幼馴染と図書室。

篠宮 楓

文字の大きさ
上 下
13 / 29

13 それは、失敗

しおりを挟む
 私は夕食の後、自室に籠ってパソコンをいじっていた。

 小気味よい音が、部屋に響く。読書も好きだけど、細かい仕事をするのも好き。
 故に、資料を作るのも好き。

 だけど。




「……よもや、こんなことになろうとは」

 ため息交じりに、エンターキーを力任せに叩いた。










 放課後、こたろーちゃんに聞かれた「貸し出し禁止本エリア」に関する相談ごと。そのリストを見た時に脳裏にひらめいたのが、一学期に委員会で議題となった意見だった。
 今年から進学科コースが新設されたうちの学校は、改善・変更をしていく箇所が増えた。

 その一つが、図書室の蔵書。
 今回こたろーちゃんが臨時採用されたのも、そこら辺の事情だと本人から聞いている。しかし、委員会ではこたろーちゃんが来る前から、蔵書が少ないんじゃないかという意見が出ていた。




 その中で調べたのが、放課後にこたろーちゃんに見せた資料達。

 まぁ、参考にはなるかなと思って伊藤先生には提出したはずなんだけど、あの時それを口にしちゃいけない雰囲気なのはさすがの私にも分かります!
 たぶん学校の方でも計画が持ち上がっていて、伊藤先生はそっちの方を重視したんだと思うんだけど。

 いや、普通そうなるし。別にそれに関して、文句も何もないけど。




 こたろーちゃんは、教師と話し合って大体決めた購入予定のリストと渡した資料を見比べて、私の話をちゃんと聞いてくれた。
 途中、伊藤先生が眉間にしわを寄せながら退場したのがすごく気になるけれど、やっぱり、その、嬉しいのだ。自分の話を聞いてくれるということが。
 変態で軽くておバカなこたろーちゃんだけど、年下とか生徒とかそういったフィルターで対応しないからそういうところは凄いと思う。

 それ故、頼まれた資料を文句も言わずに纏めているわけです。

 図書委員長の鏡だね、私。







 一通り目途がついて、印刷終えてざっと目を通すと、机の上に置いてパソコンの電源を切った。時計を見れば、既に深夜。
 電気を消して、羽織っていたカーディガンを脱ぐ。ちょっと根詰めすぎちゃったなぁと体を伸ばしながら、ベッドに転がった。 眼鏡が顔に食い込んで、地味に痛い。

 眠気覚ましも兼ねて小さく開けてある窓から入り込む、冷たい空気。そろそろ閉めないと、風邪ひいちゃうよね。

「明日、伊藤先生、普通だったらいいんだけどな」

 そう呟きながら窓を閉めようと手を伸ばしたら、




「大丈夫だろ」




 ……!


 独り言に返事があって、驚いて窓を開ける。
 少しくぐもった様な声だけど、それは紛れもなく……




「こたろーちゃん」


 ベッドの真横にある窓を開ければ、向かいのベランダで煙草を吸うこたろーちゃんと目があった。




 気怠そうにベランダの柵に持たれながら、携帯灰皿片手に煙草を銜えている。
 こたろーちゃんちは、室内禁煙。だから吸う時はベランダに出てくる。そのベランダというのが、私の部屋の横で。
 実は、手を伸ばせばぎりぎり私でも届いちゃうくらいの距離しかない。



 でも。だけど。



「こんな時間に煙草吸うとか、こたろーちゃん明日仕事する気ある?」

 薄暗い部屋の中、机の上にある時計は夜中の一時過ぎを指していて。いつもこんなに遅くまで起きてるのかなと思いつつ、少し咎めるような口調でこたろーちゃんを見る。
 すると銜えていた煙草を携帯灰皿に押し入れて、それを羽織っていたシャツのポケットに突っ込んだ。

「それは俺のセリフ。集中しすぎ。もしかして、今日頼んだやつやってたんだろ」

 いつもより真剣みのある言葉で言い当てられて、思わず口を噤む。
 でもすぐに、頭を振った。

「違うよ。なんでこたろーちゃんの為に、私がそんな事しなきゃいけないわけ?」

 ふんっ、と鼻で笑って窓を閉め……

「えっ?!」

「ちょっと、どけ」

 ……ようとした手の上から掴まれて、反対に大きく開けた。

 そのまま、ベランダ越しに反動をつけて私のベッドの上に降り立つ。こたろーちゃんの背後で、ベランダに落ちたサンダルが音を立てて転がった。

「はい、こんばんは」

 一気に冷たい風が部屋に入ってきて、思わずぶるりと震える。

 いや、きっとそれ以外の理由でも。


 裸足の足が、ベッドに座る私を跨いで床に降り立つ。
 何も言えず、呆けたようにこたろーちゃんの動きを目だけで追った。
 あまり足音がしないのは、なんでだろうとか。確かに跨げる距離だけど、危なくないのかとか。
 そんなことを考えていたら、反応が遅れた。


 こたろーちゃんの手には、数枚の紙。


 それは――


「あっ!」


 慌てて取り返そうと、ベッドから降りて手を伸ばす。



 それは。



「嘘吐き」
 ぼそりと呟くこたろーちゃんの声が、低い。
 その手にあるのは、机の上に置いておいたさっきまで作っていた資料だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

病弱な愛人の世話をしろと夫が言ってきたので逃げます

音爽(ネソウ)
恋愛
子が成せないまま結婚して5年後が過ぎた。 二人だけの人生でも良いと思い始めていた頃、夫が愛人を連れて帰ってきた……

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...