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第4章 国境の外へ。戦いのはじまり
059 山に棲む魔物1
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村を出てすぐに異変が起こった。
複数の獣の吠え声が聞こえる。最近山に住み着いたという魔物たちだろう。立ち上る幾本もの煙が、森に火がついていること知らせていた。炎系の魔物が多くいるのかもしれない。
「この先にゃ、とンでもねえバケモノがいるぜ……!」
荷車を引っ張っていたアンゴンが、冷や汗をかきながら立ち止まった。
アカも何かを感じたようで、丸い体をブルブルさせて興奮状態になっている。
オレは首元をなでてアカを落ち着かせた。じっさいのところ、山にいる魔物よりアカの方が危険である可能性が高いのだ。アカの魔法が炸裂したら、今起きているボヤなどとは比較にならない災害を引き起こすだろう。
「よしよし、大丈夫じゃぞアカ。──どうしたアンゴン。早く進むがよい」
「姫さん姫さん! オイラの話聞いてたか!?」
前進の指示に、アンゴンがあわてた様子で詰め寄ってきた。
……いや、聞いてたけどさ。戻るって選択肢は最初からない。遠回りしてたらぜったい期日までに帰れないし。
と、そこで気づいた。アンゴンにすれば、間に合わなくてもいいわけか。ルオフィキシラル領に思い入れは無いし、危険を犯してまで急ぐつもりはないのだろう。他の連中も大同小異だと考えられる。焦っているのは、オレとシグネくらいか。
「怖ければ、わらわを置いて逃げてもよいのじゃぞ?」
そう言って、配下を見回した。
この程度のことで逃げ出すなら、今のうちに消えてくれたほうがいい。領地に戻れば十中八九戦争になるのだから。
「進むつもりがないならどきなさい。私がかわりに荷車を引くわ」
「……ディニッサ様が行くなら、ボクはいきますよ」
シグネとデトナが、すぐに声をあげた。
続いて、ターヴィティとロリコン姉弟も先に進むことに同意してくれた。
「おいおい、正気なンか……」
ただアンゴンだけは、前進をしぶっている。意外に慎重派なんだろうか?
いや、彼がギャンブラーであることを考えると、危機感知能力が高いのだと思ったほうが良さそうだ。異変に気づいたのも一番早かったし。
となると、この先には相当な強敵が待ち受けていることになる。
「わらわに戻る意志はないのじゃ。ともに進むか、独り帰るか選ぶがよい。帰るとしてもわらわは恨まぬし、契約金を返せとも言わぬ」
「……チッ、雇い主が決めたんじゃしょうがねえや。なあ姫さん、危なくなったら荷物は置いてくからな?」
しばらく逡巡してから、アンゴンも進むことを決意してくれた。
しかしオレの方は、荷物を置いていくという彼の言葉に、曖昧にうなずくだけで言質は与えなかった。
魔物が想定以上に強い場合は、荷物を捨てる必要があるかもしれない。けど、できれば避けたい事態だ。食料や金はともかくとして、荷車は無くしたくない。これがないとアカを運べなくなってしまう。
* * * * *
少しスピードを緩めて、警戒しながら森を進んでいく。あたりには木が焦げる匂いと煙が漂っていた。火が燃え広がっているようだ。グズグズしていると山火事に飲み込まれてしまう。
と、前方から獣が走ってきた。数は4匹。
先頭を走る獣がペットのツヴァイに見え、一瞬ドキリとする。
しかしよく見ると、耳の形が似ているだけの違うヘルハウンドだとわかった。
ついに魔物がお目見えしたわけだが、ヘルハウンドていどなら造作もなく追い払える。戦闘開始の命令を出そうと口を開く。
──だが、ちょっと様子がおかしかった。
ヘルハウンドは、オレたちを見ると戸惑うように立ち止まってしまった。そこに後ろを走っていた3匹の獣が襲いかかったのだ。
襲いかかった獣は、ヘルハウンドとは少し違う魔物のようだ。大きさは同じくらいだが、顔が違う。狐をそのまま巨大化させたような生き物だ。両者は種族が違うだけでなく、敵対関係にあるらしい。3対1の戦いが始まっている。
3匹の大狐は、立ち止まったヘルハウンドの体にそれぞれ食いついた。ヘルハウンドも抵抗するが、多勢に無勢でどうしようもない。ヘルハウンドの口から漏れる炎は、大狐ではなく森に小さな火をつけただけだった。
犬と狐の魔物が縄張り争いでもしているのか?
