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28 蛇足・過去の人 イマノヒト・こたろー
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「比奈……」
いきなり走り出した比奈を、流石に追いかけることはできなかった。
いくら外でも、学校の真ん前。
人通りの多い時間帯に、一生徒を教師が追いかけていたら確実に問題視される。
いや、比奈って呼んでる時点でどうなんだという感じなんだけど。
「ねぇ、小太郎。あなたこそ、なんでスーツ着てここに? 職場近いの?」
そっと袖を引かれて、傍らに立つ茅乃に目を向けた。
じっと俺を見上げてくる表情は、あの時のまま。
……あの時の、まま?
何か違和感を感じつつ、それが何かわからなくて首を傾げるだけにとどめた。そしてやんわりと茅乃の指から袖を引き抜く。
「あぁ、俺も茅乃と一緒。カタセンに教えてもらって、高校で臨時教師やってんだ」
「え、本当!?」
驚いたように笑みを零してちらりと高校に視線を向けると、茅乃がそうだ……と手を鳴らした。
「カタセンに挨拶ってできるかな? 職場を紹介してもらったお礼、就職してからしてなくって気になってたの」
「え……、お礼? 今から?」
いや、でも放課後だしいいのか? 臨採教師にそんな裁量あるの? 一般人、高校内に入れていいの?
疑問符を並べまくった俺を見て、茅乃はスマホを取り出すとどこかにメールを打ち始める。話の流れ的にカタセンかなと思って見ていたらその通りで。
「ね?」
そう見せつけてきた画面には、カタセンのアドレスののったメールが一通。了承を伝える文面。
「……まぁ、うん。じゃあ行こうか」
「やった!」
嬉しい、と言葉を続けて歩き出す茅乃と高校へと戻りながら、幾度か後ろを振り向いて走り去った比奈の後姿を人混みに探した。
……見つけられなかったけど。
「お前、外行って何拾ってきてんだよ」
片山先生は俺が飛び出して行った時のまま、喫煙室の定位置で煙草を銜えていた。
「酷いカタセン! 嬉しいでしょ? 私が会いに来て、嬉しいよね?」
「マァ、ウレシイ」
「棒読み!」
ぱちんと、カタセンの腕を叩く茅乃の姿に、こいつはこういう奴だったと内心納得した。
結構スキンシップが多かったような。
つい腕を組んだまま二人を見ていたら、それに気づいたカタセンが片眉を上げて小さく首を傾げた。
「で、お前は? どうだったんだ?」
「え? あ、うん……」
ちらりと茅乃を見て、目を伏せる。
まさに逃げられた場面を見ていた奴を目の前に、あんま喋りたくないんすけどー。
カタセンはそれだけで察したらしく、わざとらしく息を吐き出して肩を竦めた。
「お前さ、勤務中に目瞑ってやってんのに、ナンパしてくんなよ。早く仕事に戻れ」
「いやいや、茅乃相手に何言ってんだよ。あー、でもまぁ、さすがに仕事戻ります」
腕時計を見れば、ここを飛び出してから三十分は経ってる。
臨採の俺には二十分の休憩が認められているけど、もう超えてしまっていた。
「超過した分、大目に働いていきますんで。じゃーな、茅乃」
「あら、もういっちゃうの?」
なんとなく気にかかる声音にぴらぴらと手を振って、俺は比奈のいない図書室へと足を向けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ねぇ、カタセン。小太郎、まだひなちゃんの事好きなの?」
喫煙室に残された茅乃は、我関せずと煙草を吸い始めた片山にぼそりと呟いた。その声はさっきまでとは違っていて、煙草を銜えたまま片山は視線を窓へと逸らす。
茅乃は、小太郎が一番最後に付き合った元彼女。
茅乃と別れてからは、比奈一直線で誰にも見向きしていない。確か二人が別れた時、いざこざがあったとは記憶していないが。
なんとなく、今の茅乃に言うべきじゃない気がする。
「さぁ、どうかなぁ」
「ふぅん、そうなんだー」
茅乃は片山の言葉を遮るように呟くと、口端を上げて笑みを浮かべた。ほんわりとした無邪気な言葉とは、全く逆の嫣然とした笑み。
「カタセン」
片山の言葉を遮るように、茅乃が声を上げた。
「ありがとう、小太郎を雇ってくれて」
それじゃーね、と身を翻すと茅乃はドアの向こうに消えた。
暫くして窓に目を遣ると、無表情のまま正門へと歩いていく茅乃の姿が街灯に照らされていた。
「面倒くせぇ」
思わず、天井を仰ぐ。
わざわざ片山にお礼を言いに来たいと、小太郎を見つけたから一緒に中に入っていいかと聞かれて眉を顰めたのは本当。
でもさすがにもう何年も前の事、茅乃とて先に進んでるだろうと思いつつも何を考えているのか窺い知る為にそれを許可したわけだけれど。
「あーあ、梶原。なんちゅーもん拾ってきたんだよ」
別に俺が雇ったわけじゃねーし、と片山のぼやきが部屋に響いた。
いきなり走り出した比奈を、流石に追いかけることはできなかった。
いくら外でも、学校の真ん前。
人通りの多い時間帯に、一生徒を教師が追いかけていたら確実に問題視される。
いや、比奈って呼んでる時点でどうなんだという感じなんだけど。
「ねぇ、小太郎。あなたこそ、なんでスーツ着てここに? 職場近いの?」
そっと袖を引かれて、傍らに立つ茅乃に目を向けた。
じっと俺を見上げてくる表情は、あの時のまま。
……あの時の、まま?
