僕は人を好きになれない

杜鵑花

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急章

露天風呂にて

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 春といえど、太陽がない夜は寒い。
その寒さと温泉の湯けむりの温かさがいい感じに中和し、ちょうどいい温度になっていた。
これが、露天風呂の長所だ。

「あぁ、生き返る~」

温かい湯船に浸かりながら僕は外の景色を眺める。
目の前には桜の木が生えており、風情を感じる。
もし、この桜が満開になったらどれだけ幻想的になるだろうか。
そんな想像が膨らむ。
しかし、生憎と桜の花はすべて散り、その木は葉桜に変化していた。
今は五月上旬、その変化は桜にとっては日常なんだろう。
昔の人も無月の時は想像で月見を愉しんでいたらしい。
僕もその考えにあやかって想像上の花見で満足するとしよう。
その方が、実物より大きく迫力がある花見が愉しめるだろう。
そうして、僕が想像花見温泉というこの上ない贅沢を味わっていると、不意に入口の方からガラガラガラと何やら不吉な音が聞こえてきた。
無意識に、僕の首はその方向へと向きかける。
しかし、入口の扉が視界に入る前に僕は反射的に動きを止めた。
僕の第六感がこれ以上首を傾けてはいけないと警鐘を鳴らしている。
僕はそれに従い首を元の位置に戻す。
そして、恐らく入ってきたであろうそいつに言葉を投げた。

「おいおい、なんで入ってきているんだ??」

「すいません。待ちきれなくて」

そんな、木陰の声が響いた。
予想はしていたが案の定見事に的中してしまい、僕は大きなため息を吐いた。
僕のゆったりとした入浴タイムがガラガラガラと音を立てて崩れていくのがわかる。

「お隣、いいですか??」

「どうしてそう呼吸するようにそんなことができるんだ??」

「だって私たちは家族ってそう言ってたじゃないですか。家族なら一緒にお風呂に入るっていうのも割と普通なんじゃないですか??」

「そ、それとこれとは話が別じゃないか?? 家族っていっても血が繋がってるってわけじゃないしな……」

チャポンと湯船に木陰が入る音が聞こえる。
僕はのぼせたとか言って出ようかと考えたが最悪なことに、タオルを持っていない。
つまり、出る時に木陰に裸を見られてしまうということになってしまう。
それに、木陰がタオルを持っているとも限らない。
何にしろ、この作戦は没になった。

「私は別にいいですよ??」

「お前が良くても僕がよくない。血の繋がっていない男女が混浴するのは色々と問題があるんだよ!!」

「じゃあ、背中合わせになりましょう。そうすれば何も問題はないでしょう??」

木陰の謎理論に少し困惑したが、何をしても混浴するルートに行きそうなので僕は一番被害が少ないであろうその案に乗ることにした。
そうして、僕たちは背中合わせになる。
温泉の中でも、互いの体温が伝わってくる。
こうなってしまったら木陰がのぼせて出るまで耐久戦だな。
僕はその解決方法しか思い浮かばないことに軽く絶望しつつもその我慢勝負を始めるのだった。
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