ともかく、ターゲットがオレたちじゃないなら、案外楽に通り抜けられるかもしれない。ヘルハウンドを助けてやりたい気持ちも多少はあったが、そんなことをしている場合ではないことはよくわかっている。
ただ、これからどうするべきか。魔物たちは道のまんなかで死闘を繰り広げている。荷車で移動している都合上、できれば道からそれたくない。細い山道といえ、道を通ったほうが効率が良いのは当然のことだ。
オレが迷っているうちに、また違う魔物があらわれてしまった。
頭上から白い影が降ってきて、大狐に攻撃を加えたのだ。1匹を踏み潰し、1匹を前足で吹き飛ばし、最後の1匹に大きな口でかじりつく。
ヘルハウンドはすでにぐったりしていたが、大狐たちもまたたく間に白い魔物に倒されてしまった。
乱入した魔物は、子牛ほどもあるヘルハウンドや大狐がミニチュアに見えてしまうほどの巨体だった。長く白い体毛に鋭い牙と爪。その魔物には見覚えがあった。
それは魔族ですら恐れる、魔狼フェンリルだった。
……というか、どう見てもシロだった。
ルオフィキシラル城にいるはずのアイツが、どうしてここにいるのか。
「フェンリル!」
オレが呼びかけるより先に、誰かが大声を上げた。横を見ると、すでに声の主はその場におらず、シロにむかって駆け出していた。弟ロリコンのシビッラだ。
戦う気なのか? 現象から考えるとそうなのだろうが、なぜシビッラがそんな行動に出ているのか理解できない。シロは大狐を攻撃しただけで、まだこちらに襲いかかってはいないというのに。
大狐を喰っていたシロは、獲物から口を離してシビッラに注意を向けた。
「止まれシビッラ!」
しかしシビッラは、オレの命令を無視して突撃を続けた。走りながらも石弾を作り出しシロに叩きつける。シロはその石弾を避けようともしなかった。代わりに口を閉じ、グルルルと唸り声をあげる。あ、ヤバイ──
「伏せろ!」
急いで指示を出したものの、まわりの反応を確認する余裕はなかった。近くにいたデトナを引き倒すだけで精一杯だ。
──あたりに爆発音が響いた。
シロが口から弾丸を打ち出したのだ。
オレはテパエの鍛冶屋に大砲を作ってもらった。シロはオレの訓練を見て、大砲と似たような魔法を使えるようになっているのだ。
口の中に弾丸を作り、ソレを飛ばすという荒っぽいものだが、威力は凄まじい。どういう作用で弾を発射しているのかは不明。まさか口の中で爆発を起こしているわけではないだろうが……。
爆発音のあと──
瞬時にシビッラの体が吹き飛んだ。シビッラの体を貫通した弾は、そのまま直線上にある荷車に向かって進む。しかし運良く弾は逸れ、近くの木を打ち倒しただけだった。
シビッラは砲弾の直撃を受けて四散したが、心配はしていない。じっさい、すでに再生が始まっていた。致命傷1回で死ぬほど魔族はやわじゃない。
それより、どうしてシビッラがあんな早まった真似をしたのかが問題だ。明らかに様子がおかしかった。姉の意見を聞こうとロッセラの方を向く。しかしここでも意外なものを見ることになった。
「いや……! お父さん、お母さん……!」
ロッセラは自らの肩を抱き震えていたのだ。いつもの余裕ぶった態度からは考えられないようなありさまだ。強い魔物と出くわして怯えている? いや、なにか違うような気がする……。
「ピ、ピッ、ピィ!」
姉弟についてゆっくりと考察する時間は与えられなかった。
荷車に乗っているアカがバタバタと暴れだしたのだ。その顔は「久々にキレちまったよ……!」と言っているようで、とにかくヤバイ。戦闘を目撃して相当な興奮状態に陥っているようだ。
「アンゴン、ターヴィティ! シビッラを回収して森に逃げ込め。デトナとシグネはロッセラを連れて避難するのじゃ。急げ!」
仲間に避難指示を出したが、オレ自身は荷車に飛び乗った。このままアカが暴発したらオレ以外焼死しかねない。そこまでいかなくても、食料や荷物が焼失して荷車もぶっ壊れるだろう。
「落ち着け~、落ち着くのじゃ」
「ピッピっ、ピ……ぴ……」
頭や首を重点的にワシャワシャなでてやると、だんだんアカが落ち着いてきた。
さらにぷよぷよした腹をなでると、気持ちよさそうに座り込んでくれた。
……よかった。とりあえず暴走の危機は回避できたようだ。
「グルル……?」
シロはどうしているかというと、不思議そうにオレを見つめていた。
あの野郎、たった一月離れていただけでオレの事を忘れやがったのか……。
住処と食料を与えてやっていたのに薄情なヤツだ。
「ぴっぴっぴっ」
オレを急かすようにアカが鳴いた。シロの態度にいらついて、アカをなでる手が止まっていたようだ。あわてて作業を再開する。アカの機嫌を損ねて、これ以上面倒な状況に陥るのはゴメンだった。
「ウォォォ~!」
突然、シロが一声吠えた。そしてこちらに向かってくる。
あの野郎、まさか襲ってくる気か。なんていう恩知らずなヤツだ……!
