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第5章 戦争、休憩、戦争

095 連戦13

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 大砲を失ってしまった。
 たぶん、ファロンが突撃した時にどこかに落としてしまったのだろう。探せば見つかるはずだが、無論そんな暇はない。

 ──パァン。
 前方から銃声が聞こえた。アカが攻撃を受けているのだ。アカの範囲攻撃は強力だが、消費魔力も多い。魔力が尽きれば、アカはただの的にしかならないだろう。

 しかし銃声は、一発きりで止まった。
 ムスペルヘイムは、思ったより敵弾薬に被害を与えてくれたのかもしれない。

 とはいえ、銃がないからアカが安全というわけではない。むしろ魔法攻撃をされる危険性が高まったとみるべきだろう。銃の利点は魔力を消費しないということであって、威力自体は魔法攻撃のほうが高いのだ。

「ディニッサさん、聞きなさい。この世界は間違っているのです!」

 蜘蛛女が何か喚いている。
 が、それどころではない。

 アカの炎で敵鉄砲隊が逃げ出してくれれば、と期待していたのだが、現実はそう甘くなかった。遠からず、アカは負けてしまうだろう。平民ならともかく、魔族が何百人もいてはアカに勝ち目はない。

「私はその間違いを正す特効薬を持っています。だから私に協力することが正しい行いなのです! 話を聞けば、ディニッサさんならきっとわかります」

 蜘蛛女は、鉄球を浴びせ続けられながらも話をやめない。
 その意気は買うが、話し合う気にはなれない。

 そもそも話がしたいなら、侵略する前に使者でも送ればよかったのだ。「うちには魔族が2000人いるから降伏しな」などと言われれば、素直に受け入れていたかもしれない。

 奇襲で一般人を殺しまくって、話し合いもクソもないだろう。第一、今だって大砲の弾が街に落ち続けているのだ。それで交渉に応じろなどと、虫のいい話だ。

 ──月読は失ったが、魔法の槍を連打すれば蜘蛛女は倒せる。
 けれど、蜘蛛女一人を倒したところでたいした意味はないだろう。

『シロ、アカを助けるのじゃ。アカの炎界に注意しつつ、アカが危なくなったら連れて脱出せよ。その後、北の森に隠れておくのじゃ』

 シロにアカ救出の指令を出した。
 炎界に耐えられるという意味では、オレが行くほうが良い。けれど、オレにはアカを連れて敵から逃げられる自信がなかった。

 その点、シロならなんとかしてくれるという信頼感がある。
 フェンリルの森林移動は、ほとんどの魔族の機動力を上回るし、シロならアカの巨体も軽々と運べる。

『食ベテ、イイ?』

『……そんな余裕があるとは思えんが。まあよし。敵の魔族なら好きなだけ食らうが良い。もちろん、味方の魔族や街の住人には手を出してはならぬ』

「ワン!」

 一声吠えるとシロは駈け出した。
 オレはファロンを抱えて飛び降りる。

「アコマ、来い!」
「ウォフ」

 ケルベロスを呼び寄せると、ファロンとともに飛び乗った。
 三つ首の魔犬は、シロほどではないがドッシリとして頼りがいがある。

 アカのことはこれでよし。問題はオレたちだ。
 アカたちが逃げ出せば、敵魔族はオレたちに向かってくるだろう。何か素晴らしい策でもないかぎり、戦えば負ける。

 ……やはりアカが敵を引きつけてくれているうちに、逃げ出してしまうべきだな。

「ヴァルヴァロ、魔族を5人選んで蜘蛛女を食い止めよ」
「……それは、この場で死ねと言っているのでしょうか?」

「そうではない。しばらく時を稼いでくれればそれでよい。危なくなったら北の町まで撤退せよ。わらわもフィアたちと合流した後、北の町にむかうつもりじゃ」

「そういうことなら。了解しましたわ、ここはお任せを」


 * * * * *


 ヴァルヴァロたちを残し、川を渡った。
 その後、川沿いに南へ急ぐ。目的はフィアたちを見つけることだ。

 正直、この戦いはもうダメだ。いったん体勢を建て直さなければ、どうにもならない。
 ……立て直したところでどうなるか、という疑いもあるが。

 一つの展望として、治癒固定を使った消耗戦を仕掛けるという策はあるだろう。
 オレたちの軍は毎日全力で戦えるため、長期戦に強い。オレとケネフェトは治癒固定を使えるが、一般魔族は仮治療しかできないために連戦が難しいのだ。

 ……まあ、あれだけいる敵魔族に、たった1人も固定魔法の使い手がいないという、都合のいい条件が揃えばの話になるが。

 より現実的な手段は、交渉による事態の打開か。
 しかし敵は、いきなり街を襲う無法者だ。異世界人らしき蜘蛛女などは、意味不明な発言ばかりしてくるし。まともな交渉ができるか、非常に心もとない。

「寒っ。なんだいこりゃあ。姫様、ここだけ北の大陸になっちまってるよ」

 ガラがデカイ身体を震わせた。
 彼女の言うとおり、ヴァロッゾ南東部は氷の世界と化していたのだ。
 家も道も凍りつき、川まで厚い氷で覆われている。

 見ると、銃を持ったまま凍りついた敵兵の姿もあった。
 何十か、何百か。すでに魔力の反応がないために、周囲一帯にどれだけ氷の彫像があるのかわからない。

 ──氷の像の間に、1人動く影があった。
 雪のように白い髪。それはシグネの姿だった。

 とすると、この状況を引き起こしたのはシグネだったということになる。
 魔王の娘とはいえ、シグネがこれほどの魔法を使えるとは思わなかった。

「シグネ、すごい魔法じゃな!」

 オレは弾む声でシグネに呼びかけた。
 けれど、彼女は反応しない。座り込んだ姿勢で、うつむいたままだった。

「ところで、他の者はどこにいるのじゃ?」

 やはり反応は無い。
 シグネは白い布を抱きしめたまま震えている。

「シグネ!」

 肩を掴んでシグネを引き起こした。
 彼女の顔を見て、オレは驚く。

「……だから、家に帰ろう、って言ったのに……」

 弱々しくつぶやくシグネ。彼女は泣いていたのだ……。

 白磁のような肌を、透明な液体が滑り落ちる。
 地に落ちた涙は、宝石のように固まり積もっていく。

 ──それは、いつかどこかで見た光景だった。

 心臓が一つ、大きく鳴った。

「「「いぃあぁぁ」「ギ、ギギ」「ア゛ア゛ア゛!」」」

 ……なにか、耳障りな音がする。
 考えなくてはならないことがあるはずなのに、うまく思考がまとまらない。

 そうしている間にも、さらに音は増していく。
 不快さから、オレは音の発生源を探ろうとした。
 しかし体がうまく動かない。

 ふいに、体が痛みだした。
 手や足や体中を、それぞれ誰かに引っ張られているような感覚だ。
 このままでは、体がバラバラになってしまうかもしれない。

 なにが起こっているのか、よくわからない。
 得体のしれない恐怖に包まれたまま、意識が薄れていく。

 ──そして、意識を失う寸前に気づいた。
 不快な音を出していたのは、オレ自身の口だったのだ……。
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