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第5章 戦争、休憩、戦争

081 初陣8

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 シロの背に乗り、落とし穴から脱出した。
 草の匂いを含んだ風が吹き抜ける。狭苦しい場所から解放され良い気分だ。

 砦は跡形もなく消え失せていた。残っているのは土塁と堀だけ。砦を構成していた建材は、すべて穴に落ちていったようだ。パソコンもないのに、こうまで完璧に計算して始末できるとは。

 ドワーフは器用な建築家だと聞いていた。だがこの仕事は、そういう域を遥かに凌駕している。間違いなく、責任者の中に天才と呼べる人物がいる。今は余裕が無いが、戦争が終わったらじっくり話を聞いてみよう。

 そう。戦争が終わったら、だ。まだ戦いは終わっていない。
 とはいえ、敵の主力は撃退できた。現段階では、こちらが圧倒的に優勢になったと言っていい。

「ゲノレの街に魔族は残っておるのか?」
「は、はい、5名ほど残っているはずです」

 ケンタウロスの一人が怯えた様子で答えた。
 街に5人。予備兵力というには少なすぎるようだが……。

「フ、甘く見られたものじゃな。こちらはありったけかき集めた戦力で挑んでおるというのに」

「い、いえ、残っている者は、戦いに向かない魔族ですし、街の守りに最低限そのていどの人数は必要かと……」

 ……気をつかってはいるんだろうが、「最低限5人」ってオレに対する煽りでもあるよな。こっちは、ヴァロッゾやテパエの街なんかを、たった一人の魔族で管理してたんですけど。

「リナト」
「はいッ」

 トレッケ一族の名を呼んだ。もっとも若く、下っ端のバードマンだ。

「宿泊地に飛べ。兵士たちを至急ゲノレに向かわせよ。ドワーフとコボルトには、ルオフィキシラル城で報酬を受け取れと伝えよ。伝令が終わったら、一般兵は待たずにそなただけでゲノレへ急げ」

「はっ、ただちに」

 リナトが西に向かって走っていく。
 ……そうか、飛ばないのか。鳥人間が地面を走る姿は、すこし間抜けだった。
 でも飛行は消費魔力が多すぎるからしかたないのか。

「みな、ヘルハウンドに乗れ。これよりゲノレの街に向かう」

 街の占領には平民兵の力がいる。けれど彼らの移動を待っていては、時間がかかりすぎる。だからオレたちが先行して、敵勢力を排除するのだ。

「……ディニッサ、いや、ディニッサ様、このケダモノに乗れと言ったように聞こえたのですが。私の気のせいでしょうね?」

「気のせいではないのじゃ。早く乗れ。『ケダモノの背』が嫌なら、『ケダモノの腹の中』という特等席を用意してやってもよいのじゃぞ?」

 一瞬空気が揺れ、あわてて魔族たちがヘルハウンドに乗っていく。
 今度はヘルハウンドたちが、嫌そうな唸り声を上げた。しかしシロが吠えるとおとなしくなる。

 魔族は魔物に乗るのが嫌いだし、魔物も人に乗られるのは嫌いなようだ。
 だが今は、連中の好き嫌いに関わっていられない。せめて移動に使う魔力を減らして魔族たちの回復を図る必要がある。

「……あー、まてまて。四足系の魔族は無理に乗らなくてもよいのじゃ」

 ケンタウロスたちまでもが騎乗しようとしていた。常識で考えればわかりそうなものだが、脅しがききすぎたようだ……。


 * * * * *


 ゲノレの街についたオレたちは、まっさきに居残りの魔族を捕まえた。
 無条件降伏か、シロの餌になるかと迫ったところ、5人全員が「快く」オレの配下に加わってくれた。

 その5人は、いずれも豊富な実務経験を持っていた。中には300年という長期にわたって行政に携わった者などもいて、彼らに任せれば街の管理は問題なくおこなえただろう。

 けれど、その方法は取らなかった。降伏したばかりの者に権力を与える気にはなれなかったのだ。疑り深すぎるだろうか? だがまあ、経験にないことをしているのだから、慎重にいったほうが良いだろう。

「リナト、そなたにこの街は任せるのじゃ」
「私が、ですか?」

「そんな心配そうな顔をするな。戦争が終わるまでのことじゃ。そなたは治安維持にだけ注意しておけばよい」

 街はリナトに任せて、他の魔族は援軍に向かわせる。たった一人を街に残すことになるが、問題はないとみている。街の管理は、これまでいた平民の役人をそのまま使えばよい。人員整理は必要だが、それは戦後のことだ。

 ゲノレがすぐに攻められるという可能性も低い。ゲノレの隣接領では、一般兵の動員がされていない。ゲノレ失陥が伝わり、それから兵を集めて、最低でも1週間ていどの猶予はあるはずだった。

「治安維持ということは、ケンタウロスたちへのアレも止めるという……?」
「ん……」

 リナトの質問に口ごもってしまった。
 それはオレ自身もどうするべきか悩んでいる項目だったからだ。

 当然のことながらアッフェリ軍も、平民兵の準備を整えていた。戦場が街のそばであるために、まだ進発はしていなかったが、数千の軍勢が荷駄とともに出発をまっていたのだ。

 街に入った時、かれら一般兵が攻撃をかけてくるのでは、と警戒していた。
 アッフェリ軍の一般兵は、そのほとんどがケンタウロスだ。彼らの同族にかける思いからすると、戦闘になる可能性は高いとふんでいたのだ。