「ディニッサ様、早く逃げてください!」
デトナが叫ぶ。しかし逃げろと言われても、シロと追いかけっこをして逃げきれるとは思えない。魔力が十分にあれば、飛んで逃げることもできたのだが……。
迫りくるシロに、アカもふたたび戦闘態勢に入った。
短い足で立ち上がり、羽をバタつかせる。
アカとシロが戦ったら、どっちが勝つだろう。
……たぶんシロの方が強い。アカが空を飛ぶ成鳥フェニックスだったらアカに軍配が上がるだろうが、現時点では勝ち目は薄い。
どうしよう……?
オレが判断に迷っていると、走るシロの体が消えた。
より正確に言うと、オレが認識できないほど速度でこちらに突っ込んできたらしい。気づくと、シロの巨体が目の前にきていたのだ。
まるで瞬間移動でもしたような超加速だったが、種はすぐにわかった。足から土系魔法を発射し、その反動で一気に加速したのだ。……まあ、そんなネタがわかったところで目の前の危機はどうしようもないわけだが。すでにシロは眼前で前足を振りあげていた。
即座に回避は諦めた。たぶん無理だし、成功しても状況が改善しない。むしろ防御を固めて攻撃を受けることにした。攻撃を食らった時に足を踏ん張らなければ、シロの腕力ではるか遠くまで吹き飛ばされるだろう。ダメージは負うが、距離を取ることはできる。
両手で頭をガードするオレに、凄まじい風圧が襲いかかる。直後、交通事故が起こったかのようなけたたましい音があたりに響いた。
白い稲妻のような攻撃は、しかしオレにはなんの被害も与えていなかった。ただし、あくまで「オレには」だ。真横にいたアカは、悲鳴とともに吹き飛ばされていた。丸い体が森の木々を押し倒す。
「ハッ、ハッ、ハッ」
粗い息づかいでシロがオレにのしかかってきた。
頑丈なはずの荷車が軋み、壊れそうになる。
オレはシロの攻撃に意識を集中させた。戦う気はない。今のオレじゃ、勝ち目がない。ただしスキをついて逃げることは、できなくもないだろう。勝負は一瞬。
──しかしシロは襲いかかってはこなかった。
片足でオレの体をおさえ、鼻をひくつかせる。くんくんと臭いを嗅いでから、次に舌で舐めまわしてきた。どうやら、攻撃の意志はないようだ。
「シロ、離れよ。臭いのじゃ」
口臭がキツイし体も臭い。城にいる時は、体を洗ったり歯磨きをしたり清潔にさせていた。それなのにこの臭いということは、シロが城から出て相当な時間がたっている証拠だ。……この野郎、オレがいなくなってすぐに脱走しやがったな。
オレが両手で押しとどめると、舐め回すのはやめてくれた。代わりに体をこすりつけてくる。正直、シロの体格だと、じゃれついてくるだけで十分な暴力だといえる。今の体だとけっこうツライ。
オレはなんとかシロの手から抜けだして、ヤツの背中によじ登った。そして頭をなでてやる。シロのじゃれつき攻撃を浴びているよりは、こちらからモフってやっていたほうが安全だ。
なでてやると、シロは体を丸めて大人しくなった。気持ちよさそうに、う~う~と鳴く。そして顔を横に向けて、勝ち誇ったように「ウォォォッ」と吠えた。
その視線の先にはアカがいた。
それですべてわかった。アカを殴り飛ばしたのは嫉妬のためだ。オレがアカを撫で回していたのが気に入らなかったのだろう。城でも、オレがアインスたちヘルハウンドを可愛がりすぎると、不機嫌になっていた。シロからすれば、オレが誰かを可愛がるならば、まず自分が一番であるべきのだ。
