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躍動する影と陰謀【PERT③】
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────2017/9/21/Thu────
ロチェスター郊外行き電車-AM7:21-
自由の女神像からロチェスター地下鉄まで、公共機関を利用して二時間程度かかる。その間、いくら気持ちが急いているとはいえアイズには十分に考える時間が与えられていた。
まずアイズの脳に浮いてきたのは後悔。昨夜のことはさておき、黙って出てきたことに対する後悔だ。今頃律儀なアレックスは部屋に戻って来ているだろう。メールを勝手に見たこと、それについてなんの書き置きもなく出てきてしまったことをアイズは気がかりにしていた。
もしそのせいで指揮系統に更に乱れが出てしまったら…
アイズは自分の身勝手さを再度嘆いた。そして、そんな心境の中で湧いて出てきたのは、最悪の事態の想定だった。
クラウスの反応が無く、帰還もしていないとすれば、彼は行動不能状態にある。彼には不死身のような再生能力が備わっており、あらゆる実験を通したがそれが敗北することは無い。唯一欠点があるとすればその修復時間。
仮にその弱点をついてクラウスを無力化出来る程の知性と用意、少なくとも一度はクラウスを破壊したことから、それほどの力を持ち合わせた個体が敵だということになれば、その場合かなり苦戦することになるだろう。
その時、ふとアイズの頭に嫌な予感が横切った。
…もしその個体が、既にクラウスの能力のことを知っていたら…?
エージェント達の能力は、その開発に関わった人物およびレベル3セキュリティクリアランス以上にのみ公開されており、Ω-0のエージェントの能力ともなると、レベル4セキュリティクリアランスの職員、能力開発に携わった博士又はレベル5であるO5にしか開示されない。
アイズはぐっと拳を握り込んだ。普通、こんなことを思考するのは禁止されているが、それでもアイズはその妄想を断ち切ることは出来なかった。
もしも、クラウスの能力を知っている誰かがいるとしたら…それは限られてくる。しかし、動機は一体何か?
……それは今のアイズには到底把握できるものではなかった。信じられる人物は限られると、被害妄想の虜になってしまったアイズはため息をついた。そして、人の少ない電車内を見渡した。
アイズが向かおうとしているロチェスター市はいわゆる大都市であり、この時間帯だと市内には人が集中している。しかしその郊外方面へ向かおうとしているこの電車の中にはポツポツと人がいるくらいだ。
アイズはその時、ふと頭痛を覚えた。ゆっくりと締めあげられるような痛みで、耐えられないものではないが気持ちのいいものではなかった。
慣れた動きでポーチのキャンディーを出そうとする…が、その手は目的のものを得ることは出来ず、カラになっているポーチをまさぐっただけに終わった。
どうしようも無く、頭を座席の背もたれに投げかける。痛みは治まることを知らず、意識するたびに更に激しさを増していく。
一呼吸する度に、じわじわと締め上げる。
直後、電車は止まった。途中の駅だろうか。しかしこの辺りで電車を乗り降りする人は少ないだろう。虚ろな思考の中でアイズはそう思っていた。
しかし、そのあまりに多い足音に、違和感を覚えたアイズはなんとか薄目を開ける。
…アイズは、目を疑った。その瞳は、電車に乗り込んでくる複数の黒服の姿を捉えてしまっていた。その距離は数両先であり、目的も何も不明だったが、疑心暗鬼に襲われていたアイズは、危険を感じ、重い身体を上げた。
手すりを頼りにゆっくりと後列車両へ足を進める。
ぎゅうぎゅうと唸る締め付けはとどまることを知らず、なんとか次の車両、人が一人もいない最後列へとたどり着いたところで、アイズは崩れ落ちた。
ぐわんぐわんと視界が唸る。ぎゅっと目を瞑ったアイズの耳に、自身の能力を造ったクレフ博士の言葉が蘇る。
「アイズくん、君はその能力の性質上、糖分を常人の何倍も早く吸収してしまう。二糖類の加水分解は常人のソレと変わりはないから、キャンディーなどの常時服用が適している。もし糖分が切れてしまったら、最悪意識混濁、脳組織にダメージが出る。十分気をつけるように」
普段から浮気な態度のクレフ博士の真面目な顔が浮かぶ。その顔は、そのダメージが深刻であることを如実に語っていた。
アイズは、それでも這うように座席に向かうと、溜め込んでいた息を吐き出した。
そして、視線を前列車両に向ける。
予感は、的中した。黒服達は先程までアイズがいた車両のすぐ近くまで歩を進めていた。
しかしこれ以上、アイズは動けなかった。顔は紅潮し手足の先端はふるふると震える。ただ、彼らがゆっくりとこちらへ近づいてくるのを見ていることしか出来なかった。手を握り、体を丸める。来るな、来るなと念じるアイズだったが、彼らにそれを知る由はないだろう。
そしてとうとう、彼らは足を踏み入れた。彼らの眼前には、俯いているアイズの姿がうつる。
「エージェント・アイズ。貴方の身柄を拘束する。直ちに武装解除し…」
その時に一体何が起きたのか、一瞬理解出来なかった。
それは頭痛によってのものでもあるだろうが、それ以上にハッキリと、発砲音が耳に届いた。
アイズはうっすらと目を開ける。視界の先には電車の床と、複数の黒靴…そして、胴と分断された男の頭部。
「…!お前は、エージェント・レイ!?」
男が声を上げる。一斉に拳銃を構える音。それらが発砲する音と共に、アイズの意識は暗転した。
ロチェスター郊外行き電車-AM7:21-
自由の女神像からロチェスター地下鉄まで、公共機関を利用して二時間程度かかる。その間、いくら気持ちが急いているとはいえアイズには十分に考える時間が与えられていた。
まずアイズの脳に浮いてきたのは後悔。昨夜のことはさておき、黙って出てきたことに対する後悔だ。今頃律儀なアレックスは部屋に戻って来ているだろう。メールを勝手に見たこと、それについてなんの書き置きもなく出てきてしまったことをアイズは気がかりにしていた。
もしそのせいで指揮系統に更に乱れが出てしまったら…
アイズは自分の身勝手さを再度嘆いた。そして、そんな心境の中で湧いて出てきたのは、最悪の事態の想定だった。
クラウスの反応が無く、帰還もしていないとすれば、彼は行動不能状態にある。彼には不死身のような再生能力が備わっており、あらゆる実験を通したがそれが敗北することは無い。唯一欠点があるとすればその修復時間。
仮にその弱点をついてクラウスを無力化出来る程の知性と用意、少なくとも一度はクラウスを破壊したことから、それほどの力を持ち合わせた個体が敵だということになれば、その場合かなり苦戦することになるだろう。
その時、ふとアイズの頭に嫌な予感が横切った。
…もしその個体が、既にクラウスの能力のことを知っていたら…?