何か違和感を感じつつ、それが何かわからなくて首を傾げるだけにとどめた。そしてやんわりと茅乃の指から袖を引き抜く。
「あぁ、俺も茅乃と一緒。カタセンに教えてもらって、高校で臨時教師やってんだ」
「え、本当!?」
驚いたように笑みを零してちらりと高校に視線を向けると、茅乃がそうだ……と手を鳴らした。
「カタセンに挨拶ってできるかな? 職場を紹介してもらったお礼、就職してからしてなくって気になってたの」
「え……、お礼? 今から?」
いや、でも放課後だしいいのか? 臨採教師にそんな裁量あるの? 一般人、高校内に入れていいの?
疑問符を並べまくった俺を見て、茅乃はスマホを取り出すとどこかにメールを打ち始める。話の流れ的にカタセンかなと思って見ていたらその通りで。
「ね?」
そう見せつけてきた画面には、カタセンのアドレスののったメールが一通。了承を伝える文面。
「……まぁ、うん。じゃあ行こうか」
「やった!」
嬉しい、と言葉を続けて歩き出す茅乃と高校へと戻りながら、幾度か後ろを振り向いて走り去った比奈の後姿を人混みに探した。
……見つけられなかったけど。
「お前、外行って何拾ってきてんだよ」
片山先生は俺が飛び出して行った時のまま、喫煙室の定位置で煙草を銜えていた。
「酷いカタセン! 嬉しいでしょ? 私が会いに来て、嬉しいよね?」
「マァ、ウレシイ」
「棒読み!」
ぱちんと、カタセンの腕を叩く茅乃の姿に、こいつはこういう奴だったと内心納得した。
結構スキンシップが多かったような。
つい腕を組んだまま二人を見ていたら、それに気づいたカタセンが片眉を上げて小さく首を傾げた。
「で、お前は? どうだったんだ?」
「え? あ、うん……」
ちらりと茅乃を見て、目を伏せる。
まさに逃げられた場面を見ていた奴を目の前に、あんま喋りたくないんすけどー。
カタセンはそれだけで察したらしく、わざとらしく息を吐き出して肩を竦めた。
「お前さ、勤務中に目瞑ってやってんのに、ナンパしてくんなよ。早く仕事に戻れ」
「いやいや、茅乃相手に何言ってんだよ。あー、でもまぁ、さすがに仕事戻ります」
腕時計を見れば、ここを飛び出してから三十分は経ってる。
臨採の俺には二十分の休憩が認められているけど、もう超えてしまっていた。
「超過した分、大目に働いていきますんで。じゃーな、茅乃」
「あら、もういっちゃうの?」
なんとなく気にかかる声音にぴらぴらと手を振って、俺は比奈のいない図書室へと足を向けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ねぇ、カタセン。小太郎、まだひなちゃんの事好きなの?」
喫煙室に残された茅乃は、我関せずと煙草を吸い始めた片山にぼそりと呟いた。その声はさっきまでとは違っていて、煙草を銜えたまま片山は視線を窓へと逸らす。
茅乃は、小太郎が一番最後に付き合った元彼女。
茅乃と別れてからは、比奈一直線で誰にも見向きしていない。確か二人が別れた時、いざこざがあったとは記憶していないが。
なんとなく、今の茅乃に言うべきじゃない気がする。
「さぁ、どうかなぁ」
「ふぅん、そうなんだー」
茅乃は片山の言葉を遮るように呟くと、口端を上げて笑みを浮かべた。ほんわりとした無邪気な言葉とは、全く逆の嫣然とした笑み。
「カタセン」
片山の言葉を遮るように、茅乃が声を上げた。
「ありがとう、小太郎を雇ってくれて」
それじゃーね、と身を翻すと茅乃はドアの向こうに消えた。
暫くして窓に目を遣ると、無表情のまま正門へと歩いていく茅乃の姿が街灯に照らされていた。
「面倒くせぇ」
思わず、天井を仰ぐ。
わざわざ片山にお礼を言いに来たいと、小太郎を見つけたから一緒に中に入っていいかと聞かれて眉を顰めたのは本当。
でもさすがにもう何年も前の事、茅乃とて先に進んでるだろうと思いつつも何を考えているのか窺い知る為にそれを許可したわけだけれど。
「あーあ、梶原。なんちゅーもん拾ってきたんだよ」
別に俺が雇ったわけじゃねーし、と片山のぼやきが部屋に響いた。
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