上 下
65 / 148
第3章 旧領へ。新たな統治

ルオフィキシラル領の刑罰

しおりを挟む
 汚い街を綺麗にするため、スラムの住人を使う。
 たいして金もかからないし、スラム民に仕事を与える事自体にも意義がある。

 貧乏ゆえに犯罪に走るものは多い。そうした民を働かさせれば、犯罪率の軽減も期待できるだろう。ただし、いくつかクリアしないといけない問題点もある。

「ご飯だけ食べて、逃げちゃう人もいるんじゃないかなー?」

 ファロンが口にした疑問は、オレの心配と一致した。
 そうやってズルする奴は必ず出てくるだろう。

「食い逃げは許さぬ。どれほど手間をかけても必ず捕まえて処分する。これにはシロたちが役立つはずじゃ。違反者は魔物に食い殺させると知らせておけば、そうそう食い逃げなどせんじゃろう」

 うまい汁だけ吸おうとするヤツを野放しにすると、制度自体が崩壊する。
 いくら費用がかかろうとも、しっかりと対処する必要がある。

 じっさいに、魔物に喰わせるという過度の罰を与えるかはともかくとして、そうやって脅しておけば十分な抑止効果があるはずだ。

「それで防げるでしょうか……」
「あれ? けっこうキツイ脅しじゃろ。食い逃げしただけで死ぬんじゃぞ?」

 しかしオレの言葉に、ケネフェトは首をかしげていた。
 命がけで食い逃げする奴なんて、まずいないと思うのだが……。

「絞首刑よりは魔物に食い殺されるほうが嫌でしょうけど、どちらにせよ死ぬことには変わりがないわけで……」

 ケネフェトが変なことを言った。
 それではまるで、元から食い逃げは死刑と決まっているようじゃないか。

「……犯罪者にはどんな罰があたえられるのじゃ。たとえば窃盗犯は?」
「犯罪を犯した者の身分によって、罰は変わるのですが、平民なら絞首刑ですね」

「強盗は?」「斬首刑です」
「詐欺は?」「絞首刑です」
「空き巣は」「車裂きです」
「大逆罪は」「釜茹での刑です」

 なんと、すべて死刑!
 ほとんどの犯罪が死刑につながるようだ。この世界全体がそうなのか、ルオフィキシラル領が特殊なのかは不明だが、とにかく厳しい罰則だった。

 こうなると「食い殺し」の脅し効果は、あまり無いと見るべきだろう。

「……魔族の場合はどうなるんじゃ? 減刑されるのかの」
「通常、魔族には自裁が許されています」

 自裁って、自殺のことだよな。結局死刑じゃねーか!
 この世界の法律は極端すぎる……。

「……気が変わったのじゃ。これより死刑は、どう考えても許されない極悪非道な犯人にのみ適用する。街で見つけた窃盗犯などは、捕らえて一箇所にまとめておくのじゃ」

 厳罰化には一定の効果がある。けれど、なんでもかんでも死刑では、デメリットが大きすぎる。「お腹が減ってパンを盗んでしまった。もうどうせ死刑なんだから好き勝手にやろう」などと重犯罪に手を染める者が出現しかねない。

 ……たぶん法律上死刑であるというだけで、じっさいに施行されることはあまりないんだと思う。兵士が少ないルオフィキシラル領で、完全な取り締まりができるわけがないし。

 が、それはそれで問題だ。
 いくら刑罰が重くても、捕まる可能性が低ければ犯罪の抑止にはつながらない。

 ──たとえばシンガポールは、ゴミのポイ捨てに厳しいことで有名だ。
 道端にゴミを捨てると、日本では信じられないような高額な罰金が取られる。
 だからガイドブックなどでは、清潔な街であると紹介されているのだ。

 が、実のところ、観光客が訪れるスポットを外れれば、ふつうにゴミが落ちている。タバコの吸い殻もそこら中にあり、とても理想的な「ファインカントリー」であるとは言い切れない。

 これは、取り締まり制度に起因する。有名な観光地近辺では厳しくチェックしているが、ふつうの住民が暮らす町では、それほど厳重な取り締まりはなされていない。というより人員の確保などの問題を考えれば、そもそもできるはずがない。

 このように刑罰は、その執行率が高まってこそ初めて有効になるのだ。
 たぶんルオフィキシラル領の罰則が重いのは、国力の低さも関係しているのだろう。少ない人員でカバーするために、過大な罰で脅しをかけているのだ。

 しかしすでにオレが兵員を大増強した。
 これからは罰則を緩めて、かわりに検挙率を高める方策に舵を切ろうと思う。

「それでは、捕まえた者の食事やら見張りやらで大変ですぞ。そうまでしてなにか利益がありますかな?」

 ガーナンが、オレの案のデメリットについて指摘してきた。
 やはり商人らしく、かかる費用について気になるようだ。

「捕まえておくのは一時的な措置じゃ。すぐに使いみちができる。……はずじゃ」

 この世界には奴隷制度がない。
 ならオレがかわりに、犯罪者による強制労働システムを作ってやろう。
 捕まえた犯罪者を、タダでこき使ってやるのだ!

 魔王会議ではあくまで、人身売買を禁止していただけのはずだ。
 犯罪者をオレの領内で働かせるだけなら問題なかろう。

「ノランに街の巡回兵を増やすように伝えよ。犯罪者を厳しく取り締まれ。場合によってはシロたちの力を使っても良い」

 シロたちの嗅覚は、犯罪捜査に効果的だろう。
 そうやって力を示せば、ユルテも文句を言わなくなるはずだ。今のところシロたちは、役に立たない無駄飯食いと認定されている。

 シロたち自身のためにも、オレの心の平穏のためにも、ぜひとも魔物軍団には活躍してもらいたいところだ。

 ……けど、ヘルハウンドがちゃんと言うことを聞いてくれるかな?
 シロよりさらに知能が低いようだし、多少の不安はある。うまく働かせられるよう、しっかりと訓練していく必要がありそうだ。

 警察犬の調教って、どうやってるのかなあ。
 今度陽菜に調べてもらおう……。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

俺のスキルが無だった件

しょうわな人
ファンタジー
 会社から帰宅中に若者に親父狩りされていた俺、神城闘史(かみしろとうじ)。  攻撃してきたのを捌いて、逃れようとしていた時に眩しい光に包まれた。  気がつけば、見知らぬ部屋にいた俺と俺を狩ろうとしていた若者五人。  偉そうな爺さんにステータスオープンと言えと言われて素直に従った。  若者五人はどうやら爺さんを満足させたらしい。が、俺のステータスは爺さんからすればゴミカスと同じだったようだ。  いきなり金貨二枚を持たされて放り出された俺。しかし、スキルの真価を知り人助け(何でも屋)をしながら異世界で生活する事になった。 【お知らせ】 カクヨムで掲載、完結済の当作品を、微修正してこちらで再掲載させて貰います。よろしくお願いします。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

処理中です...