エージェント達の能力は、その開発に関わった人物およびレベル3セキュリティクリアランス以上にのみ公開されており、Ω-0のエージェントの能力ともなると、レベル4セキュリティクリアランスの職員、能力開発に携わった博士又はレベル5であるO5にしか開示されない。
アイズはぐっと拳を握り込んだ。普通、こんなことを思考するのは禁止されているが、それでもアイズはその妄想を断ち切ることは出来なかった。
もしも、クラウスの能力を知っている誰かがいるとしたら…それは限られてくる。しかし、動機は一体何か?
……それは今のアイズには到底把握できるものではなかった。信じられる人物は限られると、被害妄想の虜になってしまったアイズはため息をついた。そして、人の少ない電車内を見渡した。
アイズが向かおうとしているロチェスター市はいわゆる大都市であり、この時間帯だと市内には人が集中している。しかしその郊外方面へ向かおうとしているこの電車の中にはポツポツと人がいるくらいだ。
アイズはその時、ふと頭痛を覚えた。ゆっくりと締めあげられるような痛みで、耐えられないものではないが気持ちのいいものではなかった。
慣れた動きでポーチのキャンディーを出そうとする…が、その手は目的のものを得ることは出来ず、カラになっているポーチをまさぐっただけに終わった。
どうしようも無く、頭を座席の背もたれに投げかける。痛みは治まることを知らず、意識するたびに更に激しさを増していく。
一呼吸する度に、じわじわと締め上げる。
直後、電車は止まった。途中の駅だろうか。しかしこの辺りで電車を乗り降りする人は少ないだろう。虚ろな思考の中でアイズはそう思っていた。
しかし、そのあまりに多い足音に、違和感を覚えたアイズはなんとか薄目を開ける。
…アイズは、目を疑った。その瞳は、電車に乗り込んでくる複数の黒服の姿を捉えてしまっていた。その距離は数両先であり、目的も何も不明だったが、疑心暗鬼に襲われていたアイズは、危険を感じ、重い身体を上げた。
手すりを頼りにゆっくりと後列車両へ足を進める。
ぎゅうぎゅうと唸る締め付けはとどまることを知らず、なんとか次の車両、人が一人もいない最後列へとたどり着いたところで、アイズは崩れ落ちた。
ぐわんぐわんと視界が唸る。ぎゅっと目を瞑ったアイズの耳に、自身の能力を造ったクレフ博士の言葉が蘇る。
「アイズくん、君はその能力の性質上、糖分を常人の何倍も早く吸収してしまう。二糖類の加水分解は常人のソレと変わりはないから、キャンディーなどの常時服用が適している。もし糖分が切れてしまったら、最悪意識混濁、脳組織にダメージが出る。十分気をつけるように」
普段から浮気な態度のクレフ博士の真面目な顔が浮かぶ。その顔は、そのダメージが深刻であることを如実に語っていた。
アイズは、それでも這うように座席に向かうと、溜め込んでいた息を吐き出した。
そして、視線を前列車両に向ける。
予感は、的中した。黒服達は先程までアイズがいた車両のすぐ近くまで歩を進めていた。
しかしこれ以上、アイズは動けなかった。顔は紅潮し手足の先端はふるふると震える。ただ、彼らがゆっくりとこちらへ近づいてくるのを見ていることしか出来なかった。手を握り、体を丸める。来るな、来るなと念じるアイズだったが、彼らにそれを知る由はないだろう。
そしてとうとう、彼らは足を踏み入れた。彼らの眼前には、俯いているアイズの姿がうつる。
「エージェント・アイズ。貴方の身柄を拘束する。直ちに武装解除し…」
その時に一体何が起きたのか、一瞬理解出来なかった。
それは頭痛によってのものでもあるだろうが、それ以上にハッキリと、発砲音が耳に届いた。
アイズはうっすらと目を開ける。視界の先には電車の床と、複数の黒靴…そして、胴と分断された男の頭部。
「…!お前は、エージェント・レイ!?」
男が声を上げる。一斉に拳銃を構える音。それらが発砲する音と共に、アイズの意識は暗転した。
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