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第5章 戦争、休憩、戦争
082 初陣9
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ゲノレの街を出たオレたちは、いったんルオフィキシラル城に立ち寄っていた。
急いでヴァロッゾに向かうという選択もありえたが、ゲノレの街に寄り道したこともあり、戦いには間に合わないと判断したのだ。
フィアには、無理をするなと言ってある。戦闘が思わしくなければすぐに撤退しているはずだった。撤退地点は、ヴァロッゾとルオフィキシラリアの間にある小さな町。つまりフィアたちが逃げれば、ヴァロッゾは敵に占領されることになる。
話で聞く限りでは、占領軍が住人をむやみに殺すことはないようだ。
だが死者が出ないとは考えられないし、そのほか多くの犠牲が出るだろう。
この件に関しては、民になんと罵られても文句は言えない。街を守る責務を放棄してよい、と命令しているのだから。けれどオレにとっては、フィアたちの安全の方がより重要なんだ。
──通常なら、ヴァロッゾ周辺の占領に数日はかかるはずだ。
が、敵が魔族だけで追撃をしてくる可能性もある。そうなったら、さらに城まで撤退するように指示してあった。
しかしフィアたちは城に戻っていなかった。
フィアたちは、今どうしているだろう……?
中間点の町まで撤退している可能性が一番高い。この場合、あせる必要はない。フィアたちが城まで逃げてきていない以上、敵はヴァロッゾ占領を優先していることになるからだ。ゆっくりフィアたちと合流すればよい。
ヴァロッゾの東で、敵と睨み合っていることもありえる。敵はアッフェリ軍の分隊と、ラー、ルーの連合軍だ。彼らの仲がこじれれば、戦闘開始が遅れることも無いとは言い切れない。……かなり甘い見通しではあるが。
この場合は、すばやい行動が求められる。援軍が遅れれば、フィアたちが撤退に追い込まれる危険性が高まる。逆に睨み合っている状態で、オレたちが到着できれば、戦わずに勝利を得られる公算が高い。
フィアたちがすでに敵を撃破しているという可能性も……ある、のかな?
戦力的には無理そうだけど。まあこのケースは考える必要がない。もう勝っているなら、どんなことをしてもたいした失点にはならない。
……フィアたちがすでにやられている。これは無い、はずだ。
戦うのは無理でも、逃げるだけならそう難しくない。逃走に専念した魔族を仕留めるのは困難なのだから。
* * * * *
オレはフィアたちが、撤退したことを想定して動くことにした。
「トレッケ、そなたは集団戦闘訓練をやっておったかの?」
「集団……? ああ、フィア殿がそのようなことを言っていたな。だが吾輩たちはそのような訓練はやっていないのである。すでに吾輩の一族は、完璧な意思疎通が可能であるがゆえに」
……嘘つけ。そう突っ込みたかったが、口には出さなかった。
さっきの戦闘を見る限り、トレッケたちは各自が勝手に動いているだけだった。
あれでは戦闘部隊とは、とても言えない。ただの烏合の衆だ。
たぶんそうだろうと思っていたが、やっぱり訓練に参加していなかったか。
残念だけどしかたない。どうせ新規加入メンバーが大勢いるのだから、勢いでなんとか戦ってみるよりほかないだろう。
「……ならば、投球訓練はしたことがあるかの?」
「投球……? ああ、あの玉遊びであるか。ディニッサ殿、戦いは、いまだ半ば。遊びの話は、いますこし我慢するべきであるな」
……ぶん殴りたくなった。
もちろんオレは遊びの話などしていない。戦争の話をしている。
