僕は人を好きになれない

杜鵑花

文字の大きさ
上 下
2 / 47
序章

お持ち帰り

しおりを挟む
 あれから、一時間は経っただろうか。
僕は彼女を担いで家に帰ってきていた。
少し休憩はできたものの、冷たい川に飛び込んでなおかつびしょびしょの状態でここまで歩いてきた時の疲労はまだまだ残っていた。
彼女は幸運なことに生存していて、今はソファーで寝かせている。
流石に着替えさせることはできなかったので、ソファーは外に置いていたかのように濡れていた。

「あーあ、後で何とかして乾かさないとな……」

悲惨なことになっていたソファーを見て呟く。
家を改めて見回してみると、それだけではなく家中のいろんなものが同じようになっていた。
帰宅したらすぐに着替えればよかったな。
あの時は僕にしては珍しくもなく割とパニックになっていたため、着替えることが頭からすっかり抜け落ちていた。
もちろん、今は着替えているが。
そんなどうでもいいようなことを思考していると、ソファーの方から物音がした。
どうやら彼女が目を覚ましたようだ。

「……ここは……??」

混乱しているのかソファーから起き上がった彼女は周囲を見回しながら困惑気味にそう呟いた。

「お前、自分がやろうとしたこと覚えているか??」

僕がそう訊くと彼女はこちらを向き、互いの視線が交錯すると何かを思い出したような顔をし、僕のことを捉えた瞳は僕を訝しむようなものに変わった。

「思い出したか……まあそう警戒するんじゃない。別にやらしいことをしようと思って連れてきたわけじゃない。完全に善意だ。まあ、こういうのを偽善っていうんだろうが……」

僕は彼女に刺激を与えないようになるべく慎重に言葉選びをすることにした。
まずは彼女を落ち着けることが最優先だ。

「……何処の誰かは知りませんが、私を止めないで下さい。それに、偽善だと思ってるならやめて下さい。それは、ただのあなたの自己満足でしょう?? とにかく、私は帰ります」

彼女はまくし立てるように言うと、ソファーから立ち上がった。
今の彼女は敬語で話しているため、きっとさっきより冷静だ。
もともとはこんな感じの子だったのだろう。
それより、今なら言葉の力で止めることができるかもしれない。

「帰るって……外は雨が強くなってるし、どうせまた死にに行くんだろ??」

「あなたには関係ないですよね?! 私を助けようとするのはやめて下さい!! 何がしたいんですか、あなたは!!」

「落ち着けよ。別に助けようとしてるわけじゃないさ。ただ、目の前で死んでほしくないだけだ。もう、人が死ぬのをみるのはごめんなんでな。だから、死ぬなら一人で死ねってことだ」

言葉の力で引き止めると言っても僕にはそんな語彙力はないのでいきなり最終手段だが僕は賭けてみることにした。
もし、僕が公園にいたあの時、この子を引き止めたのが必然だとしたら彼女はきっと出て行かないだろう。
そうでなければきっと彼女は出ていく。
そうなったら僕は止めない。
そういう運命だったってことで割り切ろうと思う。
人の命を賭けた賭博、これはきっと大罪だ。
しかし、罪は死ぬほど犯した。
これ以上増えたって変わらない。
それに、僕にはこの結果がすでに見えている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完)そこの妊婦は誰ですか?

青空一夏
恋愛
 私と夫は恋愛結婚。ラブラブなはずだった生活は3年目で壊れ始めた。 「イーサ伯爵夫人とし全く役立たずだよね? 子供ができないのはなぜなんだ! 爵位を継ぐ子供を産むことこそが女の役目なのに!」    今まで子供は例え産まれなくても、この愛にはなんの支障もない、と言っていた夫が豹変してきた。月の半分を領地の屋敷で過ごすようになった夫は、感謝祭に領地の屋敷に来るなと言う。感謝祭は親戚が集まり一族で祝いご馳走を食べる大事な行事とされているのに。  来るなと言われたものの私は王都の屋敷から領地に戻ってみた。・・・・・・そこで見たものは・・・・・・お腹の大きな妊婦だった!  これって・・・・・・ ※人によっては気分を害する表現がでてきます。不快に感じられましたら深くお詫びいたします。

