31日目に君の手を。

篠宮 楓

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SS番外集

――本当に滑稽で、馬鹿らしくて可笑しくて。 辻。

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なんだか書いてたら、ななしの頭の~の二話が、この話の前振りの様になりました(笑
あれー?

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「今帰り?」

 目当ての後姿を見つけて、ゆっくりと近づく。
 クラスの違う彼女を教室外で見つけるのは、タイミングが必要。周囲を見渡せば、放課後だというのに人気のない廊下。これなら逃げられることはないと判断をして、声を掛けた。

 びくりと震える肩、そして止めた足。

 その態度に、思わず内心独りごちる。
 僕は犯罪者か何かか。
 いや、彼女が怯える気持ちもわからなくはないけれど。

 殊更ゆっくりと足を進めて、彼女から少し距離を置いた場所に立った。

「岸田さん?」

 名前を呼べば、小さく息を吐き出す音。そしてぎゅっと手を握りしめながら、彼女……岸田さんは振り向いた。
「辻、くん」
 変な所できられる言葉に、岸田さんの緊張が伝わってくる。
 僕は彼女を宥める様に柔らかい笑みを意識的に表情にのせて、もう一歩近づいた。
「そんなに怖がらないでよ。何もしないよ?」
 今は。
 そんな言葉を内心呟きながら降参する様に両手を上げれば、岸田さんは口ごもりながら小さく首をふった。
「そうじゃなくて……怖がってるわけじゃ、ないけど。でも、その……」
「あぁ、迫られるとでも思って警戒してる?」
 そう言った途端、岸田さんの顔が真っ赤になった。

 ……可愛いなぁ

 今まで原田を目で追ってる岸田さんを見続けてきたせいか、怯えだろうが羞恥だろうが自分に向けられる感情が嬉しくてたまらない。困っている表情でもいい、見ていたいと思う自分は高校生としてどうなんだろうと思うけれど、まぁどうでもいい。
「あ、えっと、その。辻くん相手に、自意識過剰だとは思うんだけどっ」
 恥ずかしいのか俯いたまま焦ったように言葉を連ねる岸田さんは、困った表情だけれど悲しそうな色はない。原田を見ていた岸田さんは、幸せそうな時よりも切ない表情の方が多かった。
 だから……
 音を立てずにもう一歩彼女に近づいて、手を伸ばす。
「自意識過剰なんかじゃないよ。岸田さんが警戒するの、僕は懸命だと思うな」
「え」
 言い終わるか言い終わらないかのうちにその頬を手で触れた途端、岸田さんがずささっと音が聞こえそうなほどの素早さで後ろに下がった。

 信じられないものを見たかのようなその表情と態度に、思わず笑みが零れる。

「ね? 警戒は重要」
「な……っ」
 言葉になってない声を零す、その口も可愛い。
 真っ赤になって、僕を見上げるその目も可愛い。
 よーするに、全部が可愛い。

 うん、僕自身、僕がやばい人間に思えるよね。やばいやばい。

 でもさ。
 原田っていうストッパーがなくなった途端、今まで長い時間抑え込んできたものが膨れ上がるのって仕方ないと思わない?
 あぁ、思わないって?
 そう。まぁ、別に誰に許可を得るものではないからいいんだけど。

「つ、辻くん、ホントに高校生?!」
「高校生のつもりだけど」
 もーすぐ十八歳かな。
 真っ赤な顔のまま僕を見る岸田さんは可愛いけど、苛めすぎたかな……と苦笑して肩を竦めた。
「この位にしないと嫌われちゃいそうだから、そろそろ行こうかな」
 くるりと踵を返す。
 そして一・二歩歩き出した時に聞こえてきた息を吐き出す声に、徐に足を止めた。
 振り向けば、ホッとしていただろ岸田さんの表情がこわばる。
「早く、僕のとこにおいで?」
「……!!」
 じゃないと……口八丁手八丁、息つく暇もなく口説き落とすから覚悟しておいた方がいいよ。さすがにその言葉は口の中で留めて、にっこりと笑みを浮かべる。
 岸田さんに、何を考えているのか分からないと言われた笑顔。
 君の事を考えてるんだけどね。

 ……そう思ったのは、いつのことか。

 僕は、名残惜しさを押さえつけてその場から歩き去った。




 岸田さんと僕の関係は、あの合宿の日から変わっていない。
 一応告白というものもしてみたけれど、分からない・考えられないと一蹴されてしまった。
 まぁ、それはそうだろうと思う。彼女にしてみれば、長い片想いが終わってしまったばかり。しかも振られたわけではなく、諦めようとしている状態。
 そこで僕から何か言われたとしても、心が変わるわけじゃない事くらい理解してる。

 でも。


 そこまで考えた時、ポケットに入れていた携帯が音をたてて揺れた。
 それはメールの着信で。
 内容を確認して、笑みが深まる。

「へぇ?」

 思わず呟いた声は、いつもより低くて。

 携帯をポケットに滑り落として、教室へ向かっていた足を部室へと変えた。
「井上と佐々木は、部活に顔出してるはずだよな」
 確か、原田は委員会に出ていて今日は来ないはず。