射撃魔法は効率が悪い。攻撃側が消費する魔力と、防御側が消費する魔力に大差がないからだ。誘導弾の場合は、攻撃側の魔力消費の方が多いなどというバカバカしい事態もおこりうるほどだ。
効率が良いのは接近戦。けれど遠距離攻撃の手段も欲しい。
だから、鉄球を作って投げつけることにした。
鉄球の大きさは野球ボールくらいで、重さは1kgくらいか。
こんなものでも、魔族の馬鹿力で投げれば十分な威力になる。なにせ拳大の鉄の塊が、銃弾なみの速度で飛ぶのである。
弾作製に魔力がいらないため、消費魔力は格闘とたいして変わらない。それでいて高威力。どうしてほかの魔族がやっていないのか不思議なくらいの戦法だ。
ちなみにオレの大砲も、砲弾を鍛冶屋に作ってもらえば、消費魔力を抑えることはできる。しかし砲の構造上難しい。砲身に弾を詰めるのに時間が掛かり過ぎるのだ。
* * * * *
城の中庭に魔族たちを集めた。
ヘルハウンドたちには、食事と休息をとらしている。まだ昼にはすこし速いが、つぎにいつ休めるかわからないから。
「さて、皆に言っておく。我が軍においては、射撃魔法を禁ずる。代わりに使うのが──コレじゃ!」
そう言って、魔族たちに鉄球を見せつける。
しかし反応は芳しくなかった。
「……あの、ディニッサ様、その玉をどうするつもりなんでしょうか……?」
「むろん、敵に投げつけるのじゃ!」
ここまで説明しても、やはり反応が鈍い。白けた空気がただよっている。
「ワンッ、ワンワンッ」
ふいに中庭のすみから吠え声が聞こえた。
シロだ。魔族たちがビクリと身をすくませる。
シロは、それまで食べていた肉を放り出して駆け寄ってきた。
尻尾をブンブン振ってハイテンション状態になっている。
……どうも鉄球を見たことで、遊んでもらえると勘違いしているようだった。
「あー。すまぬがシロよ、そなたと遊んでいる暇はないのじゃ」
ボール投げは、シロが大好きな遊びの一つだ。なにが楽しいのかわからないが、延々とやりたがる。あまりにしつこいので、一度嫌がらせに山の彼方にボールを投げ捨ててやったことがある。だがそれでも、嬉々として拾ってきたほどのボール投げ愛好家だ。
けれど当然のことながら、今は遊んでいる場合ではない。
すげなく断られたシロだが、しかし簡単には諦めない。
ドレスの裾を噛んで異議を唱えてきた。
『1回、ダケ』
「……わかったのじゃ。1回だけじゃぞ?」
オレはワインドアップポジションから、足を振り上げ、鉄球を投げた。
鉄球は城壁に向かって飛んで行く。手加減しているので、分厚い城壁を壊すほどの威力はないはずだ。
だが鉄球は壁にはぶつからなかった。投球と同時に走りだしたシロが、空中でキャッチしたためだ。シロは鉄球を口にくわえたまま、オレのもとに戻ってくる。
尻尾をパタパタ振って、いかにも誇らしげな様子だった。
「よーし、よし。よくやったのじゃ」
「ワン!」
ヨダレまみれの鉄球を受け取り、魔族たちに向き直った。
……シロが来たせいか、若干輪が大きくなって、オレから距離をとっているような気がする。
「見たな? こうやって攻撃するわけじゃ」
オレの実演を見たあとでも、彼らの表情は晴れなかった。
とまどったまま、お互いに顔を見合わせている。
しばらくして、女オーガがおずおずと手を挙げた。
「なんじゃ? 質問なら心置きなくするがよい。ちなみにアンダースローといってな、こう下から──」
「あ、あのディニッサ様。なんでそんな、みっともない事しなくちゃいけないんだい? まるで平民みたいじゃないか。たとえばあたしなら、そんな鉄の玉、魔法で作れるよ」
声には出さないが、ほかの魔族も同様の意見らしい。