「シロ、貴様どうしてこんなところにおるのじゃ。勝手に城から出ないと、わらわと約束したはずじゃ」
「ウォフ……」
「わふ、ではない。貴様しゃべれるじゃろ。ちゃんと説明せよ」
『……ディニッサ、城、いない。シロも、城、いない?』
いない? じゃねえ。疑問形で言うな。
どうも、オレがいなくなったから城から逃げ出したというだけらしい。ここで出会ったのもただの偶然で、オレを探していたなどという殊勝な理由ではなさそうだった。
あてにならねえなあ。
シロが大人しくしているのは、オレがそばにいる間だけだという事実が判明してしまった。
「シロ、これからはちゃんとわらわの言うことを聞くのであろうな?」
『きく』
予想外の出来事だったが、結果は悪くなかったかもしれない。シロとの戦闘は避けられたし、山の魔物をしきっているのはシロなのだろうから、山越えもはかどるだろう。
──しかし、まだ事件は終わってなどいなかったのだ。
「ピギャ!」
アカが短い足でよたよたと歩いてくる。もともと羽は赤いのだが、今はより赤く見える。まるで怒りの炎で燃え上がっているかのように。
というより、チロチロと小さい火がじっさいにアカの体から立ち上っていた。
いきなりぶん殴られてるしねえ。そりゃ怒りますよねえ……!
複数の獣の吠え声が聞こえる。最近山に住み着いたという魔物たちだろう。立ち上る幾本もの煙が、森に火がついていること知らせていた。炎系の魔物が多くいるのかもしれない。
「この先にゃ、とンでもねえバケモノがいるぜ……!」
荷車を引っ張っていたアンゴンが、冷や汗をかきながら立ち止まった。
アカも何かを感じたようで、丸い体をブルブルさせて興奮状態になっている。
オレは首元をなでてアカを落ち着かせた。じっさいのところ、山にいる魔物よりアカの方が危険である可能性が高いのだ。アカの魔法が炸裂したら、今起きているボヤなどとは比較にならない災害を引き起こすだろう。
「よしよし、大丈夫じゃぞアカ。──どうしたアンゴン。早く進むがよい」
「姫さん姫さん! オイラの話聞いてたか!?」
前進の指示に、アンゴンがあわてた様子で詰め寄ってきた。
……いや、聞いてたけどさ。戻るって選択肢は最初からない。遠回りしてたらぜったい期日までに帰れないし。
と、そこで気づいた。アンゴンにすれば、間に合わなくてもいいわけか。ルオフィキシラル領に思い入れは無いし、危険を犯してまで急ぐつもりはないのだろう。他の連中も大同小異だと考えられる。焦っているのは、オレとシグネくらいか。
「怖ければ、わらわを置いて逃げてもよいのじゃぞ?」
そう言って、配下を見回した。
この程度のことで逃げ出すなら、今のうちに消えてくれたほうがいい。領地に戻れば十中八九戦争になるのだから。
「進むつもりがないならどきなさい。私がかわりに荷車を引くわ」
「……ディニッサ様が行くなら、ボクはいきますよ」
シグネとデトナが、すぐに声をあげた。
続いて、ターヴィティとロリコン姉弟も先に進むことに同意してくれた。
「おいおい、正気なンか……」
ただアンゴンだけは、前進をしぶっている。意外に慎重派なんだろうか?
