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ディニッサの父親は、十年ほど前に戦死してしまいました。
今その戦争相手とは休戦中ですが、あと二ヶ月ほどでふたたび戦いになると予想されています。
しかしディニッサにもフィアにも、それほど深刻な様子はありません。
なぜなら、いざとなれば逃げ出してしまえば良いと軽く考えているからです。
ディニッサは、広い土地と多くの民を治める領主です。
けれども領地や領民を守ろう、などという殊勝な思いは持っていませんでした。ただ、それも仕方のない面もあります。
ディニッサは生まれてから、一度も城の外に出たことがありません。
領内巡視はおろか、城のまわりにある城下町にさえ行ったことがないのです。会ったこともない人達のことを心配するのは、そう簡単なことではありません。
「姫様、私の家、来る? 一年中、雪で真っ白、とっても綺麗」
「寒い国はなあ……。外でお昼寝できぬじゃろう」
「大丈夫。魔法でなんとか、する」
「そうじゃなあ……」
ディニッサは、フィアの質問に曖昧に答えました。
寒いから嫌、というのは本心とは少し違います。ディニッサは雪も好きですし、寒さは魔法でなんとでもなります。
ディニッサは、どこかもっと「違う」場所に行きたいと望んでいるのでした。
彼女自身にもよくわからないのですが、そういう想いを止められなかったのです。
──戦争に関する話はそれ以上せず、ディニッサは目を閉じました。
フィアが目を覚ましていたら、ディニッサの様子を不審に思ったかもしれません。ディニッサが、ひどく集中していたからです。
けれどフィアは、ディニッサの隣で寝息を立てていました。
普通、侍女たちがディニッサより先に眠ることはありません。ディニッサがちゃんと眠ったの確認してから寝るのです。
今回の場合、ディニッサがフィアに眠りの魔法を使ったのでした。
フィアと同じく、ディニッサも魔族なのです。
フィアは氷の精の娘ですが、ディニッサは竜神とエルフのハーフです。
そして、とても強い魔力を持っていました。
* * * * *
ディニッサは灰色の空間に浮かんでいました。
前後左右上下まで、どこまでも薄暗い明かりが広がる世界です。
そこはディニッサが創りだした世界でした。
ディニッサの本体は塔の屋上でお昼寝しているのですが、魂だけが抜けだして夢の世界にいるのです。
「さて、良い相手が見つかるかの……」
ディニッサはここで、異世界との通信をしようとしているのでした。
この世界には、異界から生き物を呼ぶ魔法があります。だから異世界があるということを、ディニッサは知っていました。
ディニッサがやろうとしているのは、異世界の人間と精神を入れ替えることです。
なんとディニッサは、物理的に城から逃げるだけでなく、魂ごとどこかに行ってしまおうと企んでいるのです。
「……お、見つけた。この魂は、わらわと響き合うものがあるのじゃ」
夢の世界に来てしばらくして、ディニッサは交信相手を発見しました。
いくらディニッサの魔力が強くても、遠い異界との交信は難しいものです。それが可能となったのは、交信相手がディニッサと近い人物だったからでした。
ディニッサと同じ女の子で、歳が若い人物です。
そしてディニッサと同じように、家に引きこもっていて、どこか遠いところに逃げてしまいたいと願っている人物でもありました。
……つまり、ディニッサと同じダメ人間の1人というわけです。
「えっ、なに!? ここ、どこ」
突然、ディニッサの前に中学生くらいの女の子があらわれました。
ディニッサが魔法の力で、この場に引き寄せたのです。
「急に呼び立ててすまぬな。わらわは魔王トゥーヌルが娘、ディニッサ・ロニドゥ・ルオフィキシラルじゃ」
「え、あ、どうも。白井陽菜です」
女の子は、とまどいながらも名乗りました。
まわりをキョロキョロと見回して落ち着かない様子です。
「さっそく要件を話すのじゃ。そなた、わらわと体を入れ替えぬか?」
「ハァ!?」
陽菜は目を白黒させています。
ディニッサとしても、二つ返事をもらえるとは思っていません。ちゃんと事情を説明するつもりでした。
しかし問題が起きていました。
夢の世界の調子が思わしくないのです。
「……探すのに手間取りすぎたのじゃ。すまぬ、また夜に連絡をするのじゃ。続きはその時に話そう」
ディニッサは無理せず、いったん帰ることにしました。どうせすでに陽菜のパターンを記憶しています。次は、より簡単に見つけることができるはずです。
「そうじゃな。今起きて、4時間後くらいにまた寝るのじゃ。よいな」
自分の言いたいことだけを言って、ディニッサは夢の世界を消滅させました。
これ以上長引かせると、危険だと判断したのです。
危険と言っても、ディニッサがどうにかなるわけではありません。
陽菜が元の世界に帰れなくなったり、魂が壊れてしまったりするのを警戒したのです。
基本的にディニッサはわがままですし、面倒くさがり屋ですが、関係ない人をむやみに危険にさらすほど悪い子でもありません。
じつのところディニッサの能力なら、無理やり陽菜の体を乗っ取ることも可能だったのです。しかしそうすれば、陽菜が無事でいられるかは怪しくなります。
ディニッサはあくまで、自分の状況を正直に話して、お互いに納得した上で入れ替わろうと考えていたのです。
* * * * *
「うむ。われながら上出来じゃな」
ディニッサは晴れ晴れとした顔で目覚めました。
後は夜になるのを待つばかりです。
──ちなみにディニッサの魔法は、お互いが眠っていないと効果を発揮しません。
つまり、相手の女の子も、平日の昼間から寝ているような人間ということなのです……。
