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第4章 国境の外へ。戦いのはじまり

052 漂着

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「わかった!」

 自分が出した大声で目が覚めた。
 ぼんやりとあたりを見回すと、デトナがびっくりした顔でオレを見つめている。

「な、なにが、わかったんですか?」
「ん? なんじゃろ。忘れた……」

 なんとなく、すごく重要なことに気づいたような……?
 けど、なにがあったのか思い出せない。……いや、思い出す必要もないか。どうせただの夢だ。

 ……夢? そういえば、最近ディニッサからの連絡がぜんぜんないな。たしか氷の城に連れ去られたあたりから音信が途絶えている。ルオフィキシラル領にいないと魔法が届かないのか?

 でも陽菜もディニッサも魔法が使えるんだ。陽菜たちに危険が迫ることなどまずない。それより頭の上のハエを追うのが先決だ。オレはたしか──

「デトナ、アカはどうしたのじゃ? 近くにおらぬようじゃが……」
「フェニックスなら、海の怪物といっしょに流されていきましたよ。今どこにいるかは不明です」

 アカといっしょに、触手のバケモノとのバトルをはじめたところまでは記憶がある。けれどその後どうなったのかは、まるで覚えていない。ただ、なんとなくアカは無事なような気がする。理由はわからないが、とにかくそう感じた。

「船はどうなったのじゃ? もしや燃えてしまったのかの」
「魔族が大勢乗っていたんですよ? 火はすぐに消されました。でも船はどこにいったのやら、行方はわかりませんね」

 よかった。船は無事らしい。さすがにアカのせいで、気のいい水夫たちが全滅でもしてたら寝覚めが悪いからな。

「では、わらわたちはどうなったのじゃ。ここはどこじゃ?」
「ふふ」

「なんじゃ?」
「最初にペットの心配で、次が船、最後が自分ですか。ディニッサ様はかわっておられますねえ」

 デトナがかすかに笑った。べつにオレをバカにしているというわけではないようだ。しかし笑うデトナの顔が、やつれて見えることが気になった。

 ……整理してみよう。船旅の途中、大ダコに襲われた。アカの暴走で船が焼けそうになったので、二人で大ダコ本体にジャンプして突撃。おそらくアカは、大ダコと闘いながらどこかに流れていった。オレは戦闘中に気絶。

 現状、オレは陸の上にいる。目の前に、白い砂浜と青い海。となると、デトナがあの嵐の海の中でオレを探してくれた、ということになるのか。そして、ここまで運んでくれた。……よく考えたらオレ、大ダコに襲われた時、デトナを見捨てて海み付き落としてるぞ!

「デトナ、すまぬ!」
「いきなり、どうしたんですか?」

「わらわは、そなたを見捨てた」
「はは、そんなことですか。あれは正しい判断だったと思いますよ。ええ、僕がディニッサ様の立場だったら、同じことをしていましたとも」

 デトナを観察してみたが、本当にオレの行為を意に介していないようだ。
 第一印象はかなり悪かったけど、意外にいい子なのかもしれないなあ。

「そうか。ところで……」
「なんです?」

 現状にひとつ疑問がある。しかし聞いてよいものかためらわれる。
 けれど今回を逃すと、もう聞く機会があらわれないかもしれない。

「眠っているわらわを、どうにかしようとは思わなかったのかの? わらわは母親のかたきじゃろう。それなのに復讐するどころか、海の中をわざわざ探して、陸地まで運んでくれたのはなぜじゃ」

 たとえば、もしも陽菜を殺した相手が目の前にいたとしたら、オレは冷静ではいられないだろう。命を助けるなどとんでもない。

 これが、両手両足縛られていて、拷問にかける算段でもできているなら話はわかる。相手が苦しむことを望む復讐者は少なく無いだろうから。しかし縛られているどころか──あれ、冷静に調べるとすごいカッコしてるぞ、オレ。

 下着──なし。スカート、およびパンツ──なし。申し訳程度に、薄汚い上着だけを着せられている。デトナが自分の服を貸してくれたのだろうが、デトナも身長が低い。ゆえに上着のたけも短く、フトモモくらいまでしか隠れていない。

 これはあれだ。裸パーカー状態だな。この前は裸マントだったし、最近痴女みたいなカッコばっかしてんぞ! だいたいアカのせいだけど!

「そうですね。疑問に思うのも無理はありませんね」

 オレがバカなことを考えている間に、デトナが真面目な表情で語り始めていた。自分から深刻な話を振っておいたのに、無視したようで申し訳ない。申し訳ないとは思うが、下がスースーするし話に集中できねえ!

「実はボク、母親と会ったことないんですよ。まあ、生まれた瞬間は会っていわけで、それを入れれば1回だけ顔を会わせていることになりますけど」

 ヤバイ、シリアスな話がはじまった。ちゃんと聞いておかないと、今後の関係に影響を与えそうだ。オレはひざを曲げて、上着の中に足を押し込んだ。体育座りの上から上着をかぶせたような形になる。よし、これでなんとか全身が隠れた。

「だから、ディニッサ様を殺したいほど憎んでいるかといえば、それほどでもないんですよ。そばにいれば復讐心が湧いてくるかと試してみましたけど、そういう気分にもならないようですし。……親の仇を討とうともしないボクは人間失格ですかね?」

 オレの動きを見て一瞬怪訝な表情を浮かべたが、デトナはそのまま話を続ける。
 話しぶりからすると、もしかしたらデトナは誰かにこの事を語りたかったのかもしれない。

「デトナはおかしくないじゃろ。愛は記憶を積み重ねることで育つものじゃ。会ったことのない相手に執着することは難しかろう。たぶんわらわだって、ひいお祖父様を殺した相手が目の前に来たとしても、殺そうとしないじゃろ」

 デトナがまたかすかに笑った。

「そりゃあ、ディニッサ様のひいお祖父様だったら、何万年前の出来事かわかりませんからねえ」

 ああそうか。まずいな、ディニッサのフィルターをかけないオレ本人の意見が出てる。目が覚めたばかりで頭が働いていないのか? 注意しないと。

「デトナには、わらわに復讐をする権利がある。しかしそれを望んでいないのに、子供だから復讐すべき、などと考えるのは間違っておらぬか」
「そうですね。それに、ボクに復讐する権利があるかどうかも怪しいですしね」

「どういうことじゃ?」
「ボクは、生まれた瞬間は双子だったらしいんですよ」

 双子。権利がない。
 つまり、デトナもディニッサと同じように、生まれたときに兄弟を殺しているのか。魔族が生まれる際に、周囲の生き物を殺してしまうという事故は、めったに起こらないと聞いているんだけど……。

「──ねえ、ディニッサ様、あなたはどうやって自分の罪を乗り越えたんですか? ずっと昔、はじめて会った時は、あなたも自分の罪をおそれ閉じこもっていた。けれど今のあなたからは、そんな過去の傷跡などカケラも感じない」

 ……これは、困った。
 デトナの質問に正直に答えるなら「別人だから」となるが、そんなことを言えるわけがない。じゃあ、なにか道徳めいた意見でも述べてお茶を濁すか?

 本来ならそうしたほうがいいし、そうするべきだろう。
 軽々しく正体を明かすわけにはいかないんだから。

 ……でも、それは自分の過去を語ったデトナに対する裏切りのように思える。
 それに、裸パーカー体育座りで偉そうなことを言うのもな!

「すまぬ、デトナ。わらわはその問いには答えられぬ」
「……そう、ですか」

「しかし殺そうとまでは思わないにしても、家族の仇に好意はもてまい。どうしてそばに残って助けたのじゃ? 復讐を狙っていないなら、いっしょにいる意味もなかろう」

 デトナは頬を染めて目をそらした。
 ほほう。これはアレか。ボーイミーツガール的な意味合いでそばにいたのか。たしかに抱きついた時とか、反応がおかしかったしなあ。

 じゃあデトナは男なのかな? いや、ユルテたちのことを思えば、女の子だという可能性も否定はできないか。最初に性別を確認しておけばよかった。今さら聞くのも……。

「──その、自分でもよくわからないんですけど」

 デトナがオレを横目で見ながら、おずおずと話し始めた。
 うんうん、いいねえ。初恋にとまどう少年(少女?)の初々しさがあらわれている。

「ディニッサ様のそばにいると、その……」

 ん? よく考えたらこの流れはまずくないか?
 いまデトナとふたりきりなんだぜ。そしてオレはデトナの告白を受け入れることはできない。本物のディニッサに戻ってからどうなるかは、神のみぞ知るだが。

 で、ゴメンナサイすると気まずい空気になるだろう。まさか襲ってくることはないだろうけど。いや、もしかしてありえるか? 相手はやりたいざかりの少年(少女?)だ。しかもオレは今、裸パーカーというせくしーな姿である。

「で、デトナ、わらわは──」
「ディニッサ様のそばにいると、お母さんといっしょにいるような気分になるんです」

 ……!?
 
 お母さん……?
 オレが可愛いからドキドキするとかじゃなくて?

「本物の母親に会ったこともないのに、どうしてこんな気持ちになるのか、本当に不思議なんですけど」
「その……。わらわに母性を求められても困る、のじゃ……」

 まだ子供だし。じゃなくて、中の人は男だし。
 アカもそうだけど、どうしてオレを母親扱いするんだ……。中の人のことはわからないとしても、見た目からして小学生くらいの子供なんですけど!

「すみません、おかしな事を言いました。忘れてください。──そ、そうだ、喉が渇いたんじゃないですか? ちょっと川でもないか探してきますよ」

 ずいぶんと動揺しているみたいだ。顔は真っ赤だし、挙動不審だ。オレは歩き出そうとするデトナを呼び止めた。デトナはオレを運んだりして疲れているはずだ。これ以上働かせたくない。それに──

「あわてすぎじゃ。水なら探しに行かなくても、いくらでもわらわが出せる」

 手から水を作り出し、デトナに飲ませてやった。続いて自分も飲む。

 水を出してみて、はじめて自分がどれほど水を欲していたか気づいた。
 おかしいな。怪物と会ったのは昼、いまも太陽は登っている。それほど時間が過ぎていないにしては、この喉の渇きは異常だ。

「デトナ、わらわが気を失ってからどれほど過ぎたのじゃ?」
「正確な時間はわかりませんけど、丸一日くらい経っていると思いますよ」

 ……最悪だ。貴重な時間を1日も浪費してしまった。

 これからどうしよう。まずは腹ごしらえか? デトナがやつれた様子なのは、丸一日なにも食べてない影響が大きいのだろう。

 海と反対を見れば、鬱蒼と木々が茂っている。森を探せばなにか食べられるものがあるはずだ。食料を調達しつつ、アカを捜索。ただし、時間がかかりそうならアカの捜索は途中で打ち切る。

 アカが見つからなければ、戦争が終わってからあらためて探しに来よう。早く城に戻って、みんなを安心させてやらないといけないからな。アカは後回しだ。

「デトナ、わらわはこれから食料を──」

 その時、森から獣の吠え声と、男の悲鳴が聞こえた。

「ふむ。デトナはここで待機しているがよい。わらわが様子をたしかめてくる」
「そんな、危険ですよ」

「大丈夫じゃ。危なそうならすぐ戻る」

 そうデトナに言い置き、森にむかって駆け出した。

 デトナにはああ言ったが、逃げ戻ることはまずないだろう。
 さっき水を作ったときに気づいたのだが、おそろしく調子がいい。今なら元気なシロが相手でも、タイマンで倒せそうだ。

 森を駆け抜け、わずかな時間で現場にたどりついた。
 ──そこでは今まさに、トカゲ男が巨大な牛に踏み潰されようとしていた。
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