いや、彼がギャンブラーであることを考えると、危機感知能力が高いのだと思ったほうが良さそうだ。異変に気づいたのも一番早かったし。
となると、この先には相当な強敵が待ち受けていることになる。
「わらわに戻る意志はないのじゃ。ともに進むか、独り帰るか選ぶがよい。帰るとしてもわらわは恨まぬし、契約金を返せとも言わぬ」
「……チッ、雇い主が決めたんじゃしょうがねえや。なあ姫さん、危なくなったら荷物は置いてくからな?」
しばらく逡巡してから、アンゴンも進むことを決意してくれた。
しかしオレの方は、荷物を置いていくという彼の言葉に、曖昧にうなずくだけで言質は与えなかった。
魔物が想定以上に強い場合は、荷物を捨てる必要があるかもしれない。けど、できれば避けたい事態だ。食料や金はともかくとして、荷車は無くしたくない。これがないとアカを運べなくなってしまう。
* * * * *
少しスピードを緩めて、警戒しながら森を進んでいく。あたりには木が焦げる匂いと煙が漂っていた。火が燃え広がっているようだ。グズグズしていると山火事に飲み込まれてしまう。
と、前方から獣が走ってきた。数は4匹。
先頭を走る獣がペットのツヴァイに見え、一瞬ドキリとする。
しかしよく見ると、耳の形が似ているだけの違うヘルハウンドだとわかった。
ついに魔物がお目見えしたわけだが、ヘルハウンドていどなら造作もなく追い払える。戦闘開始の命令を出そうと口を開く。
──だが、ちょっと様子がおかしかった。
ヘルハウンドは、オレたちを見ると戸惑うように立ち止まってしまった。そこに後ろを走っていた3匹の獣が襲いかかったのだ。
襲いかかった獣は、ヘルハウンドとは少し違う魔物のようだ。大きさは同じくらいだが、顔が違う。狐をそのまま巨大化させたような生き物だ。両者は種族が違うだけでなく、敵対関係にあるらしい。3対1の戦いが始まっている。
3匹の大狐は、立ち止まったヘルハウンドの体にそれぞれ食いついた。ヘルハウンドも抵抗するが、多勢に無勢でどうしようもない。ヘルハウンドの口から漏れる炎は、大狐ではなく森に小さな火をつけただけだった。
犬と狐の魔物が縄張り争いでもしているのか?
ともかく、ターゲットがオレたちじゃないなら、案外楽に通り抜けられるかもしれない。ヘルハウンドを助けてやりたい気持ちも多少はあったが、そんなことをしている場合ではないことはよくわかっている。
ただ、これからどうするべきか。魔物たちは道のまんなかで死闘を繰り広げている。荷車で移動している都合上、できれば道からそれたくない。細い山道といえ、道を通ったほうが効率が良いのは当然のことだ。
オレが迷っているうちに、また違う魔物があらわれてしまった。
頭上から白い影が降ってきて、大狐に攻撃を加えたのだ。1匹を踏み潰し、1匹を前足で吹き飛ばし、最後の1匹に大きな口でかじりつく。
ヘルハウンドはすでにぐったりしていたが、大狐たちもまたたく間に白い魔物に倒されてしまった。
乱入した魔物は、子牛ほどもあるヘルハウンドや大狐がミニチュアに見えてしまうほどの巨体だった。長く白い体毛に鋭い牙と爪。その魔物には見覚えがあった。
それは魔族ですら恐れる、魔狼フェンリルだった。
……というか、どう見てもシロだった。
ルオフィキシラル城にいるはずのアイツが、どうしてここにいるのか。
「フェンリル!」
オレが呼びかけるより先に、誰かが大声を上げた。横を見ると、すでに声の主はその場におらず、シロにむかって駆け出していた。弟ロリコンのシビッラだ。
戦う気なのか? 現象から考えるとそうなのだろうが、なぜシビッラがそんな行動に出ているのか理解できない。シロは大狐を攻撃しただけで、まだこちらに襲いかかってはいないというのに。
大狐を喰っていたシロは、獲物から口を離してシビッラに注意を向けた。
