幼馴染と図書室。

篠宮 楓

文字の大きさ
上 下
24 / 29

24 蛇足・それぞれの数日間・こたろー

しおりを挟む
「うざい、めんどくさい」

「片山先生ー」

 喫煙室に入ってきた途端、嫌そうな顔をして踵を返そうとした片山先生の腕を掴んで引き止めた。

「何で最近、俺から逃げるのさ」
「お前の顔が気持ち悪いからだよ」
 失礼な。
 勢いで出ていこうとしていた片山先生は俺のしつこさに負けたのか、諦めたように肩を落とすといつもの定位置に腰を下ろした。

「で、なんだよ。なんなんだよ。話したいならさっさと話せよ。っていうか、大体、お前生徒じゃねーんだから俺を頼るなよ」
 イライラしたように煙草を銜える片山先生を、恨みがましそうに睨む。
「普通さ、卒業してもお前達は俺の生徒だ! とか、そんなこと言うんじゃないの?」
「いわねーよ。どんだけこっちに責任背負わせばいいんだ。ふざけんな」

 そういいながらも、実はちゃんと面倒みていることを俺は知っている。
 臨採の事を、俺に教えた事でも証明されてるしね。

「顔が気持ち悪いから、お前と面合わせるの避けてたのによー。煙草の誘惑に負けたし」
 心底残念そうに煙を吐き出す片山先生は、持っていた缶珈琲の蓋を開けながら俺を見た。
「で、なんだ。伝えられなかったのか。それとも、振られたのか」
「うっわー、直球」
 そう言いながら、座っていた椅子に戻って机に上体を伏せた。
 両腕に顎をのせて、目を伏せる。

「……幼馴染のままでいいんだよ」

 ぽつり、と呟く。

 片山先生はよく聞こえなかったのか、問い返すような視線で俺を見る。
「幼馴染のままでいいって、そう言われたんですよ」
「振られたんじゃん。ごしゅーしょーさま」
「即答かよ!」
 
がばっと顔を上げれば、眉間に皺を寄せたまま煙草を口に銜える片山先生の姿。

「即答だろ。他にどんな言いようがある。ナンテマァ、カワイソウニ」
「棒読みやめてーっ!」
 再び、机に伏せた。
「つーか、その割に深刻に悩んだりしないんだな。ふざけてる様に見えるのは、俺だけか? それとも、そうでもしないと保ってらんねーのか?」

 その言葉に、ピクリと肩が動く。

 鼻で笑う声が聞こえて、青い青いとのたまわれた。
「大方拒絶されたら諦めるとか決心しておきながら、いざ拒否られたら余計に自分のものにしたくなって、手出しそうで怖いんだろ」
「……その、人の深層心理を的確に抉り出す手法は、どこで学んだわけですか」
「お前、幼馴染に近づくな。なんかあったら、元担任とか言って俺まで槍玉にあげられそうだ」
 あぁぁ、否定できないだけに言い返せない。


 諦めると、決めていた。
 比奈に想いを伝えて、それでもダメだった場合は。
 いっそすっきりするとか思ってたのに。

 実際は、真逆。
 ”幼馴染のままでいいんだよ”という、何ともオブラートに包んだような言われ方をしたせいで、余計諦めきれなくなった。
 嫌いじゃないなら。
 好きでもないけど、嫌いでもないならそこに望みを見出してしまった。

 衝動的に手を出しそうで、自分が怖い。



 ぽん、と頭に掌が乗っかる。
「お前、良くも悪くも素直なんだよなー。で、”幼馴染のままでいいんだよ”って事は、お前の鬼畜所業、彼女は許してくれたのかよ」
「は? わけないじゃん」
 思わず、がばりと体を起こす。
 頭から離れた手を宙に浮かせたまま、片山先生が怪訝そうに首を傾げた。


「許される、わけないじゃん?」
「いや。言う、わけないじゃん」


 それを聞いた片山先生は、眉を顰めた後、ふぅんと呟いて煙草を銜えた。
 口端から上る細い煙が、ゆっくりと消えていく。
「この期に及んで、自分を守ったわけか」
「いや、守るっていうか……。別に言わなくてもいい話だろ? これ以上、幻滅されたくないし」
「すでに底辺だから、大丈夫だろ」
 それ、まったく大丈夫って言えないんすけど、先生。

「底辺突き破って、奈落に落ちたら責任とってくれるんですかー」
「責任とれる大人が、甘ったれたこと言ってんじゃねーよ」

 ぶはぁっと煙を吐き出した片山先生が、ふと顔を上げて一点に視線を向けた。

「あれ、お前の幼馴染じゃないか。えれー、早いな」
「え?」
 その声に同じ方に視線を向けると、少し離れた場所を比奈が横切っていくのが見えた。
「あれ、ホントだ。図書室閉めるまでいないの、珍しい……」
 いつも必ず下校時刻まで、最悪最終下校まで居座る比奈が。


「お前のせいかなー」

「……っ」

 びくっと、肩を揺らす。
「お前が阿呆な事言ったから、幼馴染ちゃん、落ち込んでんじゃねーの?」
「落ち込みたいの、俺の方だと思うんだけど」
 なんで振った方が、落ち込むんだよ。
 じろりと睨みあげれば、煙草を灰皿に押し付けている姿。

「お前が、お前を守ったからだろ。案外、ばれてんじゃないか?」
「え?」

 片山先生は椅子から立ち上がって、両手を上げて体を伸ばした。
「てーかさ。お前、自分の気持ち言うだけで、幼馴染ちゃんの気持ちを聞いたことあんの? 変に断らない方が、俺には怪しく思えるけどね」

 比奈の気持ち?
 首を傾げて考え込む。

「……言われてみれば、ないかも」
 比奈、あんまり反応してくれないし。
「ホントお前、まだまだ子供だなー。青いわー」
「……よし、聞いてくる!」
 ガタッと大きな音を立てて立ち上がる。
「あ? お前仕事中……っ」
 突然立ち上がった俺に驚いたように目を見開く片山先生に、大丈夫と返した。

「すぐ戻るし、声かけて後で行くことだけとりあえず伝えてくる!」

 そのまま、喫煙室を飛び出した。




「……そういうの、プライベートでやってくんないかね。せめて、メールとかさー」

 呆気にとられた片山先生が、そんなことを言っていたみたいだけど、全く俺の耳には届いていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...