 夏をもって引退した三年だけど、たまに時間が出来ると練習に付き合うために顔を出す様にしていた。こっちの息抜きにもなるから、と。

 あぁ、なんてまぁ都合のいい。

 僕のこの状況を考えたらさ。
 原田に八つ当たりしても、許されると思うんだ。
 え? 許されない?
 そ。別に、僕がしたいだけだからいいんじゃないかな。

 部室に入ると、案の定佐々木と井上が、二年の部長である柿崎と何か話し合っていた。ドアを開けた僕に驚くように顔を上げた三人が、不思議そうな表情を浮かべる。
「どうした、辻。お前、今日部活来ないんじゃなかったっけ?」
「んー? 面白いこと聞いたからさ」
「面白い事?」

 興味を惹かれた様に目を瞬かせる佐々木に、ニコリと笑いかけて携帯のメール受信画面を見せた。覗き込むようにして内容を確認した佐々木は、にやりと笑って頬杖をつく。
「へー、ふーん。いいよねぇ、彼女持ちは」
「なんすか、彼女持ちって」
 柿崎が、佐々木の話に喰い付く。
 僕はそれを目を細めて見ながら、井上の呆れたような視線を一切合財無視した。
 そしてもう一度、携帯画面に視線を落とす。

 ――久しぶり、辻くん。
 多分うちの弟は隠し通すだろうから、言っとくね!
 明日、アオちゃんってば要さんちに行くんだって。
 留守番要員で。もちろん、うちの弟と会うって言ってたけど。
 残念ながら、私はいけないのよねぇ。

 報告、楽しみにしてるよ!――


 身内からOK出てるから、いいでしょ。
 携帯をポケットに戻して、楽しそうに話す佐々木の言葉に耳を傾けた。





 佐々木に遊ばれて原田が逃げるようにアオさんちに向った後、少し時間をおいて僕たちも向った。
 最初っから行ったら、つまらないしね。
 あれだけ佐々木に煽られた原田が、どんな行動に出るかも楽しみだし。

 アオさんちについて、庭に自転車を止めて部屋の中を見る。
 居間に姿がないという事は、他の部屋か台所にいるのか。
 首を傾げた佐々木が、大きな声で呼びかけた。

「なーなしー! アオさん襲ってないだろーなー!」

 ストレートだなー、佐々木。
 僕には出来ない。


 少し間があって。
 顔を出したのは、原田。その顔は、真っ赤に染まってる。

「お前ら、来たのかよ!」
「ずっこいじゃんか、お前ひとり。ねー、アオさん!」
 ななしの後ろから顔をのぞかせたアオさんに、佐々木が嬉しそうに笑いかける。アオさんは、うんうんと頷いて口端をあげた。
「ひさしぶりだねぇ。今、お茶いれるからね」
 そう言って、台所へと踵を返す。

 ……うん、あやしい。

 特に、原田の真っ赤な顔とか。
 嫌なものを視るかのような表情を浮かべる原田に向けて、僕はにっこり笑ってみた。

「原田。ついてるよ、口」

「……!」

 途端、手の甲で口元を拭う原田。
 その姿に、佐々木がにんまりと笑った。

「へー。なにが?」

 その言葉で、原田は鎌をかけられたのに気付いたのだろう。真っ赤になって佐々木に詰め寄る原田の姿は、とても滑稽で楽しそうだ。
 そこで僕に来ない所が、ある意味適材適所佐々木ポジション。

 言い争いを始めた二人に驚いて、アオさんが台所から顔を覗かせた。そこでアオさんまで佐々木に遊ばれて、それを見た原田がまた怒鳴って。


 滑稽。
 本当に滑稽だ。


「……」


 ――本当に滑稽で、馬鹿らしくて可笑しくて……幸せそうで悔しくなる。


「アオさん」


 真っ赤な顔をして、おろおろと佐々木と原田を見遣っているアオさんに声を掛ける。困惑した表情のままこちらを見たアオさんに、にっこりと安堵させるような笑みを向けた。
 少しほっとした様に僕を見返すのは、この状況を収集してもらえると思ったからだろう。

 うん、ごめんねアオさん。
 期待に応えられなくて。

「生真面目な男ほど、箍が外れると大変ですから。気を付けてくださいね?」

「……!!」
 途端、もっと真っ赤になる原田とアオ。その態度と表情に、佐々木がぽつりとつぶやいた。

「あー。もうはずしちゃってた?」


 原田の怒鳴り声と、佐々木の笑い声と。恥ずかしそうに縮こまる、アオさんと。そして呆れたように傍観する、井上。


 それを眺める僕が一番、阿呆らしいんだろうな。
 八つ当たりしたつもりが、あてられてるだけじゃないか。

 小さく息を吐くと、僕はポケットに入れっぱなしだった携帯を手に取った。
 副部長とマネージャーというつながりで手に入れた、彼女のアドレス。それを表示させて、ただ短く、一言送信した。

 送信を終えた画面が戻るのを見て、口端を上げる。
 きっと、彼女の頭の中は僕でいっぱいになるだろう。
 携帯をポケットに戻しながら、焦る彼女を思い浮かべて目を細めた。
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