 だがじっさいには、反抗の様子は一切見られず、ただ呆然と、あるいは絶望にうなだれているだけだった。優勢だったはずのアッフェリ軍が壊滅したことで、彼らの士気は完全に潰えたようだった。

 しかしそれとは別に、意外な事態がおこった。いや、戦いの後にはよくあることで、意外というよりオレがうかつだっただけなのだろうが……。

 ゲノレの住人が、ケンタウロスに襲いかかったのだ。
 ケンタウロスたちは兵士として鍛えられている。だが、すでに武装解除されており、気落ちしていることもあり、なすすべもなく市民の私刑をうけていた。

 法治国家を目指すならば、たとえ元敵であろうと、法によらない罰など受けさせるべきではない。……それはそうなのだが、住人の話を聞くと悩みもする。ケンタウロスたちは、アッフェリの威を借りて傍若無人な振る舞いをしていたらしい。

 金を強奪された、娘が犯された、子供が殺された、酒代も食事代も払わない。
 ケンタウロスたちの犯した罪は枚挙にいとまがない。ゲノレの住人が復讐を望む気持ちも理解できるし、無理に止めると住民感情が悪化する可能性が高い。

 といって、統治者としてリンチを認めるのはまずいだろう。だから、できることならオレに答えさせずに、うまくおさめて欲しかった。経験の浅い、若いバードマンにそこまで望むのは無理だったようだが。

「……そなた一人で暴動のすべては処理しきれまい。わらわの軍が到着してから、協力して乱を鎮めよ。なるべく住民を傷つけないようにな」

「こちらの一般兵が到着するまでに、ケンタウロスが反撃にうつった場合は、どのように対処すればよいでしょう?」

 ……だから聞くなよ。
 まわりには魔族たちや、平民の役人がいる。あまりあからさまに態度を表明したくないんですけど。とくに迷っている今は。

 リナト君は空気が読めない子だな。たぶん真面目で、課された大役をうまくこなそうとしているんだろうけど。オレは、つい横のトレッケを見た。コイツの教育が良くないんだ、とやつあたりしたくなる。

「よく気づいたな、リナト。己の役割を把握した質問である」
「は、はい、ありがとうございます、トレッケ様!」

 ……そうかぁ、トレッケからしてこうなのかあ。
 リナトを褒めるトレッケを見て、ちょっと絶望的な気分になる。こいつらには政治とかは、任せられそうもない。

 ふとまわりを見ると、微笑んでいる女がいた。
 サキュバス系の女魔族で、たしか名前はヴァルヴァラ。ゲノレの文官をやっていた5人のうちの一人。商業部門を担当していたはずだ。

 オレの視線に気づくと、彼女はすぐに笑みを消した。
 文官歴が長いだけあって、オレの微妙な気持ちに気づいるらしい。

(テメー、今、嘲笑ったな? 調子に乗ってると、シロの餌にすんぞ)

 と、目で語ってみた。
 脅しであり、同時に、なんとかしてくれというお願いでもある。
 果たして彼女は、もう一度微笑むと手を挙げた。

「ディニッサ様、新参者ですが、意見を述べてもよろしいでしょうか」
「許すのじゃ」

「ありがとうございます。ケンタウロスたちが住人を襲うなら、それはディニッサ様への反逆となります。絶対に許してはいけないでしょう」

「ということは、ようするに私は、ケンタウロスが動いたら殺せばいいのか」

 リナトの返事を聞いて、ヴァルヴァロが笑みを深くした。
 おそらく「このバカが」とでも思っているのではないか。

 そもそも彼女の意見はおかしいのだ。
 ケンタウロスの暴力が許されないなら、住民のケンタウロスへの暴力も許されないはずだ。ケンタウロスたちはすでに降伏して、オレの支配下にあるのだから。

「そうですね。リナト様の仰るとおり、ケンタウロスの暴挙は止めなくてはいけません。しかし為政者としては、そのような事態をあらかじめ防ぐことを考えるべきではないでしょうか?」

「然り。卓見である!」

「ですから、リナト様がみなに見える位置から監視しておいたらどうでしょう。リナト様の姿を見れば、彼らが愚かな行為に走ることもないかと。まあ、威嚇のために何度か魔法を放ってもよいでしょうね」

 ……解決策としてはどうだろう。
 まあ、まったく効果がないわけではない。屈強なケンタウロスが抵抗もせずにボコられているのは、オレたち魔族を恐れているという側面もあるから。

 リナトが見張っていれば、ケンタウロスがこのまま耐え続ける可能性もある。
 住人側の攻撃も多少は抑制する効果があるかもしれない。ただ、完全とはほど遠い案だ。

 ヴァルヴァロとしては、本気で暴動を防ぐ気はないのだろう。防ぐ努力をしたと見せかけられればそれでいい。それはまさにオレが望んでいることでもあった。

 ゲノレの民が十年間もいじめられ続けていたことを思えば、ここで多少のガス抜きをしてやる必要はあるだろう。すでに暴行を受けたケンタウロスには死者まででているし、さらに犠牲は増えるだろうが、それはもう自業自得だと諦めてもらう。

「それでは任せたのじゃ。リナト以外はヘルハウンドに乗れ。急いで城に戻る」

 ヴァルヴァロと目があった。花が咲いたように微笑む。
 ……なんとなく、さっきの微笑も、思わず漏れたのではなく、オレの注意をひくためにわざとやったもののような気がしてきた。

 有能な部下が増えたと喜ぶべきか、油断のならない部下ができたとおそれるべきか。さて、未来のオレはどう判定をくだすのかな……。
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