上 下
8 / 13

しおりを挟む
「って、なんで目の前に人がいるのーっ?!」


 ドアを開けて華麗に消えようとしたはずなのに、目の前にいた壁……じゃなかった人間に体当たりして逃走を阻まれた。
 勢い余った私は、背中をドアに打ち付けてしまい目じりに涙が浮かぶ。
 痛いし! 痛いがな!

「あ、悪い悪い。大丈夫か?」

 頭の上から降ってくる、まったく悪いと思っていないその口調。
 足、踏んでもいいですか?

 殺気を込めつつパンプスの踵を目の前の大男の爪先に向けて落とそうとした途端、ぎゅっと腕を引っ張られて狙いがずれた。

「チッ」

 舌打ちは癖です。謝りませんけど、いつもはやらないように気を付けています。

 しかし腕に押し付けられたぼよんとするもの二つの感触に、頭に上っていた血がちょっとだけ冷えた。そのぼよんの上についている顔を、どこかで見た記憶があったからだ。
 一生懸命私を止めている彼女の顔が、蓮の部屋の記憶と重なる。

「えー、と。挿絵の……」

 腕にしがみついている小っちゃい子に話しかければ、ぶんぶんと大きく縦に首を振る彼女。
 あれ、目がうるうるしてます。
「はい、挿絵描いてる桜子です!」

 あぁ、そうだ。
 蓮の本の挿絵を描いてる人って、一度紹介されたことあった。

「おい! ここ開けろ! 葉月?!」

 ドンドンと背中をつけているドアがものすごい音を響かせていますが、とりあえず無視。目の前の大男も同じ考えなのか、でかい手を伸ばしてドアを抑えた。

「で、桜子さんはなぜここに?」

 素朴な疑問。
 だって、蓮の実家っていうか私の家に何の用?

 桜子さんはうるうるしていたお目目をもっと見開いて、もう一度ぎゅっと腕に力を入れてきた。

「桜子の所為なんですぅぅぅっ!」
「は? 何が?」
「桜子がいけないんですぅぅっ!」
「だから、何が」
「桜子が……」


「端的に結論を纏めてから、口を開いてください」


 ごめんよ。ほぼ初対面の桜子さんとやら。
 私は短気という名の性格も、含有されている女なものでね。

 ひくっ、と驚いたように震えた桜子さんは、小さく頷いて私から離れた。
 うむ。理解力のある子は、嫌いじゃないよ。

 桜子さんは少しだけ考えるように視線を彷徨わせてから、何かを決意した様に私にそれを向けた。

「桜子が、この大男に古藤さんを襲ってもらったんです」
「その言い方で通じるか、馬鹿桜!」


 今度は目の前の大男が叫んだ。
 ……さっき蓮を押し倒してたの、この人か。
 へー


 胡乱な視線を向ければ、焦ったように大男は両手をぶんぶんと振る。

「違うから、襲ってないし! いや、あの体勢はそう見えるかもしれないけど、ちょっと悪ふざけが過ぎたってのもあってるっちゃーあっるけど、いやだからその……! とりあえずその眼はやめろ!」
「えー……。桜子さんに命じられてそんな事しちゃうって……、もしかして……ていうか蓮も……っ」

 驚愕の事実を叫び倒そうとした私の口が、横から出てきた掌が思いっきり塞いだ。
 はっ、鼻まで塞いでるんだけど! 殺す気か!

「やめろ、変な想像するな! しかも外でそんなこと言うんじゃない!」

 突如割り込んできたのは、蓮の声。

 いや、あんたの声の方がご近所さまに響いてると思います。

 ていうか。
 あれ? どこから出てきた。

 その疑問に答えるように、少し離れた窓から司たちがこっちを見ているのが視界の端に移った。
 そうか、窓! 不覚!

 なんとか掌から鼻を救出し、少ない空気を肺いっぱいに吸い込む。

「ややこしくなるから、お前ら消えろ! いなくなれ! むしろそのまま社会から抹殺されろ!」
「ちょ、それひどくないですか?!」

 わけわからない言い合いを、蓮と大男が始めたその瞬間。


「桜子が次に描く、BL小説の挿絵モデルになって貰ってたんです。古藤さんに、強制的に☆」


 桜子さんの頭の中で、エア報告書が纏まったらしい。

「は?」

 今の声は、隼かな。

「ですから、指示された体勢が描けなかったので、担当に頼んでやってもらいましたの」


 “もらいましたの”。……じゃないでしょ!?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

木蓮短編集

恋愛
木蓮を題材にした短編集。 淡い恋愛物だったり、家族愛だったり、ほんのりBL風味だったり。 別名義で小説家になろうにて短編で掲載しているものを転載しています。 登録時点で全3話。そのうち増やします。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

朝日家の三姉妹<1>~香奈の場合~

ももくり
恋愛
美形揃いと評判の一家の中で、ただひとり平凡な容姿をした次女・香奈。外見のことは諦めて中身を磨こうと思ったものの、磨き過ぎて今ではもう手詰まり状態。うん、仕方ない。これからは床上手な女を目指してみよう。とはいえ、絶賛片想い中の香奈には相手がいない。そんな時に現れたのがモテ男の内藤で。──「私ね、内藤さんとこうしている時間が、すっごくすごーく幸せなんですよ」「バ、バーカ、そんなこと言ってると本当に誰とも付き合えなくなっちゃうんだからなッ」次第に打ち解け合い、甘々になっていく2人のお話です。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

処理中です...