かすかに頷いている者もいる。
……やはり厳密に魔力消費量を考えている魔族は少ないようだ。
が、それもしかたないのかもしれない。
すぐに消える攻撃魔法なら、消費魔力はたいしたことがない。鉄球の実物を作る手間と費用のほうが無駄だというのが彼らの考えなのだろう。その延長で、投石に対する忌避感まで生まれていたのは意外だったが。
「理由はあるが、説明している暇はないのじゃ。ゆえに今は、黙って言うことを聞いてもらいたい」
その時、シロがまたドレスをひっぱった。
『ママ、1回、ダケ』
始まった。シロの「1回だけ」はまるで信用できない。
そう言えば何回でも遊んでもらえる魔法の言葉だと思っている気配すらある。
オレは、月読の砲口に鉄球を詰めた。鉄球のほうが大きいために中には入らないが、なんとか発射はできるはずだ。斜め四十五度に大砲を構える。
『水素作製、酸素作製、砲身強化、──着火』
あらかじめ最適化した呪文がないために、一つ一つの工程を頭に思い浮かべて魔法を使っていった。
ドンッという轟音とともに、鉄球が飛ぶ。城壁を越え、はるか北のかなたにボールが消えていった。ボールを追いかけてシロが走っていく。今度はさすがのシロでも、すぐには持って帰れないだろう。
──オレは、さりげなく魔族たちの様子を眺めてみた。
シロがいなくなったとき、彼らがどう反応するか気になったのだ。
この隙に反抗したり、逃げ出したりしようとする魔族はあらわれなかった。
「ふぅ……」
少し疲れた。
こうも人を疑ってすごすというのは、精神的負担がおおきいようだ。邪推ばかりしているようで、自己嫌悪に陥りそうになる。
だけど、細心の警戒をもって望むべきという決意に変わりはない。
かかっているのは、オレの命だけではないのだから。
「よし、それぞれ壁の印を鉄球で狙うのじゃ。三回成功した者から休憩に入ってよい。ただしこの中庭から出ることは禁じる」
「ふむ。吾輩には、この玉遊びにどんな意味があるのかわからん。だが、ああも見事に敵軍を屠ったディニッサ殿のやることである。ここは素直に従おう」
まずトレッケが鉄球をつかみ壁に投げた。続いて彼の部下が。
釣られるように他の魔族も投球練習に入ってくれた。納得はしていないのだろうが、逆らわないならそれでいい。
「──えっ?」
声が漏れた。突然後ろからタックルをくらったのだ。
そのまま地面に押し倒される。おそるべき力で、それだけで相手が平民ではなく魔族なのだとわかる。
理解できなかった。配下の魔族はすべて視界におさまっていたのだ。
それなのに、どうして魔族が……!?
急いでヴァロッゾに向かうという選択もありえたが、ゲノレの街に寄り道したこともあり、戦いには間に合わないと判断したのだ。
フィアには、無理をするなと言ってある。戦闘が思わしくなければすぐに撤退しているはずだった。撤退地点は、ヴァロッゾとルオフィキシラリアの間にある小さな町。つまりフィアたちが逃げれば、ヴァロッゾは敵に占領されることになる。
話で聞く限りでは、占領軍が住人をむやみに殺すことはないようだ。
だが死者が出ないとは考えられないし、そのほか多くの犠牲が出るだろう。
この件に関しては、民になんと罵られても文句は言えない。街を守る責務を放棄してよい、と命令しているのだから。けれどオレにとっては、フィアたちの安全の方がより重要なんだ。
──通常なら、ヴァロッゾ周辺の占領に数日はかかるはずだ。
が、敵が魔族だけで追撃をしてくる可能性もある。そうなったら、さらに城まで撤退するように指示してあった。
しかしフィアたちは城に戻っていなかった。
フィアたちは、今どうしているだろう……?
