10 / 29
10 蛇足・カウンターと後輩・こたろー
しおりを挟む
春香さんの話だと、比奈はあのまま朝まで目が覚めなかったようだ。
寝る子は育つ(笑
翌朝出勤のために家から出ると、丁度回覧板を手に歩いてきた春香さんとかちあった。
「春香さん、おはよーございますー」
「おはよう。小太郎くん」
声を掛ければ、ほんわりとした笑みが帰ってくる。
春香さんの手から回覧板を受け取ってそれを玄関の中に放り込むと、まだそこにいた彼女と目があった。
「春香さん、どうかしたのー?」
帰る気配の無い春香さんに首を傾げて問いかければ、春香さんは小さく頭を振ってにこりと笑った。
「比奈、あの後ずっと寝てたのよ。起きたら朝で、本人びっくりしてたわ」
「うーわー。そりゃー、俺もびっくりですね」
あのままって、十時間近く寝てたって事?
「でもまぁ、そんなに寝ちゃうと頭痛そうですけど」
苦笑気味に続ければ、本当にね、と溜息をつかれる。
そして何やら意味深な視線を俺に向けて、春香さんは家へと戻っていった。
……あれ? なんか、誤解されてる?
ふと思ったけれど、内心、すぐに否定した。
ないない。俺のへたれさだけであんだけ盛り上がれるんだからなー。
そう思いなおして玄関の鍵を閉めると、俺は比奈の待つ(別に待っていない)学校へと出勤した。
「さてと」
ぽつり、呟く。
俺が今いるのは、比奈の大好き憩いの場所近くの貸し出し禁止本コーナー。
うちの学校は一応、名の知れた進学校。
普通科と情報処理科の二つで構成されていた。It's過去形。
俺がいた頃は、だ。
今年、比奈が三年に上がった際に、新たな科が新設されたのだ。
文系進学科と理系進学科。
その道の有名大学を目標とした生徒を育成するのが目的で、それに伴って校内で変更される部分が多々出来た。俺が司書教諭として、臨時に雇われたのもその一つ。
今までも広く浅くと蔵書を扱っていたけれど、専門的なものを増やす事が生徒や教師から求められたのだ。
司書にも色々仕事があるけれど、今回の俺の仕事は教師と話し合って購入する蔵書を決め、そして整理し目録として概要・蔵書名・簡単な要約をデータ化するのが一番の要。
理系と文系、各々の教師から上がってきた購入希望のメモを手に、それまでスペースのあまりなかった貸し出し禁止本エリアの配置をどう変えるか思案していた。
いるんだよ。たまに、貸出禁止だって言うのに鞄に入れて持って帰る奴。
あと、最悪なのが必要な部分を切り取る奴とかね。
図書館と違って学校の図書室だから、セキュリティー用の管理タグとかつけないしな。
そうすると貸出禁止エリアを閉鎖して申告入場制にするか、カウンターから見やすい位置に場所自体を変えてしまうしかない。
かといって一般図書をないがしろにしていいというわけじゃないけれど、学内図書室という人員とスペースの問題上、出来る範囲は決まってしまう。
ならば希少本や高価格の本の多い貸し出し禁止本が、優先となるのは仕方ない。
ふむ、と顎を指先で触れて考えていた俺は、そういえば今日のカウンター業務が比奈の担当だった事に気がついた。
この学校の誰よりもこの場所を知っているだろう比奈なら、多分ここを使う大体の人数も人気のある蔵書も把握しているだろう。
比奈が大好き憩いの場所はこの奧だけれど、そこからこの場所はよく見えるのだから。
伊達に、あの場所にずっと陣取っているわけじゃないだろう……と思う。
……いや、集中しすぎててみてない可能性も……?
そう考えた俺は、迷うことなくその足をカウンターへと向けた。
生徒な比奈に、話しかけるチャーンス!
情報は得られないかもしれないけど、少ないチャンスも見逃さないぜ!