「止まれシビッラ!」
しかしシビッラは、オレの命令を無視して突撃を続けた。走りながらも石弾を作り出しシロに叩きつける。シロはその石弾を避けようともしなかった。代わりに口を閉じ、グルルルと唸り声をあげる。あ、ヤバイ──
「伏せろ!」
急いで指示を出したものの、まわりの反応を確認する余裕はなかった。近くにいたデトナを引き倒すだけで精一杯だ。
──あたりに爆発音が響いた。
シロが口から弾丸を打ち出したのだ。
オレはテパエの鍛冶屋に大砲を作ってもらった。シロはオレの訓練を見て、大砲と似たような魔法を使えるようになっているのだ。
口の中に弾丸を作り、ソレを飛ばすという荒っぽいものだが、威力は凄まじい。どういう作用で弾を発射しているのかは不明。まさか口の中で爆発を起こしているわけではないだろうが……。
爆発音のあと──
瞬時にシビッラの体が吹き飛んだ。シビッラの体を貫通した弾は、そのまま直線上にある荷車に向かって進む。しかし運良く弾は逸れ、近くの木を打ち倒しただけだった。
シビッラは砲弾の直撃を受けて四散したが、心配はしていない。じっさい、すでに再生が始まっていた。致命傷1回で死ぬほど魔族はやわじゃない。
それより、どうしてシビッラがあんな早まった真似をしたのかが問題だ。明らかに様子がおかしかった。姉の意見を聞こうとロッセラの方を向く。しかしここでも意外なものを見ることになった。
「いや……! お父さん、お母さん……!」
ロッセラは自らの肩を抱き震えていたのだ。いつもの余裕ぶった態度からは考えられないようなありさまだ。強い魔物と出くわして怯えている? いや、なにか違うような気がする……。
「ピ、ピッ、ピィ!」
姉弟についてゆっくりと考察する時間は与えられなかった。
荷車に乗っているアカがバタバタと暴れだしたのだ。その顔は「久々にキレちまったよ……!」と言っているようで、とにかくヤバイ。戦闘を目撃して相当な興奮状態に陥っているようだ。
「アンゴン、ターヴィティ! シビッラを回収して森に逃げ込め。デトナとシグネはロッセラを連れて避難するのじゃ。急げ!」
仲間に避難指示を出したが、オレ自身は荷車に飛び乗った。このままアカが暴発したらオレ以外焼死しかねない。そこまでいかなくても、食料や荷物が焼失して荷車もぶっ壊れるだろう。
「落ち着け~、落ち着くのじゃ」
「ピッピっ、ピ……ぴ……」
頭や首を重点的にワシャワシャなでてやると、だんだんアカが落ち着いてきた。
さらにぷよぷよした腹をなでると、気持ちよさそうに座り込んでくれた。
……よかった。とりあえず暴走の危機は回避できたようだ。
「グルル……?」
シロはどうしているかというと、不思議そうにオレを見つめていた。
あの野郎、たった一月離れていただけでオレの事を忘れやがったのか……。
住処と食料を与えてやっていたのに薄情なヤツだ。
「ぴっぴっぴっ」
オレを急かすようにアカが鳴いた。シロの態度にいらついて、アカをなでる手が止まっていたようだ。あわてて作業を再開する。アカの機嫌を損ねて、これ以上面倒な状況に陥るのはゴメンだった。
「ウォォォ~!」
突然、シロが一声吠えた。そしてこちらに向かってくる。
あの野郎、まさか襲ってくる気か。なんていう恩知らずなヤツだ……!
「ディニッサ様、早く逃げてください!」
デトナが叫ぶ。しかし逃げろと言われても、シロと追いかけっこをして逃げきれるとは思えない。魔力が十分にあれば、飛んで逃げることもできたのだが……。
迫りくるシロに、アカもふたたび戦闘態勢に入った。
短い足で立ち上がり、羽をバタつかせる。
アカとシロが戦ったら、どっちが勝つだろう。
……たぶんシロの方が強い。アカが空を飛ぶ成鳥フェニックスだったらアカに軍配が上がるだろうが、現時点では勝ち目は薄い。
どうしよう……?