【完結】婚約破棄される未来を変える為に海に飛び込んでみようと思います〜大逆転は一週間で!?溺愛はすぐ側に〜

●やきいもほくほく●
恋愛
マデリーンはこの国の第一王子であるパトリックの婚約者だった。 血の滲むような努力も、我慢も全ては幼い頃に交わした約束を守る為だった。 しかしシーア侯爵家の養女であるローズマリーが現れたことで状況は変わっていく。 花のように愛らしいローズマリーは婚約者であるパトリックの心も簡単に奪い取っていった。 「パトリック殿下は、何故あの令嬢に夢中なのかしらッ!それにあの態度、本当に許せないわッ」 学園の卒業パーティーを一週間と迫ったある日のことだった。 パトリックは婚約者の自分ではなく、ローズマリーとパーティーに参加するようだ。それにドレスも贈られる事もなかった……。 マデリーンが不思議な日記を見つけたのは、その日の夜だった。 ーータスケテ、オネガイ 日記からそんな声が聞こえた気がした。 どうしても気になったマデリーンは、震える手で日記を開いたのだった。

【完結】「『王太子を呼べ!』と国王陛下が言っています。国王陛下は激オコです」

まほりろ
恋愛
王命で決められた公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢との婚約を発表した王太子に、国王陛下が激オコです。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 小説家になろうで日間総合ランキング3位まで上がった作品です。

婚約破棄されまして(笑)

竹本 芳生
恋愛
1・2・3巻店頭に無くても書店取り寄せ可能です! (∩´∀`∩) コミカライズ1巻も買って下さると嬉しいです! (∩´∀`∩) イラストレーターさん、漫画家さん、担当さん、ありがとうございます! ご令嬢が婚約破棄される話。 そして破棄されてからの話。 ふんわり設定で見切り発車!書き始めて数行でキャラが勝手に動き出して止まらない。作者と言う名の字書きが書く、どこに向かってるんだ?とキャラに問えば愛の物語と言われ恋愛カテゴリーに居続ける。そんなお話。 飯テロとカワイコちゃん達だらけでたまに恋愛モードが降ってくる。 そんなワチャワチャしたお話し。な筈!

やってしまいましたわね、あの方たち

玲羅
恋愛
グランディエネ・フラントールはかつてないほど怒っていた。理由は目の前で繰り広げられている、この国の第3王女による従兄への婚約破棄。 蒼氷の魔女と噂されるグランディエネの足元からピキピキと音を立てて豪奢な王宮の夜会会場が凍りついていく。 王家の夜会で繰り広げられた、婚約破棄の傍観者のカップルの会話です。主人公が婚約破棄に関わることはありません。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

「私が愛するのは王妃のみだ、君を愛することはない」私だって会ったばかりの人を愛したりしませんけど。

下菊みこと
恋愛
このヒロイン、実は…結構逞しい性格を持ち合わせている。 レティシアは貧乏な男爵家の長女。実家の男爵家に少しでも貢献するために、国王陛下の側妃となる。しかし国王陛下は王妃殿下を溺愛しており、レティシアに失礼な態度をとってきた!レティシアはそれに対して、一言言い返す。それに対する国王陛下の反応は? 小説家になろう様でも投稿しています。

妹に人生を狂わされた代わりに、ハイスペックな夫が出来ました

コトミ
恋愛
子爵令嬢のソフィアは成人する直前に婚約者に浮気をされ婚約破棄を告げられた。そしてその婚約者を奪ったのはソフィアの妹であるミアだった。ミアや周りの人間に散々に罵倒され、元婚約者にビンタまでされ、何も考えられなくなったソフィアは屋敷から逃げ出した。すぐに追いつかれて屋敷に連れ戻されると覚悟していたソフィアは一人の青年に助けられ、屋敷で一晩を過ごす。その後にその青年と…

処理中です...