中間点の町まで撤退している可能性が一番高い。この場合、あせる必要はない。フィアたちが城まで逃げてきていない以上、敵はヴァロッゾ占領を優先していることになるからだ。ゆっくりフィアたちと合流すればよい。
ヴァロッゾの東で、敵と睨み合っていることもありえる。敵はアッフェリ軍の分隊と、ラー、ルーの連合軍だ。彼らの仲がこじれれば、戦闘開始が遅れることも無いとは言い切れない。……かなり甘い見通しではあるが。
この場合は、すばやい行動が求められる。援軍が遅れれば、フィアたちが撤退に追い込まれる危険性が高まる。逆に睨み合っている状態で、オレたちが到着できれば、戦わずに勝利を得られる公算が高い。
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* * * * *
オレはフィアたちが、撤退したことを想定して動くことにした。
「トレッケ、そなたは集団戦闘訓練をやっておったかの?」
「集団……? ああ、フィア殿がそのようなことを言っていたな。だが吾輩たちはそのような訓練はやっていないのである。すでに吾輩の一族は、完璧な意思疎通が可能であるがゆえに」
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あれでは戦闘部隊とは、とても言えない。ただの烏合の衆だ。
たぶんそうだろうと思っていたが、やっぱり訓練に参加していなかったか。
残念だけどしかたない。どうせ新規加入メンバーが大勢いるのだから、勢いでなんとか戦ってみるよりほかないだろう。
「……ならば、投球訓練はしたことがあるかの?」
「投球……? ああ、あの玉遊びであるか。ディニッサ殿、戦いは、いまだ半ば。遊びの話は、いますこし我慢するべきであるな」
……ぶん殴りたくなった。
もちろんオレは遊びの話などしていない。戦争の話をしている。
射撃魔法は効率が悪い。攻撃側が消費する魔力と、防御側が消費する魔力に大差がないからだ。誘導弾の場合は、攻撃側の魔力消費の方が多いなどというバカバカしい事態もおこりうるほどだ。
効率が良いのは接近戦。けれど遠距離攻撃の手段も欲しい。
だから、鉄球を作って投げつけることにした。
鉄球の大きさは野球ボールくらいで、重さは1kgくらいか。
こんなものでも、魔族の馬鹿力で投げれば十分な威力になる。なにせ拳大の鉄の塊が、銃弾なみの速度で飛ぶのである。
弾作製に魔力がいらないため、消費魔力は格闘とたいして変わらない。それでいて高威力。どうしてほかの魔族がやっていないのか不思議なくらいの戦法だ。
ちなみにオレの大砲も、砲弾を鍛冶屋に作ってもらえば、消費魔力を抑えることはできる。しかし砲の構造上難しい。砲身に弾を詰めるのに時間が掛かり過ぎるのだ。
* * * * *
城の中庭に魔族たちを集めた。
ヘルハウンドたちには、食事と休息をとらしている。まだ昼にはすこし速いが、つぎにいつ休めるかわからないから。
「さて、皆に言っておく。我が軍においては、射撃魔法を禁ずる。代わりに使うのが──コレじゃ!」
そう言って、魔族たちに鉄球を見せつける。
しかし反応は芳しくなかった。
「……あの、ディニッサ様、その玉をどうするつもりなんでしょうか……?」
「むろん、敵に投げつけるのじゃ!」
ここまで説明しても、やはり反応が鈍い。白けた空気がただよっている。
「ワンッ、ワンワンッ」
ふいに中庭のすみから吠え声が聞こえた。
シロだ。魔族たちがビクリと身をすくませる。
シロは、それまで食べていた肉を放り出して駆け寄ってきた。
尻尾をブンブン振ってハイテンション状態になっている。
……どうも鉄球を見たことで、遊んでもらえると勘違いしているようだった。
「あー。すまぬがシロよ、そなたと遊んでいる暇はないのじゃ」
ボール投げは、シロが大好きな遊びの一つだ。なにが楽しいのかわからないが、延々とやりたがる。あまりにしつこいので、一度嫌がらせに山の彼方にボールを投げ捨ててやったことがある。だがそれでも、嬉々として拾ってきたほどのボール投げ愛好家だ。
けれど当然のことながら、今は遊んでいる場合ではない。
