31日目に君の手を。

篠宮 楓

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5日目~7日目 アオ視点

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 何の返答もない事に、通話の相手が窺うような声を上げて私の名前を口にした。
{聞こえてる?}
 どくりと鼓動がおかしなリズムを刻んで、思わず携帯を握る手に力を込めた。
 聞こえないように息を緩く吐き出す。すぐさま切りたい衝動に駆られたけれど、なんとかそれをおさめて口を開いた。
「聞いて、ます」

 出た言葉は、なんともシンプルで抑揚のない声。こんな声、こんな言葉、彼に伝えた事は一度もない。彼も驚いているのか、微かに息をのむ音が響く。
{皆、君がどこに行ったのか心配してる。今、何処にいるの?}
 穏やかで落ち着いたその声が、今まで本当に好きだった彼の声が、まるで異質なものに聞こえる。
「お休みだもの、何処にいてもいいでしょう?」
 努めていつも通りの声を出したつもりだったけれど、彼には伝わってしまったらしい。

 微かな、震えを。


{俺の所為、だよね}

 その言葉に、フラッシュバックする記憶。
 それを追い出す様に、ぎゅっと目を瞑った。
「違います」
 ほとんど、反射で答える。
「ただ単に、のんびりとしたかっただけです」
{そのきっかけは俺の……}
「違います。あなたの所為ではありません」
 彼の声を遮って、きっぱりと断言した。

 携帯の向こうも、私も、ただずっと黙ったまま。
 どんどん翳っていく部屋の中が、重苦しい空気に包まれる。


 辛い。
 苦しい。
 ……もう、嫌だ。

 自分の馬鹿さ加減を反芻するのは、嫌……!


 このまま切ってしまおうと、ボタンに乗せた指先に力を入れようとしたその時。


「アオ?」


「……っ」


 体から、力が抜けた。
 くたりと縁側に座り込む。
 伏せている視界には私の膝しか映っていないのに、声だけで心配そうな表情が思い浮かべられて思わず目を閉じた。


「おっ、おい?」


 少し遠かった声が、駆ける足音と共に近づいてくる。
 あぁ、なんでこんなにホッとするんだろう。
 なんでこんなに、ななしくんの声は温かいんだろう。


「時期になれば帰ります。大丈夫ですから」
{ちょっ、ちょっと待って! あ……っ}
 言いたい事だけを伝えると、呼び止める彼の声を無視して通話を切った。
 途端、肩に置かれる掌。

「アオ? どうした?」

 微かにこめられた力に従って、ゆるりと顔を上げる。
 そこには心配そうに私を見ている、ななしくんの姿。
 自然に笑みを浮かべる。


「おかえりなさい、ななしくん」


 あぁ、やっぱりななしくんは凄い。
 ななしくん効果は、絶大だ。


 ななしくんは戸惑う様に視線うろつかせた後、私の手元にある携帯を一瞥して目を細めた。



「ただいま」



 ……初めて、言われた気がする。
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