幼馴染と図書室。

篠宮 楓

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6 蛇足・自室にて・こたろー

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 夕飯を食い終えた俺は、まだ少し残るビールを煽りながら、ぼーっと放課後の事を思い返していた。





「梶原先生、これ、分かります?」

 比奈との逢瀬を邪魔された俺は、その張本人である伊藤先生に迫られていた。
 ……なぜに、コノヒト。
 相手が比奈だったら、喜びに踊り狂うのに。
 まぁ、いいや。
 
 伊藤先生は向かいのデスクを使用しているわけで、そこから手を伸ばして俺の机の上に書類を一枚置いて指で指し示す。
 それは貸出禁止エリアの説明書で。分類ごとになってはいるんだけど、そこの場所を移動させる指示が来ていた。
 内訳だけだから、場所はそのままだけど。場所変わったら、比奈、怒り狂うんだろうなって思いつつ顔を上げたら。


「……」


 おー

 思わず、拍手をしたくなった。

 ぼよーんとしたものが、目線上にあります!
 すっげーな、これ、人に見せて恥ずかしくねーのか?

 おかしいな、伊藤先生ってこんなに積極的な人だったっけね?
 九月に採用されてから今月で四ヶ月。
 最初は普通だったんだけど。
 いつの間にか、二人でいればこんな事が多くなってきたわけですよ。
 まぁ、別に乳見せられても、そーいった飢餓感は全て比奈に対してしか向いてないから、逆にどん引く。

 ただなんてーの。
 物珍しいものを見てしまう、あんな感じ。
 そーだなー、久しぶりに見たカマキリとか、そんな感じ? あ、そんなこと言ったら怒られそう。カマキリに。

「梶原先生?」

 思わずぼーっと考えてしまって、掛けられた声に意識が戻った。
「あ、すみません。えーとなんでしたっけ?」
 そう言いながら書類に目を落とせば、こつこつと足音がしてそれが真横に来る。
 ドアから俺を隠すような、そんな立ち方。
 近いんだから、反対側回り込めば良いのに。
 
 そんなことを考えていたら、伊藤先生の手が俺の机に置かれた。
「ふふ、梶原先生でも考え事する時なんてあるんですね?」
 伊藤先生はくすりと笑うと、口端を微かに上げて目元を緩める。
 少し上体を屈ませるから、再びぼよーんが目線に来てますよ。これ逆セクハラ案件じゃね?

 俺はなんでもない様な表情をうかべたまま、顔を上げた。
「一応人間ですからね。考え事くらいはしますよ、普通に」
 ふふ、と笑い返せば、同じ様に笑みを浮かべる伊藤先生。

「何の悩み事ですか?」
「え?」

 いきなり踏み込んだ質問をされて、問いかけのような声を上げる。
「相談、のりますよ? ほんの少しだけど、私の方が先輩ですからね」
「はぁ」

 んーと、……比奈の事相談してもいいなら。
 
 さすがに火に油を注ぐようなことはしないけど、と内心苦笑しながら口を開いた。

「あー、申し訳ないんですが……」

 そこまで言った時だった。
 準備室のドアから、控えめなノックが聞えたのは。

 助かったーっ!
 今日の鍵当番、ナイスタイミーングッ!!
 断るのは簡単だけど、根にもたれるのは面倒だからね!

「はい、どうぞ」
 そういいながら、背を仰け反らせる。
 はっきり言ってこの立ち位置、勘ぐられても仕方ない感じだからね。


 俺が声を掛けると「失礼します」という、控えめな声。
 ……ってか、この声……
 伊藤先生の横から顔を出してみれば……

「委員長?」

 比奈がいたぁぁぁっ!
 やっべー、マジ危ねーっ!

 仰け反っておいて、よかった!
 物珍しさから、凝視してなくてよかった!
 俺の首繋がった!!




 その後、なんとな~く俺を引き止める伊藤先生を言いくるめて比奈と帰ってきたわけです。
 疲れるだろ?
 疲れるとおもわない?
 こんなん、ビールとか飲まないとやってられないでしょ。

 だってーのにさ。
 母親達に遊ばれるとか。
 俺、前世で何かしたんですかね。
 女弄ぶ的なこととか。
 本気で好きな女の子にだけ! 振り向かれないとか! どんな拷問!!


「こたは、押しが強いんだけど肝心なところは弱いんだよね。総合的に、中途半端って感じ?」
「あら、中途半端なんてそんな。正真正銘、ヘタレって言ってあげた方がいいんじゃないかしら」

 どっちもどっちだよ!


 比奈が二階に上がってから延々と続いている母親と春香さんの俺への批評を聞き流しながら、缶に残ったビールを口の中に流し込んだ。
 炭酸の消えかかった苦い液体を胃に送り込んで、よいしょ、と椅子から立ち上がる。

「あら、帰るの? 小太郎くん」
 それに気付いた春香さんが、かーさんとの話を止めて顔を向けてきた。
 ビールの缶を水で濯いでそれをゴミ箱に放ると、肩をすくめて溜息をつく。

「流石に今日は比奈、降りてきてくれないでしょーから。帰りますよ」
 
 これ以上、あんたがた二人の話を聞かないようにもね! その残念そうな表情は、弄れる人間がいなくなるからでしょーが。
 そのままダイニングのドアまで足を動かせば、少し真剣な声の春香さんに呼び止められる。
「なんです?」

 振り向けば、笑みを消した春香さんがじっと俺を見ていて。
 俺の声に、その口を開いた。

「高校卒業までだからね?」
「春香さん……」
「高校卒業、だからね?」
 念を押すように言葉を重ねる春香さんに、深く頷く。
「分かってますよ」
 今までに、何度も言われた言葉。

 ”高校卒業”

 卒業するまで、手を出すなってことなんだろう。俺を煽っていても、春香さんは比奈の母親。自分の娘が可愛くて、大切にしたいのは当たり前だから。

「こた、頑張ってー。かーさんのために」

 真面目な雰囲気に水を差す自分の母親に苦笑しつつ、廊下に足を踏み出してからもう一度振り返った。
「比奈の部屋、行ってもいいですか?」
 やっぱり、ちょっと話したいかも。
 今日、まともにしゃべってないし。

 春香さんはにっこり笑って、ひらひらと手を振り。

「下に私達がいること、重々肝に銘じて行動しろよ?」
 なぜか、ドスを聞かせたかーさんが俺を睨んでいた。


 ……ねぇねぇ、あんたがたの役割、反対だろう……。
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