幼馴染と図書室。

篠宮 楓

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20 蛇足・そして、夜・こたろー

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 呼びかけた比奈は、目の前で固まっている。
 なんでそんなに緊張するのだろう。
 比奈は、何をそんなに怯えてるんだ?








 放課後。
 泣き言を零した俺に、片山先生は辛辣な一言を言い放った。

「自業自得。お前があの時、人の心を弄んだ報いだよ」

 抉られた。
 比奈の嘘吐き発言でも抉られたけど、片山先生の言葉は、昨日の傷跡をそっくりそのまま同じ位抉り取った。
「自分が必死だからって、人の気持ちを踏みにじったわけだからな」
「……」
 何も言い返せない。
 あまりにも情けない顔をしていたのだろう。片山先生は吸っていた煙草を灰皿に押し付けて火を消すと、手持無沙汰に珈琲の缶を手に取った。

「お前、幼馴染ちゃんと真面目に向き合ったことあるか?」

「へ?」

 向き合ったこと?

 片山先生はぐびりと一口珈琲を飲み下すと、それを持ったまま窓の外に目を向ける。
「お前の高三は、最低だった。俺から見ても最悪な男だったな。あんな漫画でしか起こらないようなこと、リアルで実行するやつ初めて見た。多分、今後も見ないと確信できる。つか、あんなのもう見たくない」
「……抉らないでよ、これ以上」
 自分でも自覚しているのに、客観的に言われるこのキツさ。
「ま、それだけお前も真剣だったって事だろ? その幼馴染の事。やり方は心底最悪だったけどさ」
 そう言われて、口を噤む。



 そりゃ、本当にあの頃は。
 思い詰めていたし、思考はほぼ無限ループだった。早ければ数日、長くても数週間と持たない恋愛関係ばかりを繰り返して、授業もテストも適当になった。
 そのせいで内申点落とされて、比奈と同じように高校入学から推薦を目指していた俺は、冬以降、受験で苦労する羽目にもなったのだが。

 でも、夏が過ぎる頃。
 自分の気持ちに気が付いてから、数か月。
 あれは、比奈が俺の知らない同じ学校の男と歩いているのを見た時。
 もう、無理だと悟った。
 どうあがいても、俺が俺を止めることはできないと。
 比奈の幸せを傍で見守ろうとかそんなこと考えてたけど、絶対に無理だと気づかされた。
 比奈が好きで、比奈を独占したくて。
 抑えていたから、余計昂ぶる感情。

 俺の感情をぶつけて、怖がる比奈を見たくなかった。
 比奈が、俺を嫌いになるのが怖かった。
 俺は、俺から比奈を守っているつもりで、比奈に嫌われるのが怖かっただけなんだ。


 でも、いい。
 こんな気持ちのまま、比奈を見続けるくらいなら。
 全力で、比奈に好きだと伝えよう。
 拒否されたなら。心から、本気で嫌われたなら。
 ここからいなくなればいいと、そう、思った。
 比奈が他の誰かのものになるのを見ている位なら、幼馴染を続けられなくなった方が、その方がいいと。
 いっそ、その方が救われる。


 俺は、選択した。



 考え込む俺を黙って見ていた片山先生は新しく出した煙草を銜えると、火を付けて大きく息を吐きだした。

「お前だって、まぁ、辛かっただろうけどさ。その心情、ちゃんと幼馴染に伝えたか? 単に、好きだー好きだーって言ってただけじゃないのか? 自分本位で、気持ちを伝えていただけじゃないのか?」
「それは……」
 口を開いた俺を、片山先生は視線で黙らせる。
「お前はお前なりに、悩んで出した答えだ。真剣なのはわかる。けど幼馴染ちゃんにとってはどうだ? いきなり好意を前面に押し出され始めたら、当たり前に戸惑うし誰も信じねぇよ」
 そう言われて、俺は何も言えなかった。
 黙り込んでしまった俺の頭を、片山先生は軽く叩いてニヤリと笑う。
「今からでも、せめてちゃんと向き合えよ。あれだけ悩みぬいた相手なんだからさ」
「……手、出しちゃまずいんじゃなかったっけ」
「当たり前だ、馬鹿。口を出せ、口を」
 口っつーても物理的に出すなよ……と笑うと、煙草を消して片山先生は喫煙室を出て行った。







 だから。
 ちゃんと、まじめに、比奈に想いを伝えようと思って、るんだけど。
 強張った表情のまま俺を見る比奈が、凄く辛そうで。
 何でそこまで、苦しそうにするのか意味が分からなくて。
 でも、伝えるって決めたから。
 こくりとつばを飲み込んでから、口を開いた。

「昨日は、怒って悪かった」
「……別に、大丈夫」

 とりあえず会話のとっかかりとして昨日の事を謝ってみたけれど、反応は、薄い。
 帰りたそうにちらりとドアの方に視線を向けた比奈の手を、手を伸ばしてぎゅっと掴む。
 ぴくりと肩を震わせた比奈を視界に収めながら、それでも俺は自分の気持ちを伝えたかった。
 好き、という気持ちが、嘘だと思われたままではいたくなかった。


 まさか、それが。
 比奈を追い詰めるとは知らずに。


「比奈。俺、本当にお前の事が好きなんだ」


 一言一言を噛み締めるように、比奈に伝える。
 いつもの、間延びした口調は止めて。
 自分の欲から鈍くなる為に、またそれ以上に比奈を怖がらせまいとして使っていた話し方ではなく、まじめな口調で。

 比奈は、何も言わずに目を伏せたまま俺の言葉を聞いていた。
 その反応の無さに、焦れるような感情が頭をもたげる。

「ちゃんと、向き合ってこなかったから、比奈に信じて貰えないんだって気が付いた。だから、比奈」

 掴んだ手をに、力を込める。



「信じてくれ。俺は、比奈が好きだ」
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