27 / 34
醸、やめる。
しおりを挟むこちら書くにあたって、白い黒猫様に相談に乗って頂きました♪
ありがとうございました!
----------------------------------
無理に忘れようとしなくてもいいと思います。
10月も終わりに近づいた日曜日、醸はシーズンコーナーの商品の入れ替えを行っていた。
冷酒グラスやガラスの徳利を下げ、燗をするための酒燗器やちろり、陶器製の徳利や猪口を並べた。涼やかなグラスとはまた違うしっとりとした重みは、季節の移り変わりを毎年醸に思い出させる。
本来は雪がやっていたのだが、吟が出て行ってからというもの醸の役目となっていた。
「無理に忘れようとしなくても、か」
今月最後の日曜日である今日は近隣の大学で学祭を行うところが多く、こころなしか人通りも少なく思える。
醸はぽつりひとりごちて、最後のお猪口をテーブルに置いた。
恋愛対象だと思っていなかった天衣を意識し始めてから、今まで自分が経験したこともない、自分の感情に振り回された。
ドライだと思っていた性格が、ここまでへたれだとは自分でも思わなかった。相手に恋人がいる時点で今までならすぐに切れた感情が、なぜか天衣だとそうできない。
それでも彼女を泣かせることだけはすまいと、その為には自分の感情を消さなければとそう思ったわけだけど。
――無理に忘れようとしなくてもいいと思います。
ユキくんのこの言葉に、どこか救われた気がした。
解決策に気付かされた。
俺には好きな人を相手から奪ってでも自分のものにするなんてことは、到底できない。そうできればいいとは思っても、実際は好きな人が泣いてしまうのは見るのも嫌だ。
なら……
「諦めればいい、わけで」
今まで通り天衣の兄を演じながら、自然に彼女への想いが消えるのを待てばいい。
無理やりないことにしなくたって、想うことは自由なのだから。天衣の幸せを一番に考えて、行動すればそれでいい事なのだから。
そう思ったら、どこかすっきりとしたのだ。
今まで通りができそうな気がした。
「終わったか?」
店内の事務スペースに戻れば、すぐそばにある裏戸から燗が顔を出した。
醸はそれに頷きながら椅子に座ると、発注台帳を開いて翌週の仕入れの確認を始める。燗はそんな醸を見下ろして、盛大に溜息をついた。
「お前の方が年上なのに、甲斐性はユキ坊のが上ってか。ったく、ねーちゃん大好きが下火になってもお前の花は咲かねぇなぁ」
「余計なお世話。その時が来たら、勝手に咲くっての」
「蕾のままで摘み取られたりしてなぁ」
けけっ、と楽しそうに笑うと、固まったままの醸を置いて雪のいる居間へと行ってしまった。
残された醸は、燗がつっかけを脱ぐ音で我に返って大きくため息をついた。
実の父親ながら、たまに得体のしれない鋭さに驚く。
摘み取られた蕾とか、感で言ってんのか天衣の事を気づかれてるのか。まぁ、気づかれても燗の言う通り、蕾のまま摘み取られて報告することなんて一つもないんだけど。
ぺらぺらと捲っていったページが、あるところでとまる。
「まぁ、それにしてもユキくんには驚かされたよな」
っていうか、後から考えれば変な時に相談に行ってしまったというか。
月初めに相談したその翌日、手をつないで一緒に歩いている透と澤山さんを見かけて醸はとても驚いた。
けれど、とても幸せそうな二人の雰囲気に醸は察したのだ。きっと二人は気持ちを確かめ合ったんだろうなと。
醸自身は姉の結婚・天衣の彼氏という二重アタックに燃え尽きていたため気付かなかったのだが、後から燗に二人がとてもいい雰囲気でお祭りに参加していたということを聞いていたから気づいたわけだけれど。
その後、店で幸せオーラを醸し出している透を見てとても嬉しくなって。
……まぁ、羨ましくないといえばそれは嘘になるわけだけどさ。
羨ましいさ! 好きな人と両想いになれるとか!
「嬉しいけど羨ましいってのが、本音だな」
苦笑を零して、醸は黒猫のページを捲った。
ありがとうございました!
