上 下
34 / 34

-未来の話-高校の友人。糀LOVEなその人。

しおりを挟む
醸と天衣が結婚して2年後くらいのお話になります。
こちらは、神山備様「日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ 結婚式の招待状」の醸視点になります。
神山さん、いつもありがとうございます!

----------------------------------------


  裏戸が開くと同時にドサリと上がった音に、店内で作業していた雪がそちらへと目を向けた。
  配達に行っていた醸が裏のガラス戸をあけたその振動で、鞄が机の上で倒れたらしい。
 気付かずにガラス戸を閉める醸に、仕方がないと肩を竦めながら声をかけた。
 「醸くん、鞄から何か落ちたわよ」
 そう言いながら、雪はひらりと床に落ちた封筒を拾う。
 どうやら壁に立てかけておいた鞄が倒れた拍子に、中から飛び出したらしい。一緒に落ちただろう手帳も拾い醸へと差し出した。

 「あ、ありがと」
  醸はそれを受け取って鞄にしまおうとして、ふと気が付いたようにその手を止めた。
 「母さん、浩が結婚するんだってさ」
  招待状来たんだよね、とひらひらと封筒を揺らした醸の言葉に、さっきまでしていた作業――商品を綺麗に拭いていた――に戻ろうとしていた雪は、振り返った。
 「佐藤 浩くん?」
 「そう、その浩」
  驚いたように瞬きを一つ零した雪は、両手を合わせてにこりと笑った。
 「そうなの! 浩くん、結婚するのね!」
  醸は頷きながら、今度こそ封筒を鞄にしまう。
 「俺達の結婚式にさ、浩呼んだだろ? 俺の友達と天衣の友達が一緒になったテーブルあったじゃん。そこで一緒になった天衣の友達と結婚するんだ」
 「……え」
  機嫌よさそうに頷いていた雪は、醸のその言葉に動きを止めた。

 「……私、どん引きしていた天衣ちゃんの友達の顔しか覚えていないのだけど」
 「うん、俺も」

  顔を見合わせて、思わず頷いた。



  佐藤 浩。
  彼との出会いは、高校時代に遡る。
  酒屋の息子である俺は、あの頃、酒の種類や構造、その背景などいろいろな知識を貪欲に求めていた。
  理系脳の佐藤 浩は、その頃……と言っても今もだけれど……糀にはまっていた。
  発酵のメカニズムに興味を惹かれ、色々な知識を只管求めていた。

 そんな俺達が出会ったら、どんなことになるかなんて決まっている。

 お互いに仕入れた知識を情報交換するだけではなく、俺が長期休暇で杜氏のいる酒蔵に勉強のために行くとその内容をとても知りたがった。
  俺もそんな話ができるのは浩だけだったから、それはもう忌憚なく話し合った。二人とも酒の味など分からない子供だったが、それでも水や米。その酒蔵のまつわる土地、何にもまして酒にして一番大切な「糀」の事は知れば知るほど楽しくて、会えばひたすら話し合った。

 ――そう。周りがドン引きするくらいに。

 ただ、俺があいつに勝てなかったことが一つある。
  糀への愛情だ。
  糀LOVEなのだ。あれはもうLIKEではない、LOVEなのだ。

  俺は浩と二人きりではなく酒や糀に興味がない奴がいる時はさすがにその話を出さずにいたのだが、浩は違う。
 どんなにその場にいる人間が興味があろうとなかろうと、糀について語り、その素晴らしさを相手に伝えようとするのだ。
  高校を卒業して大学に入り、そして某有名酒造メーカーに開発として入社したら、それに拍車がかかったような気がする。

  頭もいい。顔も整っている。けれど彼の口から飛び出すのは、十中八九糀の素晴らしさ。


 ――そう。佐藤 浩は、ちょっと残念な奴なのだ。




 「相手の子はまりさんっていうんだけど、どうやらその時に「発酵食品でダイエットしませんか」って誘ったらしい」
 「なんていうか小一時間浩くんを正座させたい気がするけど、そこから恋の花が咲いたのね。さっそく最高のお酒をお祝いに用意しなくっちゃ」
 そう言うと、配達に出ている燗が早く帰らないかしらと店内へと戻っていった。

  醸はそんな雪の後ろ姿を見送って、もう一度封筒に手を伸ばす。
  封筒の裏にある名前は、どちらも「佐藤」。
 同じ名字での結婚は、醸の知ってる限りでは初めてで。幸せそうに結婚の報告をしてきた浩の顔を思い浮かべると、醸の表情も穏やかな笑みを作った。


  俺と天衣が取り持った仲だからな! 幸せにならないはずがない。


 ちらりと視線を向けた時計は、まだまだ閉店まで時間がある事を示している。醸ははぁ……とため息をつくと、帳簿を手に取った。


  早く天衣に会いたいなぁ。


 もうすでに結婚して二年は経っているというのに、早く天衣の待つ家に帰りたくて仕方がない醸であった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ぼくたちのためのレシピノート

森園ことり
ライト文芸
図書館に勤める「ぼく」には友達がいない。人付き合いが苦手で淡々と日々を暮らしていたが、ある日、星野という同僚が隣の部屋に住んでいることが発覚する。彼とその恋人と急接近した「ぼく」の日常は少しずつ変化していき…。 ※アルファポリス『第8回ドリーム小説大賞』大賞受賞作品 ※旧題「おとなりさん」

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! 夫のカノジョ / 垣谷 美雨 さま(著) を読んで  Another Storyを考えてみました。 むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

王子様な彼

nonnbirihimawari
ライト文芸
小学校のときからの腐れ縁、成瀬隆太郎。 ――みおはおれのお姫さまだ。彼が言ったこの言葉がこの関係の始まり。 さてさて、王子様とお姫様の関係は?

余命一年と宣告されたので、好きな子脅して付き合うことにした。

蒼真まこ
ライト文芸
「オレの寿命、あと一年なんだって。だから彼女になってよ。一年間だけ」  幼い頃からずっと好きだったすみれに告白した、余命宣告と共に。  そんな告白は、脅しのようなものだけれど、それでもかまわなかった。  大好きなすみれに幸せになってもらうためなら、オレはどんな男にでもなってやるさ──。  運命にあがくように、ひたむきに生きる健と幼なじみの二人。切ない恋と青春の物語。 登場人物紹介 中山 健(たかやま たける) 心臓の病により、幼い頃から病弱だった。高校一年。 人に弱音をあまり吐かず、いじっぱりで気が強いところがあるが、自分より周囲の人間の幸せを願う優しい少年。 沢村 すみれ(さわむら すみれ) 幼なじみの少女。健と同じクラス。 病に苦しむ健を、ずっと心配してきた。 佐々木 信(ささき しん) 幼なじみの少年。長身で力も強いが、少し気弱なところがある。 ※ノベマにも掲載しております。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

カタファルコ(棺台)

多谷昇太
ライト文芸
これはかの天才彫刻家ベルニーニの逸話からのショートショートです。

日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)

神山 備
ライト文芸
鏡野ゆう様作、「政治家の嫁は秘書様」のお膝元商店街、希望が丘駅前商店街「ゆうYOUミラーじゅ希望が丘」コラボ作品です。本格中華菜館神神(シェンシェン)飯店店主(中国人)とその妻(韓国人)の暴走及び、それを止める娘の物語。 ★このお話は、鏡野ゆう様のお話 『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。 ★他にコラボしている作品 ・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/ ・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/ ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ・『希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/  

処理中です...