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第5章 戦争、休憩、戦争

080 初陣7

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 薄暗い落とし穴の底。動く者はもういない。
 抗戦を選んだ敵魔族は死に絶えていた。アカの炎界で削られた上に、酸欠状態にまでおちいっているんだ。シロに勝てるわけがない。

 敵魔族は生きながら喰われていった。
 しかしそんな凄惨な光景を見ても、オレの心は平静を保っている。「かわいそうに」という言葉は思い浮かんだが、それはどこか他人事だった。

 これでこの場に残っているのは、降伏した魔族だけだ。
 彼らはへたりこんで身じろぎもしない。オレがみつめると、怯えたように目をそらす。しかしその瞳には恐怖だけでなく、わずかな敵意もあるように感じた。

 そうだな。オレは魔族を喰っていいと、シロたちに指示した。
 そんなことをしておいて、彼らに信頼や愛情を望むのは無理だろう。

 となると力と恐怖で支配していくしかないが、難しい。
 今回はたまたま策がはまっただけで、実力的にこちらが優位なわけじゃない。
 とにかく注意をおこたらず様子をみるしかないか……。

 とりあえず全員かなりの回数「死んだ」から、すぐに歯向かったりはしないはずだ。残り少ない魔力ではシロに勝てないし、負ければどうなるかわかっているのだから。

「シロ、アカ、よくやったのじゃ」

 これでひとまずケリがついた。ゲノレでの戦いは終了だ。

「ピ……ピギャ!」
「グルルル……!」

 ──けれどもシロたちにとっては、まだ終わっていなかったらしい。
 興奮状態はおさまっていない。

「ま、待つのじゃ! その者たちは、もう敵ではない」

 オレの言葉が届いたのかどうか。どちらにせよシロたちは、さしたる反応を見せなかった。ヨダレをたらしながら、降伏した魔族たちを見つめている。
 まるで人肉の味をおぼえた熊のようだ。生半可なことでは止まりそうもない。

 予想外の危機だ。
 無理に止めようとすると、シロたちとの関係がどうなるかわからない。あるいはオレのことも敵とみなして襲いかかってくるか? それが無いとは言いきれない。

 アッフェリ軍を見捨ててシロたちの餌にする。それが賢い選択のように思える。
 万が一にもシロたちと争うわけにはいかないし、降伏した魔族の扱いも難しいのだから。

 捕虜を魔物に喰わせるなど外道の行為だが、さいわいにもここには部外者がいない。彼ら全員が喰われてしまえば、オレの非道なおこないは誰にも知られず、ディニッサの評判に傷がつくこともない。

