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吟の帰還 3【商店街夏祭り企画】

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 このお話を書くにあたって、トムトムさんにお世話になりました!
 ありがとうございます☆


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 いそいそと中央広場を醸の乗った軽トラが曲がろうとしていた、その数十分前。
 篠宮酒店の駐車場に、シルバーカラーのコンパクトカーが一台滑り込んだ。
 手慣れた風に一番端に車を止めると、開けた窓から女性にしては低めの声がぶつぶつと何事かぼやく。

 「あー、肩いってぇ」

 日頃蓄積された痛みプラス午前中から運転していたせいで、肩やら腰やらの筋肉がバッキバキになった吟は面倒くさそうに首を鳴らすと、サイドブレーキを上げて車のエンジンを止める。
 店についた吟は、いつも停めていた裏庭ではなく表の店の駐車場に車を置いていた。
 後から来る連れの目印にとの算段だ。
 吟は一つため息をつくと、勢いをつけて車から降りたった。

 寄ることはなかったけれど、墓参りで帰ってきていた時は目の前の道を通ったこともある。
その度に顔を出そうかどうしようか考えたけれど、実行することなく三年間過ごしてきた。
その間いろいろな事があったが、多分、今日報告する事以上のことはないだろう。
 後部座席に置いておいた手土産や雪に頼まれたアクセサリーの入ったBOXを手に、吟は久しぶりの我が家へと足を踏み入れた。

 「母さん、ただいま」
 店先のガラス戸を引いて中に入れば、懐かしい光景と……。
 「なんでイカ?」
なぜか店の入り口横に、冷やし甘酒の瓶やら日本酒やらと一緒にイカの徳利……これはイカそのものを素材とした徳利らしい……が置いてある。
 大体、店の駐車場にも見慣れないフリーザーケースがベンチの前に置いてあるし、夏祭り用なのだろうか?
そう首を傾げていた吟は、奥から出てきた母親である雪の声に顔を上げた。
 「吟さん、お帰りなさい!」
カタカタとつっかけの音をさせて出てきた雪は、吟が出て行った時とほとんど変わっていない。
 自分の母親ではあるけれど、年齢不相応の童顔加減に若干空恐ろしく感じる。
そんなことを娘に思われているとは知らない雪は、嬉しそうに吟の前に立った。
 「久しぶりね、ちゃんとこうして会うの。それでお相手の方は?」
わくわくとした表情を隠すことなく吟の後ろに視線を向ける雪に、吟はいつも通りだと苦笑を落とした。
 「後から来るよ。電車でこっちに向かってるから駅まで迎えに行くつもりだけど、間に合わなきゃ場所は言ってあるし勝手に来ると思う」
 「あらそうなの?」
 少し残念そうに頬に手を当てた雪に、吟はずっと気になっていたことを聞いてみた。

 「でさ。うちはいつからイカ大好きになったワケ?」
 「イカ? あぁ、イカ徳利のこと?」
 突然の何の脈絡もない問いかけに一瞬目を瞬いた雪は、イカの徳利を見る吟にその意味を理解した。
 「イカ徳利って珍しいわよねぇ」
 「……いや、だからなんで?」
 答えになっていない言葉に思わず苦笑いしながらもう一度聞くと、雪は「そうだわ」と何か閃いたかのようにぽんっと手を打った。
 「あのね、紬さんの所にお使いいってきてくれないかしら」
 「お使い?」
 今度は、吟が不思議そうに瞬きをする。雪はそんな彼女に気付くことなく、吟の手から荷物を受け取った。
 「えぇ、紬さんと孝子ちゃんにお願いしてるものがあるの。連絡はしてあるから、言ってくれればわかると思うわ」
 「あ、え? えーと、紬さんとたっこに聞けばいいってこと? 母さん、脈絡なさ過ぎてまったく意味が……」
 「そうそう、聞けばいいってこと! よろしくね、吟さん」
 吟の言葉に何の返答をするわけもなく、雪は鼻歌を歌いながら居間の方へと戻って行ってしまった。
 店先に残された吟はぽかんとその後ろ姿を見送っていたけれど、頭をガシガシとかきながら一つため息をついて入ったばかりの実家から外へと歩き出した。




……うん、母さんが一番最強だな。うちの家は。

そんなことを考えながら、中央広場を渡っていく。
 紬さんち……喫茶トムトムは、通りを挟んで向かい側だ。店を出れば、ほとんど数秒で辿りつく。
 変わっていない店の外観にのんびりとした気持ちになりながら、吟はドアをくぐった。
 「こんにちはー」
 久しぶりに来た事をみじんも感じさせないのんびりとした口調で中に入れば、丁度厨房から出てきた孝子と目があった。
 「吟さん!」
 途端、嬉しそうに顔を綻ばせて駆け寄ってくる。
 「よぉ、たっこ。元気にしてたか? 何か頼んだものがあるって母さんに言われてきたんだけど」
 彼女と会うのも、本当に久しぶりだ。
 数年合わなかっただけで随分大人になったなぁと心の中で呟きながら、傍に来た孝子の頭を撫でた。
 「吟さん」
 小さな声で名前を呼ばれて少し屈むと、その耳元に口を寄せて孝子はこっそりと囁いた。
 「雪さんに聞きました、ご結婚決まったって。おめでとうございますっ」
 「そういえば母さんが女性陣には話したって言ってたな。あぁ、ありがとたっこ」
にっこりと笑って礼を言うと、孝子は奥の厨房に取って返して何か大き目の箱を持ってきた。
 「これ、雪さんから頼まれていたものです。お代は頂いていますので、このままお持ちくださいね」
 「?」
 差し出された勢いのまま受け取れば、少し重さのあるものだった。
それを不思議そうに見つめる吟に、孝子はにこやかに笑って口を開いた。
 「吟さんに、たくさんの幸せが来ますように!」
 「?」
 首を傾げたまま顔を上げれば、たっこの後ろに彰と見知らぬバイト君達が見える。
 夏祭り前で忙しそうだ。
しっかし、イケメン揃いの喫茶店だなぁ。その手のおぜうさん達が通いつめそう。
 「なんかよくわかんねーけど、もらっていくな。皆にもよろしく伝えてくれ」
そう言いながら後ろで作業をしている勉さん達に、頭を下げる。どうやら何かの用事らしく、紬さんの姿は見えない。
 残念だけど、さすがに祭り前にずっと邪魔してるわけにもいかねぇからな。
 「はい! また来てくださいね!」
 「あぁ紬さんにも会いたいしな。それじゃ、どうも」
 最後は勉さん達に向けて声をかけると、たっこの笑顔に送られてトムトムをでた。




――そして。




 「いや、だからなんでイカなんだよ」




 自分ちの居間の卓状台に置いた箱のふたを開けてみればイカの形をした大きなムースが鎮座していて、吟はぽかんと口をあけたまま首を傾げていた。
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