幼馴染と図書室。

篠宮 楓

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8 蛇足・寝たふり こたろー

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 二階に上がってきた俺は、目当てのドアをノックした。最近、あまり入ることのなかった比奈の部屋。


「比奈、ちょっといいか?」

 そう声を掛けても、返事は無い。
 はて、また無視か?
 それか、本に熱中しているのか。

「比奈? おーい、寝てるのかー?」

 再び掛けた声にも反応は無く、考えた末(一瞬)ドアをあけてみた。
 ゆっくりゆっくり、そろーりそろり。

「……比奈?」

 開けたドアの向こうには、ベッドに仰向けに寝転がる比奈の姿。

「寝てんのー?」

 声を掛けても、反応はない。
 ただ、ちょっと分かるのは。
 こいつ、寝た振りしてやがるな?


 八畳と割と大き目の比奈の部屋は二方面の壁を本棚で埋め尽くし、腰高窓の下にベッドを置いている。
 もともと納戸として使っていた部屋を、比奈の蔵書が増え過ぎたために元の部屋と交換したという過去。
 部屋の引越しを手伝ったけど、高校生にしてどんだけ買ったんだっていうくらい本があった。
 ……うん、自分も人のこと言えないけど。

 まぁ、かといってリビングほど広いわけじゃないからドアから覗き込めば、まぁまぁ背のある俺にとってベッドに横になる比奈の寝顔を見るくらい造作の無い事なのだ。

 眉間に皺、寄ってますよ。比奈さん。
 あなたの嘘をつく時の、癖ですね。
 十八年越しの幼馴染を、馬鹿にしちゃいけません。

「……」

 悉く俺を無視する比奈をからかいたくなって、その部屋に足を踏み入れた。
 比奈の部屋に入るのは、久しぶり。
 しかも相手がベッドに寝てるとか、ちょっと俺的おいしすぎねぇ?
 つーか、持つか俺の微小な理性!

 ゆっくりと足音を余りさせない様にして、ベッドの脇に立つ。
 眉間の皺、増えてますぜー。
 あまりに可愛らしい反応に、思わず嗜虐心がつい頭をもたげる。
 これは拗ねて口もききたくないとか、そんな感じですかネ。
 あぁ、なんで一々俺のツボることばっかすんのよ、比奈ちゃんてば。
 だから手放せないのー。


 ゆっくりとベッドの端に腰を掛ければ、ぎしりと意味深な音が部屋に響く。
 それでも比奈は、懸命に目を瞑ってる。
 うん、頑張れ。
 その分、俺は楽しい。
 きっと寝た振りしながら変態とか言ってるだろーけど、一向に構わん。
 むしろ、OK! その通り☆
 比奈の眼鏡を外した素顔は、はっきり言ってめちゃ可愛い。
 フィルター掛かってるって言われるかもしれないけど、客観的に見ても可愛い方に入ると思う。
 まぁ、それを置いといたとしても、眼鏡比奈も好きだけど素顔の方が好き。

 でも、学校ではそのままでよし!
 俺以外に、あえて見せなくていいから!
 あぁ可愛いなぁ、ちくしょー。

「……比奈」

 ちょっと俺的、頑張ってみることにしました。
 甘く、囁くように名前を呼ぶ。
 普段はこんなスキル、発動しないんだけど。冗談でかわされている俺としては、せめてそうじゃないってことを知らしめたくて。

「比奈」

 ハチミツでも添加されてんじゃないかってほど、甘く囁く。
 ってーか、甘い。
 比奈は、名前さえも俺に甘さを覚えさせる。

 微かに頬が赤いのは、ちゃんと俺の気持ちごと伝わってると思っていいんだろうか。
 つーか、ただ単に照れてるだけか。

 目を細めて比奈の寝(ていると本人は主張している)顔を見つめながら、ゆっくりと指を伸ばして額に掛かる前髪を梳いた。
 さらりと指先から伝わる感触に、感情を突き抜ける強烈な焦燥感。


 何で伝わんねーのかな、何で比奈は俺を避けるんだろう。
 小さい頃は、”こたろーちゃん、大好きー”って言って、俺の後をずっとついて回ってたのに。
 それこそ本好きになったのは、同じく本好きな俺の影響かと思ったのに。
 ただただ遺伝子から好きなだけで、俺の影響なんて数ミリもないって、本人に断言されたしな。
 現に、中世文学が好きな俺に対して、古典文学が好きな比奈。
 好きなものは一緒でも、興味の範囲が違うらしい。

 なんだよなー、大人の階段上ってる最中に俺は振るい落とされたってこと?
 そんな階段、比奈に必要ねぇ。むしろ、俺が壊す。


 無言のまま髪を梳く。
 途中比奈の頬がぴくりと動いて少し驚いたけれど、目を開けないからそのまま指先で彼女の髪を遊ぶ。
 次、いつ触れられるかわからねーし。

 しばらく梳いていたら、こてりと比奈の顔が横を向いた。

「ん?」

 微かに、寝息が聞こえる。
 手を戻して顔を覗き込めば、寝入っている比奈の姿。
 その眉間に、皺はない。

「寝やがった」

 マジか。

 この状況で。
 っても、最近怒鳴られてばっかだからな。
 昔みたいに安心を与えられたらいいとは思うけど、それだけじゃ比奈を自分のものにできない。
 男として、意識してもらわねーと。

 指先を伸ばして、比奈の唇を親指でなぞる。
 ふにふにと柔らかい感触に少しもったいない気がしたけれど、息を吐き出してベッドから立ち上がった。


 足元にたたまれていたタオルケットを広げて、比奈に掛ける。
 そのまま電気を消して、ドアを閉めた。
 階下からは、母親二人の楽しそうな会話が聞えてきて。
 閉めたドアをに、ゆっくりと掌を置く。


 比奈、猶予は高校卒業するまでだからな。
 卒業したら、覚悟しておけ?
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