 ──だがオレは、またもや感情を優先して動いていた。
 シロの背から飛び降りて、魔族に伸びていたシロの前足を蹴り飛ばす。

「下がれ! この者らに手を出すことは許さぬ。わらわはすでに彼らの降伏を受け入れたのじゃ!」

 月読をかまえ、砲口をシロに向ける。
 オレの特訓に付き合ったシロは、月読の威力をよくわかっているはずだった。

 ……だがシロは、今にも魔族に飛びかかりそうな状態のままだった。
 アカも血走った目でこちらに向かってくる。

「下がれと言っておるのじゃ!!」

 オレは腹の底から声を絞りだした。
 シロたちの行動を認めなかった以上、半歩たりとも譲ることはできない。
 ここで下がるとシロたちに舐められる。

「下がれッ」
「グルル……」

 オレの気迫が伝わったのか、シロが少し下がった。
 壁に張り付いたシロは、オレと魔族たちを交互に眺めている。

「くぅ~ん……」
「ダ、メ、じゃ! あきらめよ!」

 シロが悲しげな表情でおねだりをしてきた。もちろん許すわけがない。

 オレの決意が伝わったのだろう。シロは体を縮こめてうずくまった。その耳は垂れ、尻尾がゆっくりと左右に振られている。降参のジェスチャーだ。

 シロは言うことを聞いてくれた。だが安心している暇はない
 アカが、まだ諦めていないのだ。

 オレとシロの様子をうかがっていたアカだが、シロが諦めたと見るや、自分一人で実行することに決めたようだ。

 倒れている魔族に向かって、アカがチョコチョコと歩いて行く。
 かわいらしい動きだったが、魔族たちにはおぞましい死神の行進に見えていることだろう。

「アカ、わらわの言うことが聞けぬのか!」
「ピッギャ!!」

 邪魔するな、というようにアカが吠える。

 ──ダメだ、完全に野生に戻ってやがる。もうやるしかない。
 まず威嚇射撃。それでも止まらなければ、一撃ぶち当てる……!

 しかし先にシロが動いていた。その大きな前足でアカの体を叩く。
 まん丸いアカは、ボールのようにゴロゴロと転がっていった。

「ピギャッ!」
「ウォフッ!」

 睨み合う2匹。たぶんシロは、オレのためにやっているのではない。
 自分が食べられないのに、アカだけが食べるのが許せないのだと思われる。

「ピッ、ピッギャ!」
「ウォォフ!」

 獲物に近づくアカ、それを殴り飛ばすシロ。それが三度ばかり繰り返されたところで、ようやくアカも諦めたようだ。その場で立ち止まる。そしてふてくされたように、寝転がってゴロゴロしだした。

「ぴぴ……」

 その場にいた魔族たちから、ため息が漏れた。
 これで、ようやくアッフェリ軍本隊との戦いが終結したようだ。

「これから地上に戻るが、その前にそなたらに約束してもらう」

「な、なんだい姫様、はやくしておくれよ。よくわからないけど、体がめっちゃつらいんだ。頭は痛いし、吐き気がするし、とにかく休ませておくれ……」

 傭兵部隊を率いる女オーガが口を開いた。ベラベラ喋っている様をみると、それほど弱っているとも思えない。まわりには息も絶え絶えな魔族が多いのだから。

「一人ずつ名乗り、わらわに絶対の忠誠を誓え。期間は一月」
「どういうことだい……?」

「一月の間だけわらわの部下になれと言っておるのじゃ。その後はどうしようとそなたらの自由。そのまま配下になるなら歓迎するし、他の領地に行きたいならそれもかまわぬ。わらわに復讐がしたいなら、それもよかろう」

 投降者は信じられないという前提での提案だった。今言うことを聞いていても、いつ裏切るかわからない。だから期間を限定した。

 たった一ヶ月我慢すれば堂々と敵になれるとなれば、セコい寝返りはしないだろうという計算だ。一般的な魔族の考え方なら、裏切り者と後ろ指をさされるより、わずかな時間を待つことを選ぶはずだった。


 * * * * *


 魔族たちが次々と頭をさげ忠誠を誓っていく。
 契約が終わった者から、順次地上に運んでやった。

 しかし、二人のケンタウロスが最後まで誓いの言葉を口にしなかった。

「やはり父上を殺した仇に頭は下げられん……!」
「まったく、さっき皆と共に死んでおくべきでしたな……」

 どうやら危険分子のあぶり出しに成功してしまったらしい。
 まったく期待も予想もしていなかったのだが。

 さっき投降を拒否してシロたちに喰われたのも、そのほとんどがケンタウロス系の魔族だった。こうして誓いを拒否する者もいるあたり、アッフェリ一族の絆は本物だ。配下になったケンタウロスには、特に注意が必要だろう。

 だが魔族にとっての誓いが、予想より価値が高い物とわかったのは朗報だった。
 復讐を望むなら、偽りの誓いでもなんでもしておけばいいのに、そうしないのだから。

「くぅ~ん」
「ぴっ、ぴっ、ぴ」

 シロとアカがじゃれついてきた。
 そうして物欲しそうにオレをみつめる。

 ──それにどう応えるかなど、考えるまでもないことだった。
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