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第5章 戦争、休憩、戦争

094 連戦12

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 目の前には怒れるアカがいる。

 ──北の大陸で、宿に来た賊は家もろとも焼きつくされた。
 怪物が船を襲った時も、オレの制止を無視して船ごと焼き払おうとした。
 さきほどの戦闘中でも、オレの言葉を無視して魔族を食べようとした。

 アカは、命令を聞かないことがある。というより、昂ぶった状態なら、たいてい言うとおりにならない。この激怒状態のアカを鎮めることなど不可能だろう。
 ……こうなったら、なるべく被害を減らす方向で考えるしかない。

 ──アカをこの場で爆発させるのは論外だ。味方が壊滅する。
 となれば、敵陣だ。敵の鉄砲隊にぶつけてダメージを与えよう。

 オレはファロンの背中から離れ、シロに向かって駈け出した。
 シロの背中に飛び乗ると、アカの体を持ち上げる。

「ピ……?」

『シロ、バーンじゃ! わらわがアカを投げたら、前方に飛ばせ。目標300じゃ』
『バーン、ワカッタ! イッパイ、トバス!』

『いっぱいは飛ばさんでいい! あの赤い家のむこうにピッタリ落とすのじゃ』
『ピッタリ……!』

 オレの言葉に、シロが嬉しそうにした。
 おそらく、難しい目標が設定されて、シロのチャレンジ精神に火がついたのだろう。
 お遊び気分ではあるが、やる気になってくれたのは喜ばしいことだ。

『トス!』
「ワンッ!」
「ピッギャ……!?」

 オレが放り投げたアカを、シロが前足で叩く。
 まん丸いアカは、放物線を描いて敵陣に飛んでいった。

 ──着弾。そして、赤い炎が巻き起こる。
 理不尽な暴力まで浴びて、完全に怒り狂っているのだろう。火は周囲の家を燃やしながら急速に広がっていった。

「ワァンッ!」

 シロが自慢気に吠えた。それもそのはず、シロのシュートは、オレの指示通りの位置にピタリと落ちていたのだ。オレは、シロの背中を撫でて褒めてやった。

「なんということを! 自分の街に火を放つなど、正気とは思えません」

 蜘蛛女の声が聞こえた。
 いつの間にか、近くまで這い寄ってきたらしい。脚はすっかり再生し、元の姿になっている。

「……貴様に言われる筋合いはないのじゃ」

 言い返しはしたけれど、その声は弱々しかったかもしれない。
 蜘蛛女の言葉は、痛いところをついていたのだ。

 街から避難する者は大勢いたが、全員が逃げ出せたわけではないだろう。
 きっとアカが爆発したあたりにも、逃げ遅れた住民がいたはずだ。指摘されるまで、あえて意識しないようにしていたが、オレは罪もない人々を犠牲にしたことになる。

「ああ、やっぱり! 街の人を殺すことに、心を痛めているんですね。よかった。きっとそうだと思っていたんです。初めて見たとき、あなたとはわかりあえると感じていました!」
 蜘蛛女が言う。あいかわらず意味不明な言動で気持ち悪い。
 オレは、オレを守るように寄り添うファロンの後ろに隠れた。下にはシロ、前にはファロン。守りは完璧だ。

「一斉射撃! 鉄球を放て!」

 ファロンの影から命令を発した。オレが叫ぶと、背後の魔族たちが動き出す。
 蜘蛛女めがけて多数の鉄球が飛び、そのすべてが命中した。

「イタッ、痛いです! 話を聞いてって言っているでしょう!」

 蜘蛛女が悲鳴をあげる。
 蜘蛛の部分は痛みを感じないようだが、人型の上半身にはふつうに痛覚があるらしい。

「よし効いておるぞ! どんどん放て!」
「おお!」

 さらに鉄球が飛ぶ。
 どうやら味方の意気も上がっているようだ。鉄球攻撃の有用性を理解してくれたらしい。
「だから痛いって、言っているじゃないですか!」

 蜘蛛女が、尻から糸を撒き散らした。彼女を中心に、結界のように網が作られる。
 しかし鉄球を完全に防ぐことはできなかった。網を結びつけた家が脆いため、鉄球の衝撃をカバーしきれないのだ。

 ただし、こちらの攻撃も致命傷にはなっていない。
 蜘蛛女は、自分自身にも糸を巻き付けて、ダメージを軽減している。

 このままでも、いずれは蜘蛛女を倒せるだろう。
 だが、そんな悠長にしている余裕はない。混乱した敵鉄砲隊も秩序を取り戻すだろうし、他の敵部隊が集まってくるおそれもある。

「母様、月読を!」

 けれどオレには月読がある。
 あの大砲攻撃ならば、蜘蛛女に致命打を与えられるはずだ。

「月読……? あら? ……ごめんなさいアルディス。母様、カッとしてどこかに置いてきてしまったみたい」

 なんですと……!?

 シロの背中を見回したが、月読の姿はない。
 どうやらオレは、必殺武器を失ってしまったらしい……。
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