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第1章 異世界へ。現状を知る

お食事天国

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 ユルテに連れてこられた食堂は、意外に狭かった。20畳ていどか?
 部屋の中央に縦長のテーブル。その上にはすでに、いくつかの料理と飲み物が準備されていた。ただ椅子は、幅広の長椅子が一つしかなかった。

 ──さて、ここで困ったことがある。
 その一つしかない長椅子に人が座っているのだ。

 二十代くらいの綺麗な女性で、気だるげに髪をいじる姿が色っぽい。
 オレたちと同じように、あまり体のラインが出ない服を着ているのにもかかわらず、彼女の胸はたしかな主張をしていた。

 頭からはイヌのような耳が生えていたが、いまさら驚きはしない。
 天使がいるんだから、獣人だっているだろう。
 ……それよりも、ひとこと言いたい。

 なんで、ここに人がいるんだよ!

 食事といっても、せいぜいメイドが料理を運ぶ程度だと思っていた。
 だからこの城の住人についての説明は後回しにしていたのだ。けれど同席する人がいるなら話はべつだろう。

 相手の情報を知らないと、正体がバレる危険性が高い。
 自分から秘密にするよう提案したくせに、ユルテはなにを考えているんだろう。
 ドSか? オレがオロオロするのを楽しむつもりのドSなのか?

 オレはユルテを見つめた。
 非難がましい視線を向けられた彼女は「テヘ、やっちゃいました」というようにちょっと舌をだした。

 天然かよ。よけい悪いわ!
 いまさら戻るわけにもいかない。せいぜボロを出さないように気をつけるしかないだろう。残念ながら、食事を楽しむ余裕はなさそうだ。

 オレたちを見ると、犬耳の美女が嬉しそうに立ち上がった。
 同時にもふもふした尻尾が激しい勢いで左右にゆれる。

 3……4。大きくふくれた柔らかそうな尻尾が4本ある。
 九尾の狐という言葉が思い浮かんだ。犬というより、狐なのかもしれない。

「ディニッサ様、遅いから心配したよー」

 その妖艶な姿にはそぐわない、子供のような口調で彼女は出迎えてくれた。

「ユルテにもナイショでなんかしてたんでしょー? なにしてたの?」
「む……。それは、じゃな……」

「はいはい、ファロン。姫様はお腹をすかせているんですから、話はあとです」

 オレが困っているのを察して、ユルテが助け舟を出してくれた。
 相手の名前も出しているあたりそつがない。ファロン、か。

 ありがたいのはたしかだが、ユルテのドヤ顔がじゃっかんムカついた。
 もともとこの苦境は君のせいだからね?

 ユルテは長椅子の真ん中にオレをおろした。そして右側に座る。
 左にはファロンが座った。うん、椅子が一つしかなかったから、そうじゃないかと思ってた。

 座ってみると、椅子が低い。ちょっと食べにくそうだった。
 なんで姫様にあわせんのかね。この子が一番えらいんだろうに。

 テーブルの上には、料理が乗った大皿が4枚と飲み物が入ったボトルが2本あった。手前には取り皿と思われる小皿が多数。食器はそのすべてが銀色で、それぞれに細かい装飾がほどこされていた。

 美味しそうな料理を見せられて、早く食べたくなった。
 けど、勝手に食べるわけにはいかないのだ。食前に祈る習慣があったりするとまずい。

 焦れながらも、左右の様子をうかがう。
 侍女たちは手早く料理を大皿から小皿に取り分けていた。

 座ったままの姿勢で、遠くの皿からは魔法で料理を運んでいる。
 茶色いパテや、八つ切りにしたリンゴが宙を漂ってくるのは、なかなかに奇妙な光景だった。

 魔法で飛んできたリンゴを、ユルテがフォークで突き刺した。
 そしてオレの口のまえにもってくる。

 もうそれ、そのまま口に突っ込んでもいいんじゃね? フォーク必要なくね?
 と思ったが、なにかマナー的な問題があるんだろう。

 しかし、御飯も侍女に食べさせてもらうのか。
 これはもう、世話というより虐待の域に達しているんじゃあるまいか……。

 移動はお姫様抱っこ、服は侍女が着せ替え、食事は、はい、あーん。
 そりゃ、なにもできない子になるよ。完璧なダメ人間製造システムだ。

「ディニッサ様ー?」

 ファロンの声を聞いて、よけいな考えをふり払った。
 今は演技に集中しよう。

 リンゴをかじってみた。
 酸っぱい。かなり酸っぱい。わずかな甘さはあるものの、日本で食べているものとは比較にならない。でもこれが、本来の果物の味なのかな?

 次にファロンがパテを差し出してきた。肉のパテだが、なに肉かはよくわからない。一口食べると、こんどはユルテがでかい丸パンをちぎって食べさせてくれた。
 なかなか悪くないけど、パンにパテを挟んで食べたらもっと美味しい気がする。

 デカイ丸パン、二種類のパテ、野菜のジュレ、果物の盛り合わせ。
 三人で食べるにはすこし少ないような……。それともオレ一人分なのか?

 と、横をみるとユルテもファロンもバクバク食っていた。
 ユルテは一口が小さいが攻撃回数が多い。目に見えないスピードで腕が動いて、料理を口に運ぶ。ファロンは豪快にパテを一口で飲み込んでいた。

 あっという間に、料理は残り3分の1ほどに減ってしまった。
 それなりに食べてはいるものの、やや物足りないというところだ。
 体が小さいから、この程度が適量なのかな?

 ふと前を見る。
 すると、サービスワゴンを押す女の子がいた。

 ワゴンの上には、湯気の立ち上る大盛りの料理が乗せられている。
 香ばしい肉の焼ける匂いが、こっちまで漂ってきた。

 給仕の女の子も、やっぱり美人だった。
 瞳は深海のような濃い青。白く真っ直ぐな髪を、後ろで束ねている。
 羽や尻尾など人外的な特徴はない。ただ、青白い顔に儚げな印象を受けた。

 女の子はテーブルの脇までくると、無言で料理をテーブルの上に置いた。
 そして食べかけのパテやジュレの皿を、ワゴンの上に片付けはじめる。

「あっ」

 つい声を出してしまった。
 三人の視線が集中する。

「姫様、どうか、した?」

 白い髪の女の子が、不審げに声をかけてくる。

「い、いや、なんでもないのじゃ」
「……そう?」

 ナイトブルーの瞳が、オレを見つめている。
 なんだか心の奥を覗きこまれているようで、落ち着かない気分になった。

「……?」

 しばらく見つめあったあとで、彼女はもとの仕事にもどった。
 首をかしげながらワゴンを押していく。

 ……かなりあやしまれた気がする。

 けど仕方なかろうよ。
 日本人は、食べ物を残すなと教育されているんだから。

 こっちの世界では、料理を食べきるのはマナー違反なのかもしれないな。オレたちの世界でも中国はそうだし、たしかイギリスにもそんな習慣があったはず。

 白い髪の女の子がたち去ると、すぐに食事が再開された。
 今度は焼いた肉やら、魚のソテーやら、かなり重い料理が5皿並んでいた。なるほど、これがメインか。これなら三人でもお腹いっぱいになりそうだ。
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