普段だって話しかけたいのに、思いっきり比奈が拒否するんだよなー。顔で。
くんじゃねぇ、よるんじゃねぇ、話すんじゃねぇ。
そう聞えてくるのに話しかけに行く俺って、M?
ま、比奈相手ならSでもMでもいいけどね~。
つーか、どっちも希望?
苛めたいしー、冷たくされても結構平気。
比奈の本音は、分かってるつもりだもんね。
本気の拒絶なら、あいつは口も聞かない。
アホな思考を廻らせながらカウンターの見える場所までやってきて、足を止めた。
そこには、こめかみを指で押す比奈の姿。
寝不足で、と隣に座る一年坊主に話しかけているのが聞える。
……寝不足じゃなくて、寝すぎだろ。
つい笑いそうになった俺は、子犬よろしく比奈を心配そうに見つめる一年坊主に目が止まった。
……お前、よもやまさか……
比奈を見る目は、純粋に心配しているように見えている、が、いやしかし!……
なんか、イラッとくる目してやがんなオイ。
しかも比奈の目が”いやーんっ、かーわーいーいー”とか言ってそうでむかつく。
お前な、可愛くても年下でも男は男!
その顔の下で、何考えてんのかわかんねーんだからな!
俺みたいに! ←比奈にはバレバレ!! ←書き手雄叫び!!
俺は一瞬にして冷静な表情を貼り付けカウンターに近寄りながら、微かに口端を上げた。
年下の魅力よりも、大人の魅力だろう。ここは比奈にアピールせねば!
若干狩猟者にでもなった気分でカウンターに向かうと、小さな悲鳴とともに後ろからするりと腕を掴まれて前に引っ張られた。
驚いて目を向ければ、腕を掴む乳……じゃなかった伊藤先生の姿。
うるるん、という上目遣いに思わず呆気にとられる。
「ごめんなさい、躓いちゃって……!」
「……イエ」
ぐぁぁぁぁっ! こっちの大人の魅力がきやがったぁぁぁぁっ!!
寝る子は育つ(笑
翌朝出勤のために家から出ると、丁度回覧板を手に歩いてきた春香さんとかちあった。
「春香さん、おはよーございますー」
「おはよう。小太郎くん」
声を掛ければ、ほんわりとした笑みが帰ってくる。
春香さんの手から回覧板を受け取ってそれを玄関の中に放り込むと、まだそこにいた彼女と目があった。
「春香さん、どうかしたのー?」
帰る気配の無い春香さんに首を傾げて問いかければ、春香さんは小さく頭を振ってにこりと笑った。
「比奈、あの後ずっと寝てたのよ。起きたら朝で、本人びっくりしてたわ」
「うーわー。そりゃー、俺もびっくりですね」
あのままって、十時間近く寝てたって事?
「でもまぁ、そんなに寝ちゃうと頭痛そうですけど」
苦笑気味に続ければ、本当にね、と溜息をつかれる。
そして何やら意味深な視線を俺に向けて、春香さんは家へと戻っていった。
……あれ? なんか、誤解されてる?
ふと思ったけれど、内心、すぐに否定した。
ないない。俺のへたれさだけであんだけ盛り上がれるんだからなー。
そう思いなおして玄関の鍵を閉めると、俺は比奈の待つ(別に待っていない)学校へと出勤した。
「さてと」
ぽつり、呟く。
俺が今いるのは、比奈の大好き憩いの場所近くの貸し出し禁止本コーナー。
うちの学校は一応、名の知れた進学校。
普通科と情報処理科の二つで構成されていた。It's過去形。
俺がいた頃は、だ。
今年、比奈が三年に上がった際に、新たな科が新設されたのだ。
文系進学科と理系進学科。
その道の有名大学を目標とした生徒を育成するのが目的で、それに伴って校内で変更される部分が多々出来た。俺が司書教諭として、臨時に雇われたのもその一つ。
今までも広く浅くと蔵書を扱っていたけれど、専門的なものを増やす事が生徒や教師から求められたのだ。
司書にも色々仕事があるけれど、今回の俺の仕事は教師と話し合って購入する蔵書を決め、そして整理し目録として概要・蔵書名・簡単な要約をデータ化するのが一番の要。
理系と文系、各々の教師から上がってきた購入希望のメモを手に、それまでスペースのあまりなかった貸し出し禁止本エリアの配置をどう変えるか思案していた。
いるんだよ。たまに、貸出禁止だって言うのに鞄に入れて持って帰る奴。
あと、最悪なのが必要な部分を切り取る奴とかね。
図書館と違って学校の図書室だから、セキュリティー用の管理タグとかつけないしな。
そうすると貸出禁止エリアを閉鎖して申告入場制にするか、カウンターから見やすい位置に場所自体を変えてしまうしかない。
かといって一般図書をないがしろにしていいというわけじゃないけれど、学内図書室という人員とスペースの問題上、出来る範囲は決まってしまう。
ならば希少本や高価格の本の多い貸し出し禁止本が、優先となるのは仕方ない。
ふむ、と顎を指先で触れて考えていた俺は、そういえば今日のカウンター業務が比奈の担当だった事に気がついた。
この学校の誰よりもこの場所を知っているだろう比奈なら、多分ここを使う大体の人数も人気のある蔵書も把握しているだろう。
比奈が大好き憩いの場所はこの奧だけれど、そこからこの場所はよく見えるのだから。
伊達に、あの場所にずっと陣取っているわけじゃないだろう……と思う。
……いや、集中しすぎててみてない可能性も……?
そう考えた俺は、迷うことなくその足をカウンターへと向けた。
生徒な比奈に、話しかけるチャーンス!
情報は得られないかもしれないけど、少ないチャンスも見逃さないぜ!
普段だって話しかけたいのに、思いっきり比奈が拒否するんだよなー。顔で。
くんじゃねぇ、よるんじゃねぇ、話すんじゃねぇ。
そう聞えてくるのに話しかけに行く俺って、M?
ま、比奈相手ならSでもMでもいいけどね~。
つーか、どっちも希望?
苛めたいしー、冷たくされても結構平気。
比奈の本音は、分かってるつもりだもんね。
本気の拒絶なら、あいつは口も聞かない。
アホな思考を廻らせながらカウンターの見える場所までやってきて、足を止めた。
そこには、こめかみを指で押す比奈の姿。
寝不足で、と隣に座る一年坊主に話しかけているのが聞える。
……寝不足じゃなくて、寝すぎだろ。
つい笑いそうになった俺は、子犬よろしく比奈を心配そうに見つめる一年坊主に目が止まった。
……お前、よもやまさか……
比奈を見る目は、純粋に心配しているように見えている、が、いやしかし!……
なんか、イラッとくる目してやがんなオイ。
しかも比奈の目が”いやーんっ、かーわーいーいー”とか言ってそうでむかつく。
お前な、可愛くても年下でも男は男!
その顔の下で、何考えてんのかわかんねーんだからな!
俺みたいに! ←比奈にはバレバレ!! ←書き手雄叫び!!
俺は一瞬にして冷静な表情を貼り付けカウンターに近寄りながら、微かに口端を上げた。
年下の魅力よりも、大人の魅力だろう。ここは比奈にアピールせねば!
若干狩猟者にでもなった気分でカウンターに向かうと、小さな悲鳴とともに後ろからするりと腕を掴まれて前に引っ張られた。
驚いて目を向ければ、腕を掴む乳……じゃなかった伊藤先生の姿。
うるるん、という上目遣いに思わず呆気にとられる。
「ごめんなさい、躓いちゃって……!」
「……イエ」
ぐぁぁぁぁっ! こっちの大人の魅力がきやがったぁぁぁぁっ!!
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中


生まれ変わっても一緒にはならない
小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。
十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。
カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。
輪廻転生。
私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる