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第3章 旧領へ。新たな統治

038 6人で

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 オレは灰色の空間にいた。
 まわりにはユルテ、ファロン、フィアの侍女3人もいる。
 ……どうやら、夢の世界に侍女たちを連れてくることに、あっさりと成功してしまったようだ。

「姫様、ではありませんよね?」
「見ればわかるだ──」

 言いかけてやめた。声がおかしい。オレの口から出たのは、かん高い女の子の声だったのだ。体を見下ろすと、案の定ディニッサの姿になっていた。

 ……またかよ。目をつぶって、元の自分を強くイメージする。
 よし。これで元の姿に戻っているはずだ。

 ……しかし目をあけても、相変わらずディニッサのままだった。

「どうしたのー?」
「なんかおかしい。この世界では元の姿に戻るはずなのに!」

「問題ないでしょう? 可愛らしい姫様の姿なのですから、むしろ喜ぶべきです」
「いやいやいや──」

 オレとユルテたちが言い争っているところに、ディニッサと陽菜があらわれた。侍女に浮かぶ驚きの表情。その驚きはすぐに喜びに変わった。彼女たちは、歓声をあげながらディニッサに飛びかかっていく。

「姫様は! 姫様は! 姫様は! 姫様は!」
「な、なんじゃ……!?」

 ディニッサは、突然ユルテのベアハッグを食らって目を白黒させていた。

「もうっ、ディニッサ様、めっ!」
「……!」
「ふぎゃ、そなたたちまで……?」

 ファロンがディニッサの頭をげんこつでグリグリし、フィアはディニッサの服をつまんで涙ぐんでいる。
 感動の再会、なのだろうか。

「……お兄ちゃん、これなに?」
「ディニッサの侍女たちだよ。こっちに連れてこれないか試してみたら、うまくいっちゃったみたいだ」

 陽菜も意外な成り行きに面食らっているようだ。目をパチクリさせながらディニッサたちを見ている。

「……まあ、それはいいとして」

 陽菜が上から下までジロジロとオレを見つめた。

「どうしてまたディニッサになってるの。もしかして、心が女の子になりかかっっちゃってる?」
「誤解だ。これはきっとユルテたちのせいだ」

 3人のイメージが強すぎて、ディニッサの姿に固定されてしまっているのだと考えられる。そうでなければ、さっき試したときに元に戻れているはずだ。現実の世界では、いまもベッドで3人に抱きつかれているんだ。それで魔力を注入され続けているのだろう。

 自分の推測を語ってみる。しかし陽菜は半信半疑といった面持ちだった。
 なんで疑われてんだろ……。オレは女装を好む変態だとでも思われてるのか?

「ふ~ん、そうなんだ。……でもスゴイね、ユルテさんたち。想像以上の溺愛ぶりだよ。これじゃあディニッサが甘えんぼになるのもわかるかな」
「そうだな」

 抱きついたり、ほっぺをつねったり、撫で回したり、3人の可愛がりはいつまで続くかわからない。ディニッサたちを無視して、オレたちはいつもの情報交換にいそしむことにした。


 * * * * *


「カイ、驚いたではないか。いきなり侍女を呼びおって」
「姫様、イヤ、だった……?」
「そ、そうではないぞ! ちょっとびっくりしたのじゃ!」

 悲しげな顔をしたフィアにディニッサがあわてる。そのシーンから、侍女に頭が上がらないディニッサの日常が容易に想像できた。立場上は主従関係なのだが、じっさいのところは家族に近いのだろう。


 * * * * *


「でもよかったです。こうして出会えなければ『私が姫様を憎んでいる』などという忌まわしい誤解も解けませんでしたから」

 ユルテと話し合って、ディニッサの不安は解消されたようだ。さっき、オレがはじめて見るような屈託のない笑顔を浮かべていた。あれのためだけでも、侍女たちをこの世界に招いて正解だったと言える。

「それでディニッサ様はいつまでそっちにいる気なのー?」
「当初のもくろみではな、100年くらいこっちで遊んだら、そっちに戻ろうかなーと思っておったのじゃ」

 相変わらずどうしようもないもくろみだった。
 「100年くらい遊んで」って、オレの体が滅んでるだろ。

「だが、もうそちらに戻る気はないのじゃ!」
「なんですって!」「ディニッサ様、めーだよ!」「姫様、どうして……!」

 ディニッサの宣言に侍女たちが慌てふためいた。なんだかんだ言っても、近いうちに本物のディニッサが戻ると信じていたらしい。
 かくいうオレも驚いた。コイツはいったい何を言う気だ?

「なぜなら、カイに誘われておるからじゃ!」

 侍女たちの視線がオレに集まった。3人とも目つきが怖い。
 釈明しようと口を開きかけたとき、さらにディニッサが言葉を続けた。

「『オレが養ってやるから、日本で暮らせよ』とな! いわゆるプロポーズというヤツじゃ。カイの体にも愛着がわいてきたし、わらわは受けてもよいと考えておる」

 その場にいる全員が驚いたはずだ。
 ……オレも含めて。

 オレはディニッサを養ってやると言ったか?
 ──言ってない。

 ディニッサにプロポーズしたか?
 ──していない。

 それなのに、どうしてこんなに修羅場っているのでしょうか……?

