幼馴染と図書室。

篠宮 楓

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23 それぞれの数日間

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「委員長、どしたの?」


 突然目の前が真っ暗になって、額の痛みとともに眼鏡が顔に食い込む。
 後頭部を押さえ付けていた手がぽんぽんと頭を軽く叩いて、離れていった。

 ……あのさ、眼鏡掛けてる人なら分かってくれると思うんだけどさ。
 鼻当て? ってーの? 本当の名称知らないけど、鼻当てがね。顔に食い込むとね。地味に痛いわけね?

「副委員長……」

 顔を上げて眼鏡を取れば、目の前の椅子に座った佳苗が少し目を見開いた。
 近視の強い私には、そこまでよく見えないけれど。
 自分の皮脂が付いたレンズを、眼鏡拭きでキュキュッと磨く。
 洋服の裾とか袖とかで拭くのは楽だけど、コーティングに傷がついちゃってレンズが駄目になっちゃうからねー。

 そんなしょうもないことを考えつつ拭き終えた眼鏡をかければ、まだ固まったままの佳苗がそこにいた。
「何してるの……って、佳苗? 聞いてるの? かーなーえー?」
 話しかけても反応を示さない佳苗に焦れて目の前で掌を振れば、信じらんない、と呟かれた。
「何、この王道設定。ガリ勉女が眼鏡外したら可愛かったとか、どこの話? ベタでしょ、ベタすぎるでしょ??」
 ぶつぶつと呪いのように言葉を続ける佳苗を馬鹿にしたような目で見れば、でも、と続けた。
「あ、別に美少女とか言ってないからね。思ってたより。思ってたより可愛かっただけの驚きだから。流石にそこまで王道設定嫌だし? まぁほら、スタートがマイナスだから、五十%くらい上昇すればいい感じに見えるっていうか……ギャップ?」

 ……表情をいつも通りに戻してコテンと首を傾げる様は、殴ってあげたいくらい魅力的だわ(はぁと)。
 そんな不穏な私の空気を察知したのか、佳苗は前のめりだった上体を後ろに引いた。

「んで、どーしたの委員長。ここ数日、梶原先生と不仲ね。夫婦喧嘩?」
「まず、最後の不適切な言葉、撤回して頂戴」
 人が求めているのにそれをハイハイという適当返事で流して、佳苗は机に頬杖ついた。

「だって今まで比奈が一人でいて、梶原先生が寄ってこないのとか見たことなかったし」
「何それ。大体、司書教諭が生徒にホイホイ近づいてたらおかしいでしょ?」
「んじゃ、今までおかしかったのに、何いきなり正常になってんの?」


 ……、これだから読書大好き文系人間が寄ると……

 思わず、眉間を指先で抑える。
 言い回しも言葉選びも、自分で言うのもなんだけど多種多様で素早いと思う。
 本を読んでいれば、それだけいろいろな言い回しにも言葉にも慣れるというものだ。

 要するに。
 同じ意味の質問を口にするのに、幾通りもの言い方ができるというわけさ。

 思わず面倒くさいと内心呟いてから、佳苗に目を向けた。
「あのね、幼馴染とはいえ学校でいつも通りに振る舞うのはおかしいと思うんだけど。だから、ちゃんと教師と生徒っていう線引きしようと思って」
「は? そんなの、委員長ずっとしてたじゃん。それを乗り越えて傍に寄っていく梶原先生見てるのが面白かったんだから。なのに、何? 梶原先生が、なんかよそよそしくなっちゃってさー。傍観者的つまんない」
 なぜ、傍観者に楽しい日々を送らねばならん。
「今までの梶原先生の態度の方が、おかしかったんだって。やっと、大人の対応になってくれて私はホッとしてるんだから」

 手元のノートを、ぱたりとしめた。

「ふーん」
 なんだか反応の薄い返答をする佳苗を前に、少しバツの悪い気分になって横に置いておいた鞄に文具類をしまいこむ。
 いろいろと突っ込まれる前に、さっさと帰ろう。
 聞かれたい話は、一つもないし。

「あれ、帰るの?」

 物凄く棒読みな佳苗の言葉。
 頭の中を、見透かされている気分になる。

「帰るよ」


 そう一言返して、私は図書室を後にした。




 高校に入ってずっと続けていた、放課後の図書室通い。
 用事があるとき以外は、必ず図書室を施錠するまで本を読んでいたけれど。



 初めて、その習慣を放棄した。






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