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「は?」

 思わず、加藤が間抜けな声を出した。
 エレベーターの前が、なぜかコの字型のすりガラスちっくなアクリル板で覆われていたのだ。葉月も加藤同様、驚いたように視線を彷徨わせている。

「この本は、私が望むいくつかの恋愛模様のうちの一つです。それは桜子さんがいてくれたから、書きあげられたといっても過言ではありません」

 少し離れた所から、マイクを通した蓮の声が聞こえてくる。アクリル板に囲われてしまっているふたりは、ただその言葉を聞くしかなかった。

「彼女はずっと担当をしている編集者に、想いを寄せていました」

 ひゅっ

 加藤の喉から、息を飲む音が漏れる。
「けれどお互いの立場を考えれば、踏み出すべき関係ではないと悩んでいました」
 ……悩んでたんだ。あんなに強気だったのに。
 もう、そんな他人事のような思考に切り替わりつつあるのは、現実逃避の賜物か。


「そして編集者も。彼も悩んでいたのを、私は知っています。だから、私は彼らをモデルにして昨年小説を書きました。前作に当たります」

 ドクリと、心臓が鼓動を刻んだ。

「そしてホワイトディをモチーフにした今回の本も、彼らをモデルにしています」

 いよいよばらされる。
 いよいよ笑われる。

 思わず、目を瞑った。


「確かに内容は全て私が作り上げた、虚構のお話です」


 ……は?


 思わず、顔を上げた。
 見えもしないのに、蓮の方へと。

「けれど私は、これを書くことで二人が共に歩む道を選択して欲しい、そう願いを込めたのです」

 どういうことだ?
 もろ、自分と桜子の話だったんじゃ……

「手に取って下さった皆様にはもうご理解いただいていると思うのですが、編集者という立場で絵描きの価値を下げる存在になってはいけない。それが、彼を縛っていたものです。そして今現在も縛られています。でも、桜子さんはそんな彼に傍にいて欲しい、そう願っています」

 っていうか、何?
 これ、なんのイベント……

「みなさん。生真面目で堅物な彼の目を、覚まさせてあげてもらえませんか? 結婚を経て共に歩む道が、彼女の妨げになることなんてないってことを、分からせてやってください」


 わからせて、やってください???

 ふと気が付いた言葉に、眉を顰めたその時だった。


「桜子さんのお相手が、このフロアにいます」

 ぎくりと、肩を震わす。
 決して見えるわけじゃないのに、見据えられている感覚。
「皆さんは、祝福してくださいますか? 桜子さんと、彼のことを」

 とたん、ぱらぱらと始まった拍手がいつの間にか大きなものに変わり、そこに祝福の言葉が混じる。それは男の声もあり、女の声もあり。

 加藤は、どうしたらいいのか分からないまま立ち尽くしていた。
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