「まだ幼い姫様をたぶらかすとは。見損ないましたよ!」
「カイ、変態すぎるよー。ディニッサ様がかわいそう」
「小児性愛は、ダメ。想像だけなら、いい、けど、実行したら犯罪」
「お兄ちゃんヤバイよ。ディニッサ、こっちで言ったら小学生だよ?」

 4人にもみくちゃにされる。ディニッサの姿だから体を揺すられるくらいで済んでいるが、これが元の体なら袋叩きにされてそうな勢いだった。

 ……でも、誰一人オレを信じてくれないのはどうしてなの?

 陽菜なんか、いつもいっしょに話を聞いていたんだぞ。なんで侍女たちとオレを糾弾してんだ。爆弾を放り込んだ張本人も助けてくれないし。ディニッサは、いつものように偉そうに腕を組んで頷いている。

 いや、うむ、じゃねーよ。なんとかしろ!


 * * * * *


 ……結局、しばらくサンドバッグになるしかなかった。
 みんなが落ち着いたあとで、ようやく説明することができたのだった。
 その結果、オレが元の世界に戻る時に侍女3人を連れていく、という約束をさせられてしまった。

 ディニッサだけなら、なんとかなるような気がしていた。でも侍女までいっしょとなると、うまくあっちで暮らせるんだろうか。不安になってくる。こいつら、見た目も特異だし、寿命もバグってるからな……。

「姫様、カイ、二人ともこっちに来てください」

 考え込んでいると、ユルテに手招きされた。オレたちが近づくと彼女は両手でそれぞれオレとディニッサを抱きしめた。

「ああ、姫様が二人! 素晴らしいです……」
「ファロンもそれやりたいー」

 なにか用があるのかと思いきや、ユルテはただ自分の欲望を満たしたいだけだったのである。
 これが許されて、無実のオレが非難されるのはホントにおかしい。

 侍女たちのおもちゃになりながら、オレは自分がやった行動をディニッサと陽菜に伝えることにした。いままでは情報を聞くだけで時間切れになってしまって、こちらのことを教えるヒマがあまりなかったのだ。


 * * * * *


「そなた頑張りすぎじゃろ……」
「それに、なんかカッコつけすぎ?」

 オレの成果を告げた反応がこれだ。陽菜もディニッサも呆れていた。

 ……もうちょっとオレの労をねぎらってくれても、よくないだろうか。

「そもそも最初はわらわと入れ替わるつもりだったんじゃろ? そんなイケメン君主像を押し付けられても、3秒で逃げ出すこと請け合いじゃ」

「『オレは彼らを裏切れない……!』とか言ってたけどさー。いい王様から、ダメなディニッサになったら、そっちの方がヒドくない?」

 挙句の果てにダメ出しまでしてきやがった。

「入れ替わるのは廃案になったんだからいいだろ」
「でも、カイは元の世界に戻る。こっちに、姫様いなくなったら、みんな悲しむ」

 フィアの指摘はもっともだ。オレが頑張れば頑張るほど、いなくなった時のダメージが大きくなってしまう。シロとか兵士たちとか、ネンズと鉱山の連中とかすごい慕ってくれてるんだよなあ。どうしたらいいんだろ……。

「死ねばいいんじゃないかな?」
「は、陽菜、おまえ、いくらなんでも酷すぎないか……」

「違う違う! 国の危機とかを救ってカッコ良く死ねば、みんな納得してくれるんじゃない、って意味。もちろん死んだフリだよ」
「ああ、それはけっこう良さそうだな」

 この策ならルオフィキシラル教徒にも通用しそうだ。むこうの宗教では、実在している魔族を崇めている。でも9年間も引きこもっていたディニッサを、あれだけ信仰しているんだ。姿がなくなっても偶像として祀ってくれそうな気がする。
 
「ちょっと希望を残すのが、いい、と思う。最後の戦いで、姫様はユルテと、天に登ったと噂を流す」
「おお、それもいいな!」

 それから話が盛り上がっていろいろな案が出た。まあ要約すると、大事件をでっち上げてバックレる、という最低なものだ。しかしいまのところ、この案でいこうという結論に達した。

 悩みが一つ解消され、オレは良い気分で武勇伝の続きをした。そうして話がデトナのことに及んだとき、なぜかディニッサの表情がくもった。

「ディニッサ様、どうしたのー?」
「デトナ・ヴィータロニドゥ・ユートセカナ。黒い肌の娘じゃな……?」

「ん? 名前はあってるけど、男だったぜ」
「え、そうかの。……そういえば、女だと言ってはおらなんだの。わらわが見た目でそう判断しただけじゃった」

 あれ、そう言われれば、男だとも言ってなかったか。
 ……いや、デトナの性別はどうでもいい。問題は二人が知り合いだったことだ。デトナは、最初ディニッサと知り合いだと言い、次に知り合いだというのは嘘だった、とからかってきたような……?

「デトナとはどういう仲なんだ?」
「……デトナは、わらわが生まれた時に殺した、ある侍女の娘じゃ」

 ……そうだ、たしかデトナは指輪をディニッサにもらったと言っていた。その話に乗っかって、オレがその指輪に見覚えがあると言ったら、「コレは母親の形見なんですけど」って返してきたんだ。

 母親の形見をディニッサが渡すはずがないから、デトナにからかわれたと判断したんだ。でも、今のディニッサの話から考えると……。

「もしかして、お母さんの形見を渡したりしたか?」
「そんなことまで知っておるのか。デトナがわらわに会いに来たのは、形見を受け取るためじゃ。指輪を受け取ると、恨み言一つこぼさずに去っていったのじゃ」

 誤解させるような言い方をしていたけど、嘘はついてなかったのか。
 しかしそうなると──

「姫様に近づいたのは、復讐の、ため?」
「戻ったら殺しましょうか」

 フィアの推測が正しそうだ。トクラのスパイとして内部情報を送り続け、最高のタイミングでオレたちを裏切る。

 ただでさえ魔族が少ないのによけいに厳しくなったな。かといって、先手を打って殺すというのは──
 
「殺すのはダメじゃ。悪いのはわらわじゃ。デトナにはわらわを憎む権利がある。カイには迷惑をかけるが、なんとか頼めぬか」
「心配するな。殺しはしない」

 じっさいのところは「殺すことはできない」なんだけど。ただでさえ魔族の集まりが悪いのに、配下の魔族を殺したりしたらよけい人が集まらなくなる。行動に注意をはらいつつ、飼い殺しにするしかないだろう。

 ディニッサの言葉で、ユルテたちは物騒な考えをあっさり捨てた。
 ……なにか侍女たちにやってもらいたい事があったら、ディニッサに頼んでもらうと効果バツグンだな。


 * * * * *


「まー、だいたいこんなところかな」

 かなりの時間をかけて、こっちの事を二人に伝え終えた。
 オレが一仕事やり終えた気分でいると、急にディニッサが手をうった。

「あっ、言い忘れていたことがあるのじゃ! 最初に話そうと思っておったのに」

 侍女たちがあらわれたショックで、話そうとしていたことを忘れてしまっていたらしい。そうしてディニッサが、陽菜をオレの前につきだした。

 しかし陽菜は、なにやらモジモジしたまま何も言わない。
 ──これはかなりのやっかい事だ。覚悟を決めておこう。

「……あー、そのね。なんていうか、私……」
「どうした? 怒らないから正直に話してみなさい」

 オレの言葉に陽菜は決意を固めたようだ。
 うつむいていた顔を上げオレを見つめる。

「なんか私、魔族になったっぽい」
「「え……!?」」

 オレと侍女たちの声が重なった。
 魔族に、なった?

「わらわが魔法を使うじゃろ? そうするとマナが生まれるわけじゃ。そのマナを吸ううちに覚醒したようじゃの」
「いやいや、おかしいだろ。そんなんで魔族になるなら、うちの兵士たち全員魔族になってる」

「そういう素質があったのかの。あるいは、こっちの人間は魔族になりやすいとかかの。なんだったら、他の人間が魔族になるか試してもよいのじゃ」
「絶対やめろ!」

 むこうに魔族なんかが次々と発生したら、大混乱になるのは目に見えてる。あっちにはオレより賢い奴も、科学知識が豊富なヤツも山程いるんだ。元素魔法だけで国が傾くぞ。

「もとの人間に戻る方法は?」
「ないと思いますよ。少なくとも私たちの歴史が始まってからは、元に戻った者など一人もいませんね」

 オレは頭をかかえた。こっちでのんびりしてていいんだろうか?
 ヘタしたらあっちの世界が消滅するかもしれないぞ。

「……カイは魔族が嫌いなのかの?」
「そういう問題じゃない。そっちの人間が魔法を使えるようになるのがマズイんだ。オレたちには危なすぎる力だ」

 オレが魔族を嫌いじゃないとわかって、ディニッサはホッとした様子だった。しかしオレはまったく安心できない。

「安心せよ。わらわの感触では、陽菜の相性がよかっただけのような気がするのじゃ。会社の同僚とやらも、かなりのマナを吸ったが変化がなかったしの」

 会社の誰かと会ったのか。このディニッサが……。ぜったいに何かやらかしやがっただろうな。
 ま、まあ、ぜんぜんいいですけど? どうせクビになるに決まってるし。

「仮に陽菜だけが特別だったとしても、これから大変だぞ……。誰かにバレたら大事件になる。それに魔族は老化しないからな。長期的には──」

「お兄ちゃん、ひとごとじゃないからね」

 会社のことから目をそらすように不安点を列挙していたオレを、陽菜がさえぎった。しかも、ひどく不吉なセリフで。

「おい、まさか……」

「わらわが努力したかいあって、そなたの体からガンガン魔力が湧き出るようになったのじゃ! 間違いなくカイも魔族になっておるぞ」

 終わった。
 さようなら日常。

──こうして、元の平和な生活に戻るという、オレのささやかな願いは完全に潰えたのであった。
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