すげなく断られたシロだが、しかし簡単には諦めない。
ドレスの裾を噛んで異議を唱えてきた。
『1回、ダケ』
「……わかったのじゃ。1回だけじゃぞ?」
オレはワインドアップポジションから、足を振り上げ、鉄球を投げた。
鉄球は城壁に向かって飛んで行く。手加減しているので、分厚い城壁を壊すほどの威力はないはずだ。
だが鉄球は壁にはぶつからなかった。投球と同時に走りだしたシロが、空中でキャッチしたためだ。シロは鉄球を口にくわえたまま、オレのもとに戻ってくる。
尻尾をパタパタ振って、いかにも誇らしげな様子だった。
「よーし、よし。よくやったのじゃ」
「ワン!」
ヨダレまみれの鉄球を受け取り、魔族たちに向き直った。
……シロが来たせいか、若干輪が大きくなって、オレから距離をとっているような気がする。
「見たな? こうやって攻撃するわけじゃ」
オレの実演を見たあとでも、彼らの表情は晴れなかった。
とまどったまま、お互いに顔を見合わせている。
しばらくして、女オーガがおずおずと手を挙げた。
「なんじゃ? 質問なら心置きなくするがよい。ちなみにアンダースローといってな、こう下から──」
「あ、あのディニッサ様。なんでそんな、みっともない事しなくちゃいけないんだい? まるで平民みたいじゃないか。たとえばあたしなら、そんな鉄の玉、魔法で作れるよ」
声には出さないが、ほかの魔族も同様の意見らしい。
かすかに頷いている者もいる。
……やはり厳密に魔力消費量を考えている魔族は少ないようだ。
が、それもしかたないのかもしれない。
すぐに消える攻撃魔法なら、消費魔力はたいしたことがない。鉄球の実物を作る手間と費用のほうが無駄だというのが彼らの考えなのだろう。その延長で、投石に対する忌避感まで生まれていたのは意外だったが。
「理由はあるが、説明している暇はないのじゃ。ゆえに今は、黙って言うことを聞いてもらいたい」
その時、シロがまたドレスをひっぱった。
『ママ、1回、ダケ』
始まった。シロの「1回だけ」はまるで信用できない。
そう言えば何回でも遊んでもらえる魔法の言葉だと思っている気配すらある。
オレは、月読の砲口に鉄球を詰めた。鉄球のほうが大きいために中には入らないが、なんとか発射はできるはずだ。斜め四十五度に大砲を構える。
『水素作製、酸素作製、砲身強化、──着火』
あらかじめ最適化した呪文がないために、一つ一つの工程を頭に思い浮かべて魔法を使っていった。
ドンッという轟音とともに、鉄球が飛ぶ。城壁を越え、はるか北のかなたにボールが消えていった。ボールを追いかけてシロが走っていく。今度はさすがのシロでも、すぐには持って帰れないだろう。
──オレは、さりげなく魔族たちの様子を眺めてみた。
シロがいなくなったとき、彼らがどう反応するか気になったのだ。
この隙に反抗したり、逃げ出したりしようとする魔族はあらわれなかった。
「ふぅ……」
少し疲れた。
こうも人を疑ってすごすというのは、精神的負担がおおきいようだ。邪推ばかりしているようで、自己嫌悪に陥りそうになる。
だけど、細心の警戒をもって望むべきという決意に変わりはない。
かかっているのは、オレの命だけではないのだから。
「よし、それぞれ壁の印を鉄球で狙うのじゃ。三回成功した者から休憩に入ってよい。ただしこの中庭から出ることは禁じる」
「ふむ。吾輩には、この玉遊びにどんな意味があるのかわからん。だが、ああも見事に敵軍を屠ったディニッサ殿のやることである。ここは素直に従おう」
まずトレッケが鉄球をつかみ壁に投げた。続いて彼の部下が。
釣られるように他の魔族も投球練習に入ってくれた。納得はしていないのだろうが、逆らわないならそれでいい。
「──えっ?」
声が漏れた。突然後ろからタックルをくらったのだ。
そのまま地面に押し倒される。おそるべき力で、それだけで相手が平民ではなく魔族なのだとわかる。
理解できなかった。配下の魔族はすべて視界におさまっていたのだ。
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