蓮と葉月 ホワイトディ前日、そして当日の夕方

篠宮 楓

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「……葉月さん」
「加藤さん。私、自信ない……」


 ことり、とテーブルに何か置く音が響く。




 三月十三日 午後二時過ぎ。
 古藤 蓮のマンションの一室。
 広いリビングダイニングの、奥まった場所にあるソファ。
 そこに、一人の男性……加藤……が腰を掛けていた。柔らかい本革製のソファは体重を受け止め大きく沈み込み、彼が深く腰を掛けているのを伝える。そしてその前で戸惑うような色をのせた目をした彼女……葉月……が、所在なさ気に彼の視線を受け止めていた。


「俺は……、その葉月さんが」
 その言葉に、葉月はきゅっと唇を噛み締める。
「でも」
 遮るように口を開いた彼女を見て、加藤は苦しそうに顔を歪めると、縋るような視線を葉月に向けた。
「俺、葉月さんの方がっ」
「加藤さん……!」
 言葉を続けようとした葉月が、何かに気が付いたように後ろを振り向いた。


 すると、タイミングよく廊下に続くすりガラスのはまったドアに影が出来、がちゃりという音と共にそれが内側に開いた。
 びくりと肩を震わせて慌ててテーブルの上に手を伸ばすと、“何か”を掴んでエプロンのポケットに落とす。何とか表情を取り繕おうと、口端を上げて笑みを作った。

「蓮。打ち合わせはもういいの?」
 蓮は微かに眉を顰めたが、表面上は取り繕っているけれど内心焦りまくっている葉月はそれに気づけない。

 同じく加藤も手元のゲラに目を向けていたから、蓮の後ろにいる桜子の様子に気づいていなかった。見ていればきっとこの後に怒る事を、予想できたであろうに。

 女は生まれながらに女優! と豪語する桜子は、それでも加藤に関することだけはその演じる能力を発揮しきれていない。今もぎこちない表情で手元のゲラに目を落としている加藤を、蓮の後ろで冷笑を浮かべながら見つめている。

 葉月は桜子にあまり接していないため、その冷笑の意味に気づいていない。


……ここに、二日間に及ぶ波乱の幕が開けた。
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