オレが判断に迷っていると、走るシロの体が消えた。
より正確に言うと、オレが認識できないほど速度でこちらに突っ込んできたらしい。気づくと、シロの巨体が目の前にきていたのだ。
まるで瞬間移動でもしたような超加速だったが、種はすぐにわかった。足から土系魔法を発射し、その反動で一気に加速したのだ。……まあ、そんなネタがわかったところで目の前の危機はどうしようもないわけだが。すでにシロは眼前で前足を振りあげていた。
即座に回避は諦めた。たぶん無理だし、成功しても状況が改善しない。むしろ防御を固めて攻撃を受けることにした。攻撃を食らった時に足を踏ん張らなければ、シロの腕力ではるか遠くまで吹き飛ばされるだろう。ダメージは負うが、距離を取ることはできる。
両手で頭をガードするオレに、凄まじい風圧が襲いかかる。直後、交通事故が起こったかのようなけたたましい音があたりに響いた。
白い稲妻のような攻撃は、しかしオレにはなんの被害も与えていなかった。ただし、あくまで「オレには」だ。真横にいたアカは、悲鳴とともに吹き飛ばされていた。丸い体が森の木々を押し倒す。
「ハッ、ハッ、ハッ」
粗い息づかいでシロがオレにのしかかってきた。
頑丈なはずの荷車が軋み、壊れそうになる。
オレはシロの攻撃に意識を集中させた。戦う気はない。今のオレじゃ、勝ち目がない。ただしスキをついて逃げることは、できなくもないだろう。勝負は一瞬。
──しかしシロは襲いかかってはこなかった。
片足でオレの体をおさえ、鼻をひくつかせる。くんくんと臭いを嗅いでから、次に舌で舐めまわしてきた。どうやら、攻撃の意志はないようだ。
「シロ、離れよ。臭いのじゃ」
口臭がキツイし体も臭い。城にいる時は、体を洗ったり歯磨きをしたり清潔にさせていた。それなのにこの臭いということは、シロが城から出て相当な時間がたっている証拠だ。……この野郎、オレがいなくなってすぐに脱走しやがったな。
オレが両手で押しとどめると、舐め回すのはやめてくれた。代わりに体をこすりつけてくる。正直、シロの体格だと、じゃれついてくるだけで十分な暴力だといえる。今の体だとけっこうツライ。
オレはなんとかシロの手から抜けだして、ヤツの背中によじ登った。そして頭をなでてやる。シロのじゃれつき攻撃を浴びているよりは、こちらからモフってやっていたほうが安全だ。
なでてやると、シロは体を丸めて大人しくなった。気持ちよさそうに、う~う~と鳴く。そして顔を横に向けて、勝ち誇ったように「ウォォォッ」と吠えた。
その視線の先にはアカがいた。
それですべてわかった。アカを殴り飛ばしたのは嫉妬のためだ。オレがアカを撫で回していたのが気に入らなかったのだろう。城でも、オレがアインスたちヘルハウンドを可愛がりすぎると、不機嫌になっていた。シロからすれば、オレが誰かを可愛がるならば、まず自分が一番であるべきのだ。
「シロ、貴様どうしてこんなところにおるのじゃ。勝手に城から出ないと、わらわと約束したはずじゃ」
「ウォフ……」
「わふ、ではない。貴様しゃべれるじゃろ。ちゃんと説明せよ」
『……ディニッサ、城、いない。シロも、城、いない?』
いない? じゃねえ。疑問形で言うな。
どうも、オレがいなくなったから城から逃げ出したというだけらしい。ここで出会ったのもただの偶然で、オレを探していたなどという殊勝な理由ではなさそうだった。
あてにならねえなあ。
シロが大人しくしているのは、オレがそばにいる間だけだという事実が判明してしまった。
「シロ、これからはちゃんとわらわの言うことを聞くのであろうな?」
『きく』
予想外の出来事だったが、結果は悪くなかったかもしれない。シロとの戦闘は避けられたし、山の魔物をしきっているのはシロなのだろうから、山越えもはかどるだろう。
──しかし、まだ事件は終わってなどいなかったのだ。
「ピギャ!」
アカが短い足でよたよたと歩いてくる。もともと羽は赤いのだが、今はより赤く見える。まるで怒りの炎で燃え上がっているかのように。
というより、チロチロと小さい火がじっさいにアカの体から立ち上っていた。
いきなりぶん殴られてるしねえ。そりゃ怒りますよねえ……!
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だが、何か違和感を感じたジュピターは召喚を拒み転生を選択する。
ゲーム内で最弱となっていたテイマー。
魔物が戦う事もあって自身のステータスは転職後軒並みダウンする不遇の存在。
ジュピターはロディと名乗り敢えてテイマーに転職して転生する。最弱職となったロディが連れていたのは、愛玩用と言っても良い魔物=ピクシー。
冒険者ギルドでも嘲笑され、パーティも組めないロディ。その彼がクエストをこなしていく事をギルドは訝しむ。
ロディには秘密がある。
転生者というだけでは無く…。
テイマー物第2弾。
ファンタジーカップ参加の為の新作。
応募に間に合いませんでしたが…。
今迄の作品と似た様な名前や同じ名前がありますが、根本的に違う世界の物語です。
カクヨムでも公開しました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
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加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
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マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
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エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
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疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
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