今その戦争相手とは休戦中ですが、あと二ヶ月ほどでふたたび戦いになると予想されています。
しかしディニッサにもフィアにも、それほど深刻な様子はありません。
なぜなら、いざとなれば逃げ出してしまえば良いと軽く考えているからです。
ディニッサは、広い土地と多くの民を治める領主です。
けれども領地や領民を守ろう、などという殊勝な思いは持っていませんでした。ただ、それも仕方のない面もあります。
ディニッサは生まれてから、一度も城の外に出たことがありません。
領内巡視はおろか、城のまわりにある城下町にさえ行ったことがないのです。会ったこともない人達のことを心配するのは、そう簡単なことではありません。
「姫様、私の家、来る? 一年中、雪で真っ白、とっても綺麗」
「寒い国はなあ……。外でお昼寝できぬじゃろう」
「大丈夫。魔法でなんとか、する」
「そうじゃなあ……」
ディニッサは、フィアの質問に曖昧に答えました。
寒いから嫌、というのは本心とは少し違います。ディニッサは雪も好きですし、寒さは魔法でなんとでもなります。
ディニッサは、どこかもっと「違う」場所に行きたいと望んでいるのでした。
彼女自身にもよくわからないのですが、そういう想いを止められなかったのです。
──戦争に関する話はそれ以上せず、ディニッサは目を閉じました。
フィアが目を覚ましていたら、ディニッサの様子を不審に思ったかもしれません。ディニッサが、ひどく集中していたからです。
けれどフィアは、ディニッサの隣で寝息を立てていました。
普通、侍女たちがディニッサより先に眠ることはありません。ディニッサがちゃんと眠ったの確認してから寝るのです。
今回の場合、ディニッサがフィアに眠りの魔法を使ったのでした。
フィアと同じく、ディニッサも魔族なのです。
フィアは氷の精の娘ですが、ディニッサは竜神とエルフのハーフです。
そして、とても強い魔力を持っていました。
* * * * *
ディニッサは灰色の空間に浮かんでいました。
前後左右上下まで、どこまでも薄暗い明かりが広がる世界です。
そこはディニッサが創りだした世界でした。
ディニッサの本体は塔の屋上でお昼寝しているのですが、魂だけが抜けだして夢の世界にいるのです。
「さて、良い相手が見つかるかの……」
ディニッサはここで、異世界との通信をしようとしているのでした。
この世界には、異界から生き物を呼ぶ魔法があります。だから異世界があるということを、ディニッサは知っていました。
ディニッサがやろうとしているのは、異世界の人間と精神を入れ替えることです。
なんとディニッサは、物理的に城から逃げるだけでなく、魂ごとどこかに行ってしまおうと企んでいるのです。
「……お、見つけた。この魂は、わらわと響き合うものがあるのじゃ」
夢の世界に来てしばらくして、ディニッサは交信相手を発見しました。
いくらディニッサの魔力が強くても、遠い異界との交信は難しいものです。それが可能となったのは、交信相手がディニッサと近い人物だったからでした。
ディニッサと同じ女の子で、歳が若い人物です。
そしてディニッサと同じように、家に引きこもっていて、どこか遠いところに逃げてしまいたいと願っている人物でもありました。
……つまり、ディニッサと同じダメ人間の1人というわけです。
「えっ、なに!? ここ、どこ」
突然、ディニッサの前に中学生くらいの女の子があらわれました。
ディニッサが魔法の力で、この場に引き寄せたのです。
「急に呼び立ててすまぬな。わらわは魔王トゥーヌルが娘、ディニッサ・ロニドゥ・ルオフィキシラルじゃ」
「え、あ、どうも。白井陽菜です」
女の子は、とまどいながらも名乗りました。
まわりをキョロキョロと見回して落ち着かない様子です。
「さっそく要件を話すのじゃ。そなた、わらわと体を入れ替えぬか?」
「ハァ!?」
陽菜は目を白黒させています。
ディニッサとしても、二つ返事をもらえるとは思っていません。ちゃんと事情を説明するつもりでした。
しかし問題が起きていました。
夢の世界の調子が思わしくないのです。
「……探すのに手間取りすぎたのじゃ。すまぬ、また夜に連絡をするのじゃ。続きはその時に話そう」
ディニッサは無理せず、いったん帰ることにしました。どうせすでに陽菜のパターンを記憶しています。次は、より簡単に見つけることができるはずです。
「そうじゃな。今起きて、4時間後くらいにまた寝るのじゃ。よいな」
自分の言いたいことだけを言って、ディニッサは夢の世界を消滅させました。
これ以上長引かせると、危険だと判断したのです。
危険と言っても、ディニッサがどうにかなるわけではありません。
陽菜が元の世界に帰れなくなったり、魂が壊れてしまったりするのを警戒したのです。
基本的にディニッサはわがままですし、面倒くさがり屋ですが、関係ない人をむやみに危険にさらすほど悪い子でもありません。
じつのところディニッサの能力なら、無理やり陽菜の体を乗っ取ることも可能だったのです。しかしそうすれば、陽菜が無事でいられるかは怪しくなります。
ディニッサはあくまで、自分の状況を正直に話して、お互いに納得した上で入れ替わろうと考えていたのです。
* * * * *
「うむ。われながら上出来じゃな」
ディニッサは晴れ晴れとした顔で目覚めました。
後は夜になるのを待つばかりです。
──ちなみにディニッサの魔法は、お互いが眠っていないと効果を発揮しません。
つまり、相手の女の子も、平日の昼間から寝ているような人間ということなのです……。
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