魔王は喫茶店を開きたい

了承

　「へっ？？」

彼女から飛び出してきたのはそんな素っ頓狂な声だった。
これまで、彼女と何かと長く過ごしてきたがこんな声は初めて聞いたため俺は少し笑いそうになった。

「き、喫茶店ですか？？」

彼女がそのままの声で続けたので俺は堪えられずに吹き出してしまった。
ここ一番笑ったかも知れない。
いや、先週に彼女が心配になるほど盛大に転けたのがいい勝負をするか……
というか、思い返すと彼女はいつも俺を笑わしてくれている。
悪く言えば、いつも不遇な目に遭っているということだが……
いつか彼女を労うための何かを用意してもいいかも知れないな。

「な、何で笑うんですか？　も、もしかして、そういう冗談でしたか？　からかわないでくださいよー」

一度深呼吸を挟み、彼女のその言葉を否定する。

「いやいやいや、マジな話だ。楽しそうじゃないか。喫茶店の営業とか」

俺は喫茶店を営業するところを想像した。
清潔なキッチンで客に提供するドリンクやお菓子を頑張って用意する俺……
きっと店内に流す曲などもいろいろ考えて決めるんだろう。
実に楽しそうだ。
時間が経つに連れ、徐々にそんな想像が肥大化していく。
これを創造したい。
そんな思いもそれと比例して高まっていく。

「……あまり、小説の世界にとらわれない方がいいですよ。本当の本当にそれが冗談じゃなければ」

彼女が遠回しに「現実を見ろ」と言っているのがひしひしと伝わってくる。
普通、こういった場面での魔王の頼みは受け入れられるもののような気がするのだが……（勿論、小説の知識からの考察である）
ま、俺は部下の事を家族のように接しているから、小説とは違うか。
事実は小説より奇なりとはこういうことなのだろうか。

「俺は小説の世界になんかとらわれていないさ。もし、喫茶店の営業で何かあったとしても魔法で解決できるしな。それに、楽しさの下に苦しみがあるのは理解してるつもりだ」

「はぁ……どうやら本当に本当の本当みたいですね。じゃあ早速、部屋を準備しますか？？」

「ああ、そうだな」

彼女は何処か嬉しそうだ。
もしかすると、本当はやってみたいと思っていたのかも知れない。
憶測の域を出ないが本当にそうだとしたら微笑ましい限りだ。
恐ろしい雰囲気が漂う魔王城の一部は温かい雰囲気に包まれた。