲んだ。
ほんの少しだけ風呂の時間が嫌いになる出来事だった。






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