----------------------------------
無理に忘れようとしなくてもいいと思います。
10月も終わりに近づいた日曜日、醸はシーズンコーナーの商品の入れ替えを行っていた。
冷酒グラスやガラスの徳利を下げ、燗をするための酒燗器やちろり、陶器製の徳利や猪口を並べた。涼やかなグラスとはまた違うしっとりとした重みは、季節の移り変わりを毎年醸に思い出させる。
本来は雪がやっていたのだが、吟が出て行ってからというもの醸の役目となっていた。
「無理に忘れようとしなくても、か」
今月最後の日曜日である今日は近隣の大学で学祭を行うところが多く、こころなしか人通りも少なく思える。
醸はぽつりひとりごちて、最後のお猪口をテーブルに置いた。
恋愛対象だと思っていなかった天衣を意識し始めてから、今まで自分が経験したこともない、自分の感情に振り回された。
ドライだと思っていた性格が、ここまでへたれだとは自分でも思わなかった。相手に恋人がいる時点で今までならすぐに切れた感情が、なぜか天衣だとそうできない。
それでも彼女を泣かせることだけはすまいと、その為には自分の感情を消さなければとそう思ったわけだけど。
――無理に忘れようとしなくてもいいと思います。
ユキくんのこの言葉に、どこか救われた気がした。
解決策に気付かされた。
俺には好きな人を相手から奪ってでも自分のものにするなんてことは、到底できない。そうできればいいとは思っても、実際は好きな人が泣いてしまうのは見るのも嫌だ。
なら……
「諦めればいい、わけで」
今まで通り天衣の兄を演じながら、自然に彼女への想いが消えるのを待てばいい。
無理やりないことにしなくたって、想うことは自由なのだから。天衣の幸せを一番に考えて、行動すればそれでいい事なのだから。
そう思ったら、どこかすっきりとしたのだ。
今まで通りができそうな気がした。
「終わったか?」
店内の事務スペースに戻れば、すぐそばにある裏戸から燗が顔を出した。
醸はそれに頷きながら椅子に座ると、発注台帳を開いて翌週の仕入れの確認を始める。燗はそんな醸を見下ろして、盛大に溜息をついた。
「お前の方が年上なのに、甲斐性はユキ坊のが上ってか。ったく、ねーちゃん大好きが下火になってもお前の花は咲かねぇなぁ」
「余計なお世話。その時が来たら、勝手に咲くっての」
「蕾のままで摘み取られたりしてなぁ」
けけっ、と楽しそうに笑うと、固まったままの醸を置いて雪のいる居間へと行ってしまった。
残された醸は、燗がつっかけを脱ぐ音で我に返って大きくため息をついた。
実の父親ながら、たまに得体のしれない鋭さに驚く。
摘み取られた蕾とか、感で言ってんのか天衣の事を気づかれてるのか。まぁ、気づかれても燗の言う通り、蕾のまま摘み取られて報告することなんて一つもないんだけど。
ぺらぺらと捲っていったページが、あるところでとまる。
「まぁ、それにしてもユキくんには驚かされたよな」
っていうか、後から考えれば変な時に相談に行ってしまったというか。
月初めに相談したその翌日、手をつないで一緒に歩いている透と澤山さんを見かけて醸はとても驚いた。
けれど、とても幸せそうな二人の雰囲気に醸は察したのだ。きっと二人は気持ちを確かめ合ったんだろうなと。
醸自身は姉の結婚・天衣の彼氏という二重アタックに燃え尽きていたため気付かなかったのだが、後から燗に二人がとてもいい雰囲気でお祭りに参加していたということを聞いていたから気づいたわけだけれど。
その後、店で幸せオーラを醸し出している透を見てとても嬉しくなって。
……まぁ、羨ましくないといえばそれは嘘になるわけだけどさ。
羨ましいさ! 好きな人と両想いになれるとか!
「嬉しいけど羨ましいってのが、本音だな」
苦笑を零して、醸は黒猫のページを捲った。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
アーコレードへようこそ
松穂
ライト文芸
洋食レストラン『アーコレード(Accolade)』慧徳学園前店のひよっこ店長、水奈瀬葵。
楽しいスタッフや温かいお客様に囲まれて毎日大忙し。
やっと軌道に乗り始めたこの時期、突然のマネージャー交代?
異名サイボーグの新任上司とは?
葵の抱える過去の傷とは?
変化する日常と動き出す人間模様。
二人の間にめでたく恋情は芽生えるのか?
どこか懐かしくて最高に美味しい洋食料理とご一緒に、一読いかがですか。
※ 完結